第76話 死んでしまえば終わりだから。 3

「……そんな簡単に自分の心を折られるとは…………やはりあなたは使えない」


「レグ大尉。言葉が過ぎるぞ。それに、投入ではない。『協力を要請する』だ」


「おおっと、これは失礼。悪い癖が出てしまいました。どうもだめですねぇ。頭に血が上ると」


 クルリと方向を変え、隊長の方を向いたレグ大尉の目には、もう彼の姿などなかった。


「さてと、隊長。どうなさいますか?」


 これはまずい――そう直感した。


「一か月……そう一か月です。冒険者をぶつけ続けている間に、我々は体力を温存できる。その間に、何らかの情報も手に入ることでしょう。情報を手に入れ、援軍が来るまでここを死守できれば、犠牲はあっても攻略はできる。恥と誇りを捨てれば、この国は守られる」


 思わず、隣に座るレオのわきを肘でつつく。


「他に、作戦は?」


「僕には……、思いつかない」


「お前が使ってたあれは――……無理だよな」


「そうだね。あれを乱発すると、しばらく攻略が不可能になる。最後まで取っておかないと」


 俺たちがそういう間にも、話は進んでいく。ちらほらと対案は出るが、彼ら自身が現実的ではないと解っているんだろう。誰も、レグ大尉の作戦を否定することはできない。彼の言葉を、遮ることができない。


「君は、彼の作戦をどう思う?」


 唐突に、レオがそう尋ねてきた。すこし思考し、浮かんだ自分の答えに少しだけ驚く。なぜならその答えが、あまりにもすんなりと出てしまったから。そして、言葉にしていいものなのかどうかを戸惑ってしまったから。


 たっぷり数秒時間を取り、口を開く。俺の答えを、レオに伝えた。


「…………効率的な、方法だと……そう思う」


 レオは、驚きも咎めもしなかった。ただ一言、「そうかい」と苦笑いしただけだ。それは、この作戦が一概に悪とは言えないと感じているからなのか。感情を捨ててしまえば、あの考えには賛同するべき点も存在するからなのか。


 外道――レグ大尉の提案する作戦は、一言で表すとそうなる。本来、迷宮には王国の攻略隊しか入ることを許されない。当然ながら、情報が外に漏れることはない。つまり、冒険者たちにとってもは未知の世界も同然で、通常のクエストと比べても圧倒的に危険度は上がる。


 嗅覚の鋭い冒険者なら、利口な冒険者なら参加しないという手もあるはずだ。命を賭けるほどの理由がない者たちには、このクエストは重すぎる。しかし、それが判断できるのはある程度の基準より上の実力者のみ。決して浅くはない経験を積んだ、中堅ともいえる冒険者たち。自分たちの力量を正確に測れ、甘言や欲を自制できる者のみ。


 若い冒険者たちに、その能力がある者は少ない。


 幼くして冒険者になるということは、それ相応の理由があるはずだ。十分な教育を受けているとは思えない。冒険者になって日が浅く、まともな経験を積んでいない冒険者には、このクエストは金色に映るだろう。一攫千金にあこがれ、迷宮へと潜っていく。


 心のどこかで、感じずにはいられなかった。この作戦を聞いて、嫌悪感よりも納得が先に立った――その時から感じていたのだ。


 多分、俺とレグ大尉は、同じ思考回路を持っている。


 感情よりも先に利害を天秤にかけ、益が最も大きいものを採用する。俺は採用こそしなかったが、思い返せば、それとよく似ていることを考えていた。似ているからこそ、解ってしまう。


 レグ大尉が使いたいのは、多分、そういう奴らなのだろうと。


「犠牲者の数云々で言うなら、この方法が一番少ないし」


「まあ、そうだろうね」


「命を消耗品前提で進めるのが気に入らないけど」


「それも同感だ」


 外道。そう、外道だ。自らの目的達成のために、自分どころか、利用価値があるというだけで他人の命を平気で天秤にかける。そのことについては寒気がする。どうやっても相いれない。


 だけど、それ以外に特に問題がない。

 ただ危険、それだけだ。命を利用しようとしているのは事実だ。だけど、要素に分解してみれば他のクエストと同じになってしまう。


 元々、危険なクエストというのは情報量が少ないのが常だ。選択権が冒険者側にあるというのなら、決して強制しているわけじゃない。欲に目のくらんだ者が死んでいくのは、他のクエストと全く同じだ。この作戦だけがそうというわけではない。


 つまるところ、倫理観の問題だけなのだ。目的が、冒険者たちの命であったから問題になった。もしこれを、レグ大尉が別の言い方で言いくるめたならば……、反対は今よりも少なくなったに違いない。その核心はある。それに、もし冒険者の立場からしたら、大きなお世話だと言いたくなってもおかしくはないのかもしれない。俺が思っていることはすべて、厚かましい有難迷惑なのかも。


 不意に、脳内に数人の姿が浮かび上がる。

 久々に再会した同郷仲間の後藤に、武器屋のロキとその爺さん。そして、冒険者ギルドで知り合った友人たち。数人と感じたが、その数は優に二十人を超す。中高とまともに友人と呼べる人間が一桁だった俺には、信じられないほどの数だ。


 考えてしまう。彼らにも、この作戦の影響はあるのだろうかと。そして、考える間もなくそうなのだと理解する。実際、考えるまでもないことだった。自明の理だ。


 有難迷惑なのだと、そう言われるかもしれない。そもそも、他人の人生に干渉することは俺自身にも抵抗がある。もし、自分のせいで状況が悪化してしまったら……、もしかしたら相手が望んでいなかったのでは……、そう考えてしまうことは多々あった。


 いや、そんなたいそうなことじゃない。


 関わることで、俺が相手の人生の責任を持ってしまうということが怖いだけだ。

 自分自身のこと以外を、余計に背負ってしまいたくないだけだ。

 その結果で、俺自身が傷つきたくないだけだ。


 結局は自分のためでしかないんだ。

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