第2章ー18話 アルビノの少女 1

 

 多くの冒険者ギルドは、少なくとも二階建て。そして酒場と一体化した構造をしている。これにはいくつか理由があるのだが、その中でも大きなもののひとつは、監視と把握がしやすいという点だろう。


 冒険者という職業は、はっきり言って人生をチップにしてルーレットを回しているに等しい。良い依頼に当たれば一攫千金。しかし、引きが悪ければ一発で命を落とすことも珍しくはない。まさに大博打のカジノ生活。それ故に、冒険者という職種に就く人間は完全に二分される……というよりも、差が顕著であるといった方が正しいかもしれない。簡単な話だ。冒険者は、「恐ろしく利口な者」と「夢を見る愚か者」、このどちらかに必ず振り分けることができる。例外はない。


 自身の身の程を自覚し、それに合った依頼を頼む利口な者――彼らは別に問題はない。彼らの生き方で行けば、冒険者という職業でも命を落とすという可能性は低くなる。それにある程度危険であるがゆえに、稼ぎは堅気の者たちの平均よりは多くなる。そう判断した者に対してギルドは口をはさむことは基本しないし、口を挟まざるを得ないような判断をすることもまずない。


 問題は、「夢を見る愚か者」だ。

 まず間違いなく、彼らは頭がよくない。これは差別でも何でもなく、れっきとした事実だ。そして頭の痛いことに、その何割かは素行が非常に悪い。酒が入ってしまえば、気が大きくなって我を忘れるなんてこともざらだ。しかし彼らだって腐っても冒険者。一般の酒場で暴れられてどうなるかなど、想像できない者はいない。


 それこそが、酒場をギルドに併設している理由だ。誰がどんなことをしでかしたのかを把握できるように。愚行に走る者の挙動を監視するために。その火の粉が他の酒場に行かないよう管理するために。冒険者ギルドの酒場は他の酒場よりも品ぞろえがよく、それでいて安い。

 それ故に、冒険者ギルドは平屋建てであってはならないのだ。重要な部屋は、全て二回以上に設置されている。


 ―― 冒険者ギルド 応接室 ――


 普段は商談などを行う時に使われる冒険者ギルドの応接室。しかしそれ以外にも、他の冒険者に聞かれたくないことや、公にはできないことを話す際に使われることもある。そして今回は後者だ。


「ごめんね。待たせちゃって」


 蝶番をきしませ、受付嬢のレーナが入室してくる。そして、周りに冒険者がいないことを確認するとすぐさま扉を閉じる。同時にドアノブの真上にはめ込まれているプレートが回り、青から赤に変わる。これは音声遮断を行う特殊な術式が発動したことを表している。


 つまりこの空間は、今この瞬間から、こと音というジャンルにおいては外界と完全に隔離された空間となったのだ。秘め事を話すには、これ以上の条件がそろった部屋はここ以外にない。


「いえ。それを言うのは私の方ですよ。……こんなこと頼んでごめんなさい。レーナさんが忙しいって解ってるのに」


「いいのよ。めったにわがまま言わないルナちゃんの頼みだもん。少しくらいは優先したい気持ちなの。だから気にしないで? 言うなら、お姉さんお礼言ってほしい」


「ありがとうございます」


「うん。よろしい」


 にっこりとレーナは微笑む。しかし次の瞬間には真剣な表情へと変わっており、手元にあったいくつかの資料をテーブルの上へと並べた。


「ルナちゃんから頼まれたことは一通り調べたわ。やっぱり、ラルーク王国に滞在するには滞在許可証が無いとダメみたい。しかも、滞在許可証に書かれた期日以上の滞在も認められていない。資料によれば、たとえ王様でもそれは変わらないし、むしろ門前払いされることも過去にはあったみたいよ」


「そう、なんですか」


「ねえ、ルナちゃん。本当にミレーナ様は『三日』って言ったの?」


「はい。間違いありません。私だけじゃなく、ハルカもイツキもそう言っていました」


「そう……」


 その言葉を聞き、レーナは目を細める。その視線は、テーブルに広げた資料と虚空とを行ったり来たりする。その表情から、どう見てもこの事態が通常じゃないということは明白だった。


「ルナちゃん。まず前提で言っておくけど、私はあなたの話しか聞いていないし、それ以外のことは一切わからない。だから、今から言うことで導き出されるのはあくまでも可能性の話。それを踏まえた上で、落ち着いて聞いて」


