第32話 招かれた災厄
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「私には二人の我が子を今回発見された遺跡の深部に連れ出す必要があった。・・・だが、この二人を遺跡に向かわせるには、それなりの理由が必要でね。配下のマイラとアシュマードを通じて君達に一役買って貰ったと言うわけだ」
「・・・そんな策を弄してまで、自分の子共を危険な遺跡に連れて来る必要があったと。一体、深部には何があるのかしら?・・・そして二人をどうするの?!あたしもある程度の祈祷魔法を扱える。・・・個人が持つ魔力では賄えない強大な魔法を行使するのに、代替として生贄を使うのは知っているわ!」
表面的な説明を終えようとするエグザートに対して、エスティは間髪入れずに鋭い指摘を行なう。それまで余裕の表情を見せていた彼だが、強張ったように表情を曇らせた。
「図星?やはり、答えられないほど疚しいことを企んでいるってことかしら?!」
「・・・ふふ、君は頭が切れるようだが、世の中には知らなくても良いこともある。・・・最後の警告だ!このまま立ち去れば、約束の十倍を払おう。さもなければ、私は望まない命令を下さなくてはならなくなる」
その言葉に交渉決裂が間際であることを確信すると、レイガルは心臓の鼓動が高まるのを感じた。マイラが裏切ったことで更に不利な状況に陥ってはいるが、エスティの性格からしてコリンを見捨てる選択をするとは思えなかった。他人のために命を賭けるなど愚かにも感じるが、彼女が子供を見捨てる自分を許すはずがない。そして、それはレイガルも同じだった。さりげなくメルシアに視線を送るが、彼女もこの状況に戸惑っている様子は見えない。杖を構えて冷静に来るべき〝時〟に備えている。事前に相談することはなかったが、パーティーの意思は一つだった。
「私達は子供を見殺しにするほど落ちぶれていないの!!」
エスティは一度もエクザートから視線を外すことなく告げた。
「ならば仕方あるまい。アシュマード、彼らを始末しろ!」
それを合図に戦いが始まり、レイガルは盾を前面に向けながら前に出た。
横薙ぎの一閃をいなすように盾で受けると、レイガルは反撃として突きを繰り出した。だが、アシュマードはそれを後ろに退くことで避ける。勢いのまま追撃に移る誘惑を感じながらレイガルも体勢を整えた。決着を付けるべき相手ではあるが、彼が受け持つ敵は一人だけではない。迂闊な攻めは危険だった。そして、ネゴルス配下の衛兵の一人がアシュマードと入れ替わるように前に出る。レイガルは衛兵の甘い太刀筋を剣で受けると左手に持った盾で顔を兜越しに殴りつけた。確かな手応えが腕に伝わるが、剣を振り上げたところで別の衛兵が迫ってきたので攻撃を諦めて防御に移る。息を継ぐ暇もないほどの波状攻撃に晒されてはいるが、レイガルが倒れれば次は隣で戦うエスティに攻撃が集中することになる。彼は一秒でも永く立ち続けることを自分の使命とした。
それでも唯一の救いはアシュマードの仲間の多くが積極的な戦闘態勢に入っていないことだろう。魔術士らしき痩せた男と小柄な盗賊は後ろで静観するのみであったし、鎖帷子の上に司祭服を纏った神官戦士も負傷した衛兵の援護に努めるだけだ。唯一人、革鎧を着た女剣士が積極的にエスティに攻撃を仕掛けているが、接近戦での技量はエスティが勝るようで逆に手傷を負っていた。これは先程の領主への問答が影響していると思われた。彼らは自身の良心に苛まれているのだ。ネゴルスは明確に答えてはいないが、彼が二人の子供を生贄かそれに類する儀式に使役するのは明白だった。
脇目をしたつもりはなかったが、その隙を突くように衛兵に代わってアシュマードが再びレイガルに襲い掛かる。斬撃を盾で受けるが、激しい衝撃が彼の左腕を震わせる。思わず漏らしそうになった悲鳴を噛み殺しながらレイガルは前蹴りを放って距離を取った。アシュマードは衛兵とは比べものにならないほど卓越した戦士と認める他なかった。
「レイガル・・・メルシア・・・〝アレ〟を呼ぶ!覚悟して!」
アシュマードの仲間のサボタージュもあって現状ではなんとか拮抗させているが、敵はコリンとリシアを拘束しているマイラと衛兵、そしてネゴルス自身の戦力を温存している状態だ。時間が経つにつれて不利になるのはエスティにもわかっていたのだろう。戦いの合間にレイガルとメルシアに警告を告げる。そして続いて人の喉から発せられたとは思えない大声を上げた。祈祷魔術士でもある彼女だからこそ出せる、高音域の叫びだ。
「・・・・そんな悲鳴を上げるくらいなら、降伏しろ!エスティ!・・・それとレシーもう退け!この女は危険だ!」
突然響いた奇声にアシュマードは驚きながらも、降伏勧告と仲間への指示を行う。レシーと呼ばれた女戦士は悔しそうな表情を浮かべるが、左肩に負った怪我もあって素早く身を引いた。どうやら、彼女とエスティの間には個人的な確執があるようだ。いずれにしてもレシーが抜けた穴を埋めるため、衛兵の一人がエスティに襲い掛かった。
受け持つ敵が減ったレイガルだが、それを喜ぶ前にエスティの警告のことを考えていた。〝アレ〟の意味がわからなかったのだ。
「レイガル!山羊の下半身です!」
