第2章ー19話 アルビノの少女 2
――うわぁ……、遅くなっちまったなぁ。
ようやく家の前へとたどり着き、煌々と明かりの灯った窓ガラスを見て思わずため息が出る。背中に背負っている荷物が荷物なだけに乱暴に扱うこともできず、ゆっくり帰っていたらこんな時間になっていたのだ。時計の針はもう、八時を少し回っている。この時間だと、とっくに晩飯が食べ終わっている時間でもある。
一度荷物を置き、ゆっくりと伸びをする。その後もう一度重たいソレを担ぎ上げ、空いた右手でノブをひねって扉を開ける。暖かい黄褐色の光が疲れた体に優しく当たる。
「ただいまーっと、ルナも帰ってたんだな」
「お帰りなさい、神谷くん」
「お帰り。結構かかったんだね」
開けてすぐのリビング、テーブルに着いてお茶をすすっていた雨宮とルナ、それぞれの言葉で俺を迎えてくれる。それぞれの用事が終わったら自由解散と決めていたため、ルナもすでに帰って来ていた。今は雨宮と同じく部屋着に着替え、リラックスした表情でカップに口をつけている。この匂いは、多分紅茶だろう。
そして、テーブルの上には手が付けられていない食事が三人分。
「二人ともごめんな。……って、飯は食っててもよかったのに」
「いいのいいの。さっき作ったところだし」
「三人で話したいことがあるからできるだけ待っていいようって、私が言ったんだ。気にしないで」
ひらひらと、ルナが手を振り気にするなという旨を示す。どうやら雨宮も異論はないようで、その様子に、待たせてしまったという罪悪感が少しばかり軽くなった。
それに、ルナの申し出は好都合だ。
「そりゃちょうどいい。俺も二人に話したいことがあるんだ」
◇◆
「そっか。それじゃあギルドはあてにできないね」
「うん。まぁ、あんな荒くれ者たちを管理する機関なんか入れたくないって思うのも、当然といえば当然だからね」
食事をしながらの作戦会議。ミレーナさんの件でギルドに相談をしに行ったルナの話では、やはり冒険者ギルドにはどうすることもできないとのことらしい。それでも、ルナの持ってきた情報はかなり有力なものなのは間違いないような気がする。
「でも、前にもこんなことが起こっていたっていうのが解ったことは充分収穫だとおもうわ」
「よかったー、とりあえず私の無能認定は回避完了」
「そんなこと俺たちは思ってないって」
ほっと安堵のため息をつき、ぐでーっとルナがテーブルに突っ伏する。最近見せてくれるようになった年相応の態度に、雨宮は笑い、俺は苦笑という形で応える。どうやらルナは本気で責任を感じていたようで、吐かれたため息はわりかし本気の安堵だった。
「でも、国って意外にそういうことあるんだね」
「雨宮だって経験ないか? 企業のサイトとかって、問題があったらまず閉じるだろ?」
「ああ、そっか。確かにそんな経験ある」
「へー。二人の世界でもこういうことがあるんだ」
「流石に国単位でこんなことはなかったけどな。でも、これ以上外部と接していて悪影響があるかもしれないって判断すると、けっこうこういう手段を取るところが多かったぞ? スパイなら余計な情報が漏れなくなるし。それ以上被害が大きくなることも少ないし。まあ中には、その間に不祥事を揉み消すなんてこともあるんだけど……」
「中で何があったかますます気になる」
「それを知らせないための遮断な気がするけどな。多分、このままじゃ絶対何が起こったか分からない」
結局のところその場所に行きつき、このままでは同じところをぐるぐると回るだけ。
堂々巡りになりかける作戦会議。
「でも、わたしたちじゃ連絡を着けようにも……」
「そこだ」
「「?」」
雨宮とルナが首をかしげる。
三人で話し合いたかったのは、その部分について分かったことがあったからだ。正確には教えてもらったといった方がいいかもしれないが。
「実は、俺が行ってたのは軍の駐屯地だったんだ。俺たちの知らない通信手段がないかどうかを聞きに行っていた」
「レオさんに?」
「そう」
「じゃあ、イツキは見つけたわけだ。それで、その準備をしてて遅くなったと」