「はい」


「実は、過去にも同じような状況になったことがあったの」


「そうなんですか?」


「ええ。直近で似た事例は、私がこの仕事に就く前――今から四年前のことになるわ」


「そんな最近なんですか?」


 こくりと、レーナが頷く。そして、並べた資料の中から一枚を取り、ルナに渡した。渡されたのは当時の記事。その時のことが描かれていた。


 記事に寄れば、ある日突然、ラルーク王国につながる全ての道が消えたらしい。正確には先導してくれる妖精たちが現れず、進むにも進めなかったそうだ。その状態は一か月ほど続き、ようやく入れるようになったと思えば……。


「国の一部が焼けていたの」


「…………」


「まあ、普通に考えればそういう可能性は実験国家なら往々にあり得る話だろうし、誰も気にはしなかったんだけどね。だけど、それ以降は審査がさらに厳しくなっちゃって、物見遊山で入ることは全くできなくなっちゃったの」


「もしかして、その火事は外部の人間が……?」


「どうかしらね。私が言えることじゃないわ。ここからは、あなたが仮説を立てて頂戴」


 両手を小さく上げ、レーナが降参のポーズをとる。確かに、一介の受付嬢であるレーナが冒険者を誘導するようなことは褒められたことじゃない。いまこの段階では、情報が少なすぎる。


「それじゃあ、ミレーナさんが帰ってこないのは、同じような事件が起こっているから……? ミレーナさんも関わってる……? それとも、協力している……とか」


「どの可能性も考えられるわ。それに、いま上げた可能性は決して矛盾しない。でも、今の段階でその事に重点を置くのは賢くないわね」


「あ、そうでした。もう一つの方は――……あー、そっか、連絡が取れないんだ……」


「ええ。力不足で申し訳ないけど、冒険者ギルドにはあの国とのコネクションが無いの。だから、私たちにはどうすることもできない」


 もう一つルナが頼んでいたこと、それはラルーク王国への交通手段ないしは連絡手段だ。だが、今の説明でそのどちらもギルドをあてにはできないとはっきり判ってしまった。


 何でも、ラルーク王国内では警戒優先度のかなり上位に冒険者ギルドが食い込んでいるらしい。小首をかしげるルナだが、レーナの説明を途中まで聴けばその理由を察することができた。


 よくよく考えれば(よくよく考えなくてもそうだが)、冒険者は社会のはみ出し者の集まりだ。全員が全員そうだとは言えないだろうが、少なくとも、野心の対価に比喩なしで自分の命を賭ける人種たちがまともであるはずはない。素性の解らない者たちに国の土を踏ませるなんて言う危ない真似はしたくないのだろう。だから、あの国には冒険者ギルドが入っていなかったのだ。


 おそらく、自分たちを入れるために師匠様は相当な無茶をしてくれたのだろう……と、いまさらになってそのことに気が付き、ルナは心の中でミレーナに合掌する。


「ごめんなさいね。力になれなくて」


「いえ、そんなっ、レーナさんが謝ることないですよ! 元はと言えば私が変な依頼を持ち込んだんですから」


「そう言ってくれるとありがたいわ。ルナちゃんも、あまり神経質にならないようにね。さっき言った事故も確かにあったけど、それ以前にもちょくちょく音信不通になったことがあったみたいだし。あの国が攻め落とされることなんてこと、万にひとつもないんだから」


「……はい」


 しかし返事をした声は、ルナ自身でも驚くほど沈んでいた。なぜだかは解らない。だが、どうしても大丈夫には思えなかったのだ。


 何度も言うように、今の状況では情報が少なすぎる。故に、解ることと言えば何かがあの国で起こっているということだけで、ましてや攻め落とされるなんてことを考えても杞憂で終わる可能性が高い。というより、ほぼあり得ないだろう。


 今のこの状況は、向こうで何かしらの偶然が重なって起こったことに過ぎないに違いない。それに、向こうには他国の人間も滞在しているのだ。有事の際は、向こうからも何かしらのモーションがあるはず。ギルドに情報が行っていないなんてことがあるはずない。


 だけど、


 ――……何だろう。この感じ。


 何かが引っ掛かる。自身の記憶が、その違和感に拍車をかけている。


 ミレーナの失踪。

 四年前に起こったというラルーク王国での事故。

 あの場所で感じたなつかしさ。

 抜けている十二年の記憶――言い方を変えれば、ちょうど四年前までの記憶の欠落。まるで、四年前に自身の身に何かが起こったかのように。


 あり得ない。普通に考えれば単なる偶然の一致だ。


 ――でも……。


 謎の焦燥感が、これは偶然ではないと訴えている……そんな気がしてならなかった。

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