第8話 信頼

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「ここを知っているのはおそらく私だけ。第一層でもあれだけ警戒していたのは後を尾行されないためでもあったの」

 エスティは暖炉の奥にある隠し扉を開けると、レイガルに自信に満ちた笑みを浮かべる。先程の冒険者達をやり過ごした二人はそのまま森の中を進み、時折姿を現す山荘風の屋敷の一つに入っていった。もちろん、その際にはエスティによって周囲と屋敷内の索敵が充分に行なわれたのは言うまでもない。

 屋敷の中は床石まで剥がされるほど荒らされていたが、それが却ってこの入口を隠匿させていただろう。初期の探索で発見されなかったこの隠し扉は、長い間盲点として放置されていたに違いない。そんな場所を見つけたエスティの盗賊としての腕前と執念には改めて感心するしかなかった。

「じゃ、付いてきて!」

「あ、ああ!」

 早速とばかりに四つん這いになって暖炉を潜るエスティの後を、レイガルも同じように続く。既に釘を刺されていたが、彼は思わず顔を上げて先を進むエスティの後ろ姿を覗きこんでしまう。もっとも、彼女の背面は防寒用のマントよって覆い隠されており、絶妙な曲線を描く芸術作品のような臀部を眺めることは出来ない。

「少し待って、ここからしばらくの間はランタンを使うから」

 隠し扉を潜り抜けた先は完全な暗所だったが、火打石を打つ音が聞こえると直ぐに赤味を帯びた光が周囲を照らし出す。エスティ本人はエルフ族の血を引いているため夜目が効くので、完全にレイガルのために用意された光源だった。

「ありがとう」

「いいのよ、灯りがなくちゃレイガルは戦えないからね、仕方ないわ。ここからは、お互いの距離を詰めて行きましょう。こっちよ!」

 何から何まで手際の良いエスティに連れられて、レイガルは隠し部屋の奥に向かう。そこには途切れのない石材で加工された下に繋がる螺旋階段が設けられており、二人はゆっくりと再び下を目指す。

 暗闇の中、息づかいが聞こえるほどの距離に美女が存在する事実に、レイガルは男として衝動を催す。これは先程のちょっとした出来心とは比べものにならないほど醜悪な感情だ。だが、彼はありったけの理性を動員してそれを抑えつける。一時の欲望に身を任せてしまっては、せっかくの仲間を失うだけでなく、これまでのエスティからの信頼を裏切ることでもある。そんなことは愚か者のすることだった。

「・・・レイガル、あんたはスケベではあるけど、自制は出来るみたいね。やっぱり私の見込んだ男だったわ!」

 レイガルが思い詰めていたのは一瞬のことだったが、その表情から察したかのようにエスティは評価を告げる。良く見ればマントの下、彼女の右手は腰の小剣に置かれていた。

「な、なんでわかった?・・・いや、まだ・・・わからんぞ。・・・エスティみたいな美女と近くにいて変な気にならない男なんて・・・いないはずだからな」

 胸の内を見破られたレイガルは慌てるが、なんとか軽口で応酬する。

「ふふ、何よそれ!褒めているのか、前もった言い訳なのか、はっきりしないわね!」

「・・・九割褒めて、残りが言い訳・・・いや全部が褒め言葉だよ。リーダー!」

「そう、なら問題ないわ。・・・これからは、あたしの背中は任せるからね。頼んだわよ!」

「り、了解だ!」

 エスティは右手で気合を入れるようにレイガルの背中を叩くと、そのまま腕を自然体に側面に垂らす。それを見たレイガルは湧き上がる喜びを抑えて答えた。

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