第22話 噂

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 ワイバーンを倒し、多くの宝物を携えて地上に生還したレイガル達ではあったが、ギルドから支払われた報奨金で相好を崩すことはなかった。金額が期待に外れたわけではない。メルシアのために探索中に発見した魔術士用のローブと杖を買い取っても、彼らの手元にはかなりの金貨が残っていた。ただ、その喜びを打ち消すほど撃的な出来事が、探索から返った彼らを待ち受けていただけだ。それはライバルギルドである〝山羊〟の冒険者が第七層に辿り着き遺跡の深部を発見したという噂だった。

「・・・噂は本当なのかしら?」

 ギルドの酒場で林檎酒を口にしながらエスティが何度目かの疑問を発する。本来なら今夜は再び遺跡に戻るための相談と準備をするつもりでいたのだが、最深部が見つかったという噂を耳にしてしまっては、それどころではなかった。この噂が事実であるならば〝山羊小屋〟を所有する領主の長女がこの街と国の跡継ぎとなる。そうなれば、かつての競争相手〝古井戸〟に加盟している冒険者達の処遇は彼女の胸次第と言える。探索は例え低層であっても油断が出来ない命懸けの仕事である。不安定な状態で遺跡に潜る気にはなれない。この憂いは多くの〝古井戸〟所属の冒険者達にとっても同じようで、ギルド経営の酒場はほぼ満席となっている。新しい情報が入れば真っ先にここに伝わるからだ。

「悪質のデマと思いたいが、なんとも言えないな。しかし、第五層でワイバーンが出現するようなところだ。第七層となると、下位のドラゴンが出ても不思議じゃない。本当に第七層に辿り着いたのなら、たいしたもんだ」

「ええ、第六層でさえも魔境と言われていたからね。どんな怪物が出て来るかは想像もしたくないわ。・・・それに前回の探索であたし達に足りないモノもはっきりしたしね。これからも深部を目指すならそれを補うか、もしくは第五層辺りで満足する二流冒険者に甘んじるか決める必要がある。まあ、ギルドの制度がどうなるか次第だけど」

「遺跡探索はこの街の産業だから、冒険者ギルド自体はなくならないだろう。もっとも、古井戸所属の冒険者は冷や飯を食わされるかもしれないが。いずれにせよ、こんな状況では探索に向かう気にも、新たな仲間を募る気にもなれないな・・・」

「やはり、今は酒でも飲みながら様子を見るしかないわね」

 前回の探索でレイガル達は少人数パーティーでの限界を感じていた。個々の能力としては高い技量を持つ三人ではあるが、やはり頭数は戦力に直結する。第五層より先を目指すのであれば、新たなパーティーメンバーを増やさないと厳しいだろう。そして今は〝古井戸〟の存続自体が危ぶまれている。エスティの言うとおり、これからパーティーの行く末を決めるには、状況がはっきりするのを待つしかなかった。

「最深部を発見したとされる冒険者達から直接、話を聞ければ良いのですが」

「確かに、それが一番手っ取り早いのよね・・・山羊小屋の冒険者か・・・」

 それまで二人の会話を見守っていたメルシアが口を開くが、その根本的とも言える意見にエスティは嫌そうな顔で答える。

「・・・まさか、エスティはあの時のあいつが最深部に到達したかもしれないと思っているのか?!」

「うん・・・認めたくないけど、可能性は高いと思う。あいつはあの時で既に第四段階の冒険者だったのよ。仲間もいるし、戦士としての腕自体は良いの。それで調子に乗っているようだけど・・・」

 レイガルはエスティの様子から何かを感じ取ると、彼女と出会うきっかけとなった因縁を思い出す。ちょっかいを出して来た男の名はアシュマードだったはずだ。性質の悪いチンピラにしか見えなかったが、確かに剣の腕前はレイガルも侮れないと感じていた。

「それは・・・なんか嫌だな・・・」

「そうでしょ、嫌なのよ・・・」

 レイガルとエスティはお互いに苦笑を浮かべると、不思議そうな顔を浮かべるメルシアに暇つぶしを兼ねてその時の状況を語り聞かせた。

 夜が更けるまで特に何もすることなくギルドで過ごすつもりでいたレイガル達だったが、新たな情報が齎される。最深部に到達したとされるパーティーが特定されたのだ。遺跡内部では同じギルドに所属する冒険者であろうと完全に信用することは出来ないが、酒場は地上の中立地帯として様々な情報交換が盛んに行なわれている。それだけに今回の最深部到達の噂は新しい情報が入り次第、自然と共有すされるようになっていた。

「やっぱり、あいつのパーティーだったようね・・・」

「少なくとも、今そういうことになっているな。あっちのギルドマスターが祝賀会を開いたようだし」

 特定されたパーティーはエスティの予感のとおり、アシュマードが率いるパーティーだった。更に領主の娘がその功績を祝って彼らを自分の屋敷に招待したことも伝えられていた。

「ええ、でも騒いでいるのは、あっちの山羊小屋側だけなのよね。最深部到達を一番願っているはずの領主自身は何の声明も出していない」

「言われて見れば・・・そうだな。まだ確実に最深部という確証がないのか、やはりこっちへの圧力や牽制が目的のデマだとか?」

「うん、どこにでも勝ち馬に乗りたがる奴はいるからね。噂を流して山羊小屋への転入者を狙っているのかもしれない」

「・・・ああ、確かに世の中には・・・そんな奴もいるかもしれないな」

 レイガルは内心、ドキリとするがそれを隠して恍けた。

「まあ、全てを陰謀とするのは捻くれ過ぎとも言えるから、もしかしたら第七層には本当に到達したのかも知れないわね」

「なるほど・・・」

 結局、それ以上の新たな情報が古井戸側に出回ることはなく、夜が更けたことでレイガル達も拠点とする宿屋に帰ることにした。

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