そんなレイガルの心の内を見透かしたのかメルシアが補足する。彼女は敵側の根源魔術士を刺激しないように積極的な参戦を控えていたのだが、エスティの警告に反応を示さない彼を案じたに違いない。そのアドバイスで〝アレ〟の意味が先程やり過ごしたキマイラのことであると気付くと、レイガルはエスティの鼓膜を刺激した大声の意味も同時に理解する。彼女は恐ろしい怪物をこの場に誘き出そうとしているのだ。意図を理解したレイガルは恐るべき災厄に備えて守りを固めた。
「どうした!怖気付いたか?!今更、戦いが怖くなったか?ここには身を隠すためのママのスカートはないぞ!」
反撃の手を止めたレイガルにアシュマードが嘲笑を浮かべながら挑発の言葉を浴びせ掛けるが、彼はそれを努めて無視する。エスティの思惑が実現すれば、この場は間違いなく修羅場と化すからだ。
「・・・なんだ?何をやらかすつもりだ!全員、一旦下がれ!嫌な予感がする!」
嘲りの言葉を冷静に受け流すレイガルの姿に違和感を覚えたのだろう。アシュマードは仲間に警告を告げる。敵とはいえ、さすがに遺跡深部に到達させた冒険者のリーダーだけあって彼の勘は優れていた。だが、それは僅かに遅かった。後ろから鳴り響く石床を叩く音はすぐそこまで迫っていた。
「ば、化け物だ!」
最後尾、突如現れたキマイラを目前とした衛兵が悲痛な悲鳴を上げる。彼は人間と戦う術は持ってはいるが、怪物との戦闘はおろか、こうして相対するのも始めてだったに違いない。衛兵は拘束していたリシアを放り出しながら前に逃げようとするが、足を滑らせてその場に転ぶ。キマイラには絶好の獲物に映ったのだろう。奇妙で巨大な身体に似合わない滑らかな動きで飛び付くと、衛兵の身体に覆い被さって獅子の顎を突き立てた。
「アシュマード!」
領主の陣営で最初に反応を示したのは小柄な盗賊だった。彼は放り出されたリシアを抱き起こすと、キマイラを警戒しつつリーダーに指示を仰いだ。
「マイラ、リシアを連れて来い!アシュマードは深部への道案内だ。護衛兵は後ろを固めろ。残りは反逆者と化け物を片付けろ!」
だが、いち早く命令を出したのは領主だった。同時に彼はキマイラから逃れるため、嫌がるコリンを連れて十字路に繋がる脇の通路に逃げ出そうとしている。レイガルとエスティはそれを阻止しよう前に出ようとするが、更に二人の衛兵に阻まれた。
マイラにリシアを委ねることを拒もうとする盗賊だったが、キマイラが血に濡れた獅子の顔を上げたことで諦める。このままでは身動きが出来ずに、二人ごと襲われるのがわかったからだ。リシアを放した彼は大袈裟な動きで自分を目立てさせると、襲い掛かって来たキマイラを見事な側転で辛うじて躱す。獲物に逃げられた怪物は鼠を逃した猫のように不機嫌に喉を鳴らすと、もっと狩りやすい人間を探すかのように向き直った。
レイガルは足早に逃げて行くネゴルス達を断腸の思いで見送りながらキマイラと対峙する。今や敵味方なくその場に残された全ての者は、雑多な生物の特徴を持つ怪物の畏怖に晒されていた。
「ムーブル!ここは休戦しましょう!接近に耐えられる者は前に!それ以外の者は下がって援護を!」
「あ、あなたでしょ?!この化け物を呼び寄せたのは!」
「今はそんなのはどうでもいい!後だ!皆、エスティに従え!」
エスティの提案に女戦士が悲鳴に似た怒声をあげるが、ムーブルと呼ばれた盗賊が諌める。生き残るにはキマイラを倒す以外にないからだ。
「炎の息を吐き出すつもりよ!備えて!」
キマイラにも獲物の人間達が団結し反撃体勢を整えつつあるのがわかったのだろう。背中から生やしたドラゴンの顎が大きく開かれる。レイガルはエスティの警告を受けると、迷うことなく盾を構えてムーブル達の前面に出た。彼らが焼かれてしまえば戦いは更に苦しくなるだろう。陣形を揃えるための時間を稼ぎ、攻撃を引き受ける役目を果たす必要があった。ドラゴンから吐き出された灼熱の息吹が彼の身体を包み込んだ。
全身が例えようのない激痛に襲われるが、レイガルはそれに耐えて意識を保ち続けた。自身の生命の確証を感じる前に彼は間合いを詰めると、口から煙を上げるドラゴンの頭に全力で剣を振りかぶった。頭蓋を砕く手応えを覚えるとレイガルは本能に従い後ろに下がる。顔のすぐ前を丸太のように太い何かが掠め、激しい風圧が巻き起こる。それが獅子の前脚であることを理解すると、彼は追撃に備えて盾を掲げた。
「レイガル!」
エスティの悲鳴とともにキマイラに短剣が投げつけられ、山羊の頭が唱えていた詠唱が止まる。更にムーブルと女戦士レシーが前に出て怪物を牽制する。それを見届けたレイガルは自身の限界を思い出したようにその場に蹲った。だが、急に身体中が訴えていた痛みが消える。彼は自分を祝福するする神官戦士の祈りの声を聞いた。
戦線復帰するため立ち上がったレイガルの目に、キマイラの途中から大蛇の首となった尾を切り飛ばすエスティの姿が映った。更に複数の〝魔弾〟が山羊部分の脇腹に突き刺さる。即席ではあったが人間達は連携によってキマイラを押していた。それでも止めを差すまで安心することは出来ない。レイガルは雄叫びを挙げながら再び前に出るのだった。
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