人生変わっちゃうかも

2/6  inヴァラナシ 


 深夜の3時ごろにバスは停まる。すきま風にすっかり体は冷やされてしまい、外に出たくない。一人のチベタンが話しかけてくる。このバスはヴァラナシまで行かないから、ここで降りなきゃいけないと教えてくれる。えーー! 寒いから嫌だ!


 他人の話を簡単に信じちゃいけない。目が鋭いし、威圧的な顔だ。バスの運転手に訊ねるとどうやら本当らしい。まあ、大麻はあるし、死ぬ程寒いわけじゃない。オートリキシャで行ける距離なら問題ない。


 一応ヴァラナシまで連れて行ってと頼むと、すんなり了解してくれる。駅まで連れていってくれるらしい。駅ならリキシャがあるはず。教えてくれたチベタンにお礼を言う。バスは自分だけ乗せて駅へ向かう。インド人は中国人民と違って親切だな。


 大きい駅に到着し、お礼を言ってバスを降りる。深夜だというのにたくさんの人がいる。みんな道端に寝ている。列車待ちの人かな? 思ったよりもにぎやかなので、ここで時間をつぶそうと歩いていると、リキシャマンが話しかけてくる。ヴァラナシまで20ルピーとまあまあ安いので、乗ることにする。


 深夜のオートリキシャは寒い。こごえながら暗い夜道を走ること15分、裏路地にあるGHに到着する。ちょっと場所が悪そうだけど、安いうえに、シングルなのでここに泊まることにする。さすがに眠いのですぐに眠りにつく。


 昼前に目が覚める。あいかわらず風邪は治らず、頭が痛い。いつもどおり一服いれて何するか考える。日記がまたたまってしまったので書かなきゃ。バッグを整理し、最近のだらけを直すことにする。一日のやるべきことを変更して、新しくインド用のやるべきことを作る。英語にジャンベ、日記、必要最低限にする。やることが多すぎるとやらなくなってしまう。


 そういえばジャンベを全然たたいていない。なまった体だと“クミコGH”で自信がなくなるかもしれない。そうだ! 今持っているCDをすべて聞いてから宿を移ろう! そうすればジャンベに慣れて、良い感じで“クミコハウス”に行ける。やることはないし、場所も悪くない。ということでジャンベをたたくために日記を終わらせる。


 日記はほとんど終わり、おなかもすいたことなので外に出る。ヴァラナシといったら噂に名高いガンガー。河まで歩いて2分ぐらいの距離なので見に行く。


 静かな河に着く。遠くにヴァラナシの街並みがのぞけて、とてもきれいだ。けど、河はとても汚い。なにか得体の知れないものが浮いているし、河岸はゴミと洗濯する人、沐浴する人であふれている。たくさんの人にヤギ、牛、犬、リス、空には鷲と様々な生き物が自然に交わっている。のどかでいいな。


 岸で何かが燃えている。もしかして噂の遺体? 近づいてみると、高く積まれた木材の間から茶色の両足首が見える。あっ! やっぱり! 先ほど亡くなったみたいで、とても生々しい。焚き火がそこら中にあるから、全部火葬中かな。ぶりってとばされている頭に、この光景は強烈だ。変なチャレンジ精神がわいてしまい、これは見なきゃいけない。火がついたばかりの焚き火の近くに座り、ぼけーーと眺める。


 インドはすごいな。“地球の歩き方”やみんなが言っていたとおり、ガンガーは聖地なんだ。「遺体を川に流すなんてとんでもない」と、思いそうだけど、ガンガーを目の前にすると、とても自然なことに思える。仏教の教え、転生、魂が自然に還るという意味では、最も自然な行為がガンガーで行われている。バサが言っていたとおり、インドに来ると命について考えさせられる。


 焼けていく亡骸を見ていて、安らかになるというか、ほっとする。死んでも大丈夫だ。魂が元に戻るだけのことだ。抜け殻のような遺体を見ていて、生き物は自分の役目を終えたら元に戻る。そのためだけに肉体を借りていただけ。そんな気がしてくる。


 毎日たくさんの生き物が生まれて死んでいく。インドはそのことをダイナミックにみせてくれる。岸で寝そべっているヤギや牛達を見ていると、インドは人が多いのではなく、生き物が多いと気づかせてくれる。ガンガーに来て本当に良かった。


 その時、ブチュッ! 焼けた遺体の腹から生々しい腸が飛び出る。うわーー、すごい。腹から水が噴水のように噴き上げている。“はだしのゲン”みたいだ。生きている人が焼けるのはきついけど、亡くなった人が焼けるのは幸せなことかもしれない。


 一人のインド人が隣に座って話しかけてくる。どうやら彼の叔父らしく、昨日の夜に亡くなったらしい。そっか。発音の悪い英語で話しかけてくるので、慣れていない耳には聞き取りにくい。


 そういえばメシを食べるんだった。いろいろと教えてくれた彼のおじさんにお礼を言って立ち去る。


 ぶらっとあたりを散歩して、食堂でカレーを食べる。帰りに小さな商店で紅茶と粉ミルクを買う。


 部屋に戻り、さっそく中国で買った湯沸し棒を試す。昨日買った金属の容器に水を入れ、その中に棒を入れる。10分も経たないうちに水は沸騰する。これは良い! 思ったよりもはやく沸騰するし、手軽に使える。買ってきた紅茶と粉ミルクを適当に入れる。そういえば正しい紅茶の作り方を知らない。暇があったら調べてみよう。


 紅茶を冷ます間にジャンベをたたく。曲を聴いてたたくのも久しぶりだ。長いことジャンベにさわっていなかったせいか、体のきれが悪い。リズムもすぐにずれてしまう。しっかりと鍛えなおさなきゃ。


 5分ほどして、たまたま新しいたたき方をしていると、けっこう使えそうだと気がつく。手の位置、腕の位置をきめたかったので最善の位置を探す。


 これはいけるかも! 中音に似た音だけど、もっとかるい音だ。ゲバラCDが終わるころには、普通にたたけるようになる。時間はたっぷりあるし、もっと練習して慣れるようにしなきゃ。


 冷めた紅茶を飲むと味が薄い。ミルクの分量も中途半端でおいしいといえない。作り方を覚えて、自分にあった分量をみつけなきゃ。


 部屋でジャンベをたたき続け、夜になる。外に出てインドのプレートを食べ、ネットカフェに寄る。部屋に戻る前にインドスウィーツを買う。一服入れてジャンベをたたき、お菓子を食べる。紅茶と甘いものは相性が良い。ベッドに横たわりだらーーとして眠ってしまう。


 “クミコハウス”には自信を持ってのぞまなきゃ。ヴァラナシは自分にとって良い街になりそうだ。

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