第7話 第一層

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「おお・・・」

 岩盤を穿った穴を潜り抜けたレイガルは思わず感嘆の声を上げた。地中に潜った筈なのに目の前には青々と茂る森林が広がっていたからだ。しかも天井はその限界を目視では確認することが出来ず、果てしなく続いているように見える。本物の空ならば存在するはずの太陽こそ見当たらないが、頭上から柔らかい光が森全体を照らし出しており、目隠しをされて連れて来られていたら、地の底だとは信じられなかっただろう。もっとも、春か初夏を思わせる深緑を湛えた木々に似合わず、肌に感じる空気は冷たい。それによって得体の知れない不自然さが存在していた。

「昨日説明した通り、第一層は森になっているの。話によると、遺跡は空間そのものが半永久的に続く古代の魔法で管理されているらしいわ。もちろん、詳しいことは不明。この空・・・いや天井を〝飛翔〟を使える根源魔術士が限界を確かめようと飛んでみたことがあったらしいけど、いくら飛んでも天井をみつけられなくて引き返したって話もある。本職さえもお手上げなのだから、あたしらが深く考えても意味はないわ。・・・そういう物だとして納得するしかないわね」

「そ、そうだな。しかし事前に聞かされていたが、これほどとは・・・」

「そんなに驚いた?まあ、最初は無理もないけど・・・気分を落ち着かせるために少し休む?」

「いや、大丈夫だ。驚きはあるが、そこまでじゃない!」

 エスティの提案にレイガルは笑顔で答える。遠慮など母親のお腹の中に置いて来たような気性の彼女だが、仲間に対する思いやりは充分に持っているようだ。

「それじゃあ、早速移動を開始するわよ。第一層ではレイガルは出来るだけ音を立てずに、あたしからは少し離れて付いて来ること!そして昨日教えたハンドサインを見落とさないこと!この二つを必ず守って!いいわね!」

 そう告げるとエスティは素早く先行を開始する。レイガルは指示されたとおり、ある程度の距離を取ると鎖帷子を纏った身で音を立てるなという難題に挑戦しながらリーダーの後を追い掛けた。


 街から最も近い部分であることから第一層のほとんどは、冒険者達に探索し尽くされていた。その結果として、その範囲は直径一里(約四㎞)ほどであることが知られ、第二層に至る出入口が複数存在することも判明している。レイガル達が向かっているのもその中の一つだ。現在では第二層に繋がる通り道でしかない第一層だが、二層以下の深部から怪物が這い出して来る可能性も否定出来ない。エスティが慎重に行動するのも怪物の襲撃を予期してのことだが、警戒を怠ることの出来ない理由はもう一つあった。

 必然的に、探索を終えた冒険者達は所属するギルドに関わらず、必ずこの第一層に戻って来ることになる。その中の冒険者全てがそうであるとは限らないが、中には莫大な価値のある宝を回収して来たパーティーもあるだろう。制度上、回収した宝はギルドの監視所で申告するまでは、誰が遺跡から運び出したかは定まっていない。申告して初めて成果として認められるからだ。それを悪用し、この第一層で成功したパーティーを待ち伏せし、宝物を盗んだり脅して奪おうとしたりする山賊のような冒険者が存在していた。これは完全な違法行為だが、目撃者がいなければどちらの言い分が正しいかは判断するのは難しい。特にギルドが二つに分かれて最深部到達を競うようになってからは、このような辻強盗とも言える被害が増えていた。遺跡内では同業の冒険者でさえも安易に信用してはならないのだった。

 それらを踏まえて、慎重に森の下生えの中を歩んでいたレイガル達だが、先行するエスティが手の甲をこちらに向けながら立ち止まると、それに倣って彼もその場に固まったように動きを止める。このサインは『指示があるまではその場で動くな!』の意味があった。

「そこの茂みに身を顰めて!息も浅くして!」

 完璧な忍び足でレイガルの元に戻って来たエスティは小声で新たな指示を出すと、自分は木陰の間から僅かに顔を覗かせて観察を続ける。

 やがてエスティの警告が正しいことが証明され、彼らの前方を四人の人影が前を横切って行く。早い発見で落ち着いた対応が取れたためだろう。彼らはレイガル達の存在には気付いていないようだ。その四人の内、二人が彼のような重装の戦士で先頭と殿を務め、残りの革鎧を纏った子供と杖を持った痩せた男を間に挟むようにして護衛している。仲間同士の関係は良好らしく、彼らは今晩食べる料理のことを語らい合いながら遠ざかって行った。

「今のはアントンのパーティーだわ。山羊の方に所属している冒険者達・・・変な噂のない奴等だから、話し掛けても良かったんだけど・・・まあ、レイガルがあたしの言う事をしっかり聞けるか確かめられたわね。さっきの中に小さい奴がいたでしょ?あいつはアントンの仲間でケッタという小人族の盗賊なの。忍びの技に掛けては中々の腕前で、あいつに気配を嗅ぎつけられなかったのは上出来と言えるわ。これから先も今みたいにあたしの指示に従ってね。そうすればお互い生きて帰れる可能性が高くなるから!」

「・・・褒められて悪い気はしないが、上手く隠れられたのはエスティのおかげだよ。良くあんなに早く気付けたな!」

 合格を言い渡されたレイガルだが、むしろエスティの能力に彼が驚きの声を上げる。あちらは四人なので戦力的に余裕があり、多少は油断していたと思えるが、探知距離ではケッタと言う小人族よりもエスティに軍配が上がったということだ。

「まあ、あたしの耳は並の人間よりも長いからね!」

「なるほど、さすが・・・いや、頼もしい・・・」

 さすがエルフ族の血を引いていると言い掛けて、レイガルは当たり障りのない言葉に変える。ハーフエルフは人間でもエルフ族でもない中途半端な立場によって、辛い生い立ちを過ごしている場合がある。その血筋については、例え本人が口にしたとしても、他人が軽々しく指摘すべきではないと途中で気付いたのだ。

「ふふ、変な気を使わなくていいのよ。あたしがハーフエルフなのは事実だからね。そんなことで怒ったりしないわ!でも、とりあえずお喋りはこれで終わり。改めて出発よ!」

 エスティの怒りの沸点を見極めるは難しいと思いながら、レイガルは再び先行する彼女の後に続く。だが、そんな猫の目のように気紛れなエスティに彼は本気で惹かれはじめていた。

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