第2章ー2話 事件の後日談 1


 大気のマナが変質し、本来のあるべき形から姿を変える。


 帳尻を合わせるように世界の理が書き換わり、それよりももっと大きな何かに従い魔術が発動する。ある時は水、ある時は風、またある時は火というように、姿を変え性質を変え、術者の望むものに近い現象をこの世界に出現させる。


 この世界に来てすぐのころは、魔法や魔術は摩訶不思議な力の側面が強いものなのだと勝手に思っていた。だが聞けば、それほどファンタジーな側面だけの根性論で習得できる技術ではないらしい。


 魔術とは、簡単に言えば副産物なのだという。現象の主反応はマナの変質そのものであって、その帳尻合わせに発生する魔術という現象は副産物で生まれたもの……例えるのなら、騒音や電子機器を使った時の発熱に近いものなんだとか。それを意味ある形に再構築されるように体内のオドを操るのだから、魔術師というものは本当に不思議な存在だ。


「――――ふっ!」


 軽く力のこもった息吹をひとつ。


 目算で二十以上の風の刃が、それを合図に解き放たれる。目一杯引き延ばしていたものから解放されたかのように刃が弾き飛ばされ、地上数センチをネズミのように駆け回る。もちろん、『風の刃』という言葉はこの世界では比喩に当たらない。その名の通り、それなりの切断力を持った風の塊のことだ。そんなものが地上スレスレを通るのだ、その後のことは想像に難くない。


 目の前で、生い茂った雑草が支えを失ったかのように倒れ伏す。切断面は鮮やかに、それも根元のすぐ上を刈り取られている。まるで草刈り機を何十も操作しているかのように、雑草の生い茂る土地が頭皮のごとき地面の面積を広げていく。その様子は、まるで俺たちが小人になって、巨人の頭を散発しているかのようだ。


 上昇気流に巻き込まれ、希少価値がない雑草の束が宙を舞う。しかもそれは渦の中心で絡まり、ひとつの塊となって一か所に落下する。


 そのことを確認すると、待機していた子供たちがわぁッと一斉に駆け出す。そのまま雑草を運び、近くの荷馬車へと積み込んでいく。これを乾燥させると、牛や馬の餌になるのだ。まだ駆け出しの冒険者――特に年齢の低い子供たちに人気の仕事だ。


「うわぁ……すごいな」


 生い茂る若草が次々と倒れていく。その光景はまさに爽快。

 思わず作業を止め、雑草が瞬く間に伐採されていく様子を眺める。いつ見ても非現実的な光景。ゲームの中であっても、これほど魔術を器用に使うことはきっとできない。


 全く、何度見てもやはり異世界ファンタジーだ。


「「ふぅ……」」


 この雑草地帯で魔術を行使しているふたりが、同時に息をついたのが解った。わずかに頬を撫でる夏の風が、栗色と銀の髪をなびかせる。


 気が付けば、あれだけあった雑草はすべてきれいに刈り揃えられていた。ひとが入るのも厳しそうだった緑の雑草林は姿を消し。そこにあったのはすっかり見晴らしの良くなってしまった運動場。これで、体育館ひとつ分くらいの敷地の雑草を刈ったことになるのだ。それは疲れもするか。


「――――っと、さぼってる場合じゃない」


 はたと我に返る。そうだった、仕事を放りだしていたことをすっかり忘れていた。

 俺のしごとはあの二人に見とれることではない。任されている仕事は単純作業ではあるが、その分量が多いのだ。普通に斧やノコギリを使っていては一人じゃ決して終わらない量。こんなことをしていては、昼食の時間に間に合わなくなる。


 俺が構うべき相手は、いま現在目の前に積まれている不揃いな丸太の山だ。


 ずるずると、その中から一本を抜き出してくる。胴体ほどの径があるその丸太には、何本かの赤い線がぐるりと外周を囲っている。依頼主によれば、その部分で切断すればいいらしい。


 備え付けられている台へと丸太を持ち上げ、その上に立たせる。その台には押さえはない。片手を添えて少し力を込めれば、自重のみで安定しているこいつはあっけなく倒れるだろう。さらに言うなら、こいつを切るための斧もノコギリもない。そんなものを使っていては、ふたりでやっても昼になど終わりはしない。

 俺には、それよりもはるかに便利な相棒がいる。


「さって、やりますか」


 カタリと、鞘の中で刀が頷いた気がした。


 左親指で、鍔と鯉口を固定する安全装置を外す。カチリという金属音がし、人差し指の側面にわずかな重みがかかる。今度は左親指で鍔を押す。何の抵抗もなく刀が滑り刀身がわずかに顔を出す。


 準備完了。


 ぐっと腰を下ろす。視界が沈み、一本目の赤線が目の位置と同一の平面に乗る。右手を柄に添え、オドを込める。世界樹の刀身がすぐさまそれに応え、リィィィーンという金属音にも似た声で共振を引き起こし鞘を揺さぶる。


 一瞬息を止める。身体の動きがコンマ数秒だが完全に停止する。


「――――ふッ」


 肉体強化で強化された腕力により、刃が弾丸のごとき速度で引き出される。


 斜め上へ斬り上げ、勢いそのまま逆方向へと転換、最後にひねりを利用した水平切り。カタナスキル・三連撃・『燕返し』。先日ようやく発動できるようになった、中級スキルの三連撃。


 三つに分離した各パーツは、慣性の法則に則ってその場で静止。着地と同時にバランスを失い、台から転がり落ちた。


「……何とか及第点」


 持ち上げてみれば、三撃目で切断された部分の切り口は赤線を通っていない。その三センチほど上を通り、吹き飛んだ最後のパーツは狙ったよりも小さめだ。まだまだ上手く制御ができていない。やはり肉体強化で生まれる慣性に引っ張られる。改善が必要だ。


 三つのパーツを拾い上げ、立て続けに切り終わったパーツが作る山へと放り投げる。あまりにもずれていない限り気にするなと言われているのだから、あれも多分大丈夫だろう。そう勝手に判断させてもらい、残りの丸太山と対峙する。


 残り、四十二回。

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