流石は雨宮とルナ。俺の思考回路はお見通しだし、帰ってきた俺の状態からなにをしていたのかを一発で割り出された。本当に頼もしい仲間だ。
雨宮の言った通り、俺が会いに行ったのはふたりとも顔馴染みになりつつある俺の友人、レオ・グラディウスのところだ。そして、そこでとある情報を仕入れ、機材を買いそろえていると今の時間になってしまったというのが事の真相だ。そしてそれを可能にする機材こそ、俺がこの家まで必死こいて持ってきたこの袋の中身。
――連絡が取りたい? ――
今日の昼、王国軍駐屯地にて交わした会話が蘇える。
◇◆
「そうなんだ。帰国日になってもミレーナさんが帰ってきてない。あれだけ部外者に厳しい国だから、普通のことじゃないと思う」
「それには僕も同意だ。通常時なら、誰であろうと期限日以降の滞在は許可されていない。多分、向こうで何かしらの問題が起こっているんだろうね」
先の迷宮の詳細をまとめた資料。目を通していたそれをテーブルに置き、レオは真面目に話を聴いてくれる。その厚意に甘え、俺は遠慮なく助けを求めることにした。この世界でできた唯一の男友達に、今回のことで思ったことを洗いざらい吐いていく。
前にもこんなことがあったのか。どんな時にあの国は外界とのつながりを切るのか。レオたち騎士団は把握しているのか。そして、何か連絡手段はないのか。
「……まず、順番に答えていこうか」
しばらく考え込むようにうつむいた後、視線をテントの天井へと向ける。小さく頷いてから、レオは話し始めた。
「前にもこんなことはあったよ。それはこっちの記憶にも残っている。それから、向こうは『機密保護』で封鎖したって毎回発表しているね。詳しいことは僕の口からは言えない。国の信頼に関わるから。ただ、四年前は火事があって、それで火事場泥棒を入れないために封鎖したらしいよ」
どうやら、あの国はかなり内部情報が漏れることを警戒しているらしい。でもよく考えれば、一国の中に複数の国の一部があるような場所なんだから、警戒するのも当たり前なのだろうか。
「それから、連絡手段のことなんだけど……」
一番聞きたかったこと、その部分でレオは口をつぐむ。浮かべている表情を翻訳するなら、「申し訳ない」といったところだろうか。その表情だけで、帰ってくる答えが何なのかは容易に想像がついた。
「無理なんだな。悪い、無茶なこと頼んだ」
「すまない。迷宮攻略で活躍した君の頼みだからできるだけ何とかしてはあげたいんだけど……やっぱりすまない、軍事機密を明かすわけにはいかないんだ」
「気にするなって。むしろ反省しなきゃいけないのは俺の方なんだからさ」
本当に悔しそうな顔をするレオに、気にしないようにと諭す。そんな顔をされたら、こっちこそどうすればいいか分からない。軍に無茶を言って困らせて、一体俺は何様だという話だ。
そんな時、
「では、昔ながらの方法ではどうですか?」
あまり聞きたくはない独特な声が、後ろから聞こえた。
「……いたんですね。レグ大尉」
この間のこともあり、できればしばらくは会いたくなかった男が俺を見てニタリと笑っていた。
「そんなに邪険にしなくてもいいではないですか。あなたが来たと聞いたから顔を出しに来ただけですよ」
「はあ……そうっすか。コンニチハ」
誰だ、余計なことをしたのは。
「僕が言っておいたんだ。君と大尉は面識があるようだったから、ついでにって」
お前かよ! という言葉を棲んでのところで飲み込む。前々から、できないことなんか無いのでは? と思っていたが、今ようやく、レオに苦手なことが一つ判った。
こういうところだ。
「それで大尉。彼に言った昔ながらの方法とは一体何です?」
「ええ、それですがね――」
その後のレグ大尉の話がかなりの有力情報だったため、結果的にレオには感謝をしなくてはいけないことになった。だが、レグ大尉と話して判ったことが一つある。
やっぱり、この人は苦手だ。
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