第75話 死んでしまえば終わりだから。 2
――冒険者たちを、ここに投入する――
どよめきが走った。
それは、いままでほとんど前例のないことであったから。そんな手段を取ったところで、成功した試しが過去に一度たりともなかったから。全員が、耳を疑った。こいつは正気なのかと、全員の視線が突き刺さる。
「無謀だ! 第一、このバルマスクはどうやって集める! それに、我々と対等に戦えるほどの実力を持った冒険者など……」
「バルマスクについては、この近くでも晶石が産出されているはずです。それを使えばいいでしょう。それにここはセルシオですよ? 腕に覚えのある冒険者ならいくらかは集まると考えても問題はないでしょう。彼らを使えば、我々は力を温存できる」
「楽観的過ぎると言っているんだ! そんなことをすれば、どれだけの数の死者が、どれだけの犠牲者が――」
「はぁー……。一体、何を勘違いしているのか……」
レグは、嗤っていた。
まるで、汚物にまみれた人間を憐れんでいるような目で。もしくは、人とすら思っていないかのように感じさせる目で。
「そんなことは想定済みです」
歯ぎしりの音が、これほどはっきりと聞こえたことはない。
「貴様レグゥゥ――――ッッ⁉」
気が付けば、レグは一人の騎士に胸倉をつかみあげられていた。射殺さんとする視線を、隠そうともせずにビルグは浴びせる。しかし、そんなこと知らんとばかりに、レグの表情は漂々したものだった。
大半が耳を疑い、敵意とすら感じられる感情を湛え、レグをにらみつける。それでも、レグがひるむことはない。
「それではお訊きしたい。ここから援軍を要請して、彼らがここに到達するのは一体いつになりますか?」
「…………ッ」
「回答が遅い。一か月ですよ。本来ならこの遠征は、ビルグ少尉、あなたたちが王国騎士団への入隊資格を得るための試験を兼ねたものだったはずです。当然、通常の迷宮攻略でそんな暴挙に出ることなどできません。此度の遠征はですね、たいしたことのない迷宮攻略として議会に承認されているのです」
そこに、私情はなかった。
笑みも、あざけりも、それら以外の感情も、表情というものさえなかった。ただ真顔で、淡々と、事実だけを述べている。胸倉をつかまれ持ち上げられながらも、そのことすら意に介さず口だけが動く。
「その頭の固い元老院たちが考えを改めるのに、どれほどの根回しを必要とするとお思いですか。議会の承認を得るのに二週間。王都からここまで、最短距離で軍を走らせ二週間。これほどの期間が必要になるのです。あなたもよくご存じでしょう? あの北東迷宮攻略作戦のことを。あれはですね、今と全く同じ状況だったのですよ!」
「⁉」
レグ大尉をつかみ上げている腕に、揺れが生じる。その顔に浮かんでいたのは驚愕の二文字。そして、レグ大尉の顔にはようやく表情が浮かぶ。
それは、嘲笑。
「冒険者を投入していれば、少なくとも攻略失敗などという汚点を作ることにはならなかった。それを、あなたにそっくりな無能な男が隊長だったばっかりに、壊滅という結果に終わった。土地柄が幸いして拡大はしていませんが、いつあれが拡大し出してもおかしくはない。はたしてこの迷宮が、北東迷宮のように上手くそのままでいてくれますかね?」
「だが! 騎士としてそんなこと――」
「騎士が行うのは国防だ。個々を守ることではない」
「同じだ!」
「ではあなたは、いま死ぬと仮定する冒険者百人を救うことと、この迷宮が拡大することで消えゆく南東地域数万の命を救うこと。それが同じだとでも言うのですか?」
ビルグ少尉の顔は苦悶に歪み、いつしか腕は力なくレグ大尉の胸元に引っ掛かっているだけ。もはや、持ち上げてすらいない。
己が信じる信念を、突き通せているとは思えない。
「いいですか。国防とは大多数を守ることです。目の前の命だけを守っているようでは適わない。我々は神ではないんだ。捨てる命を最小にすることしかできない」
反論できるものは、ここにいなかった。
レグ大尉の出した作戦は、なりふり構わず、恥もプライドも投げ捨てた、徹底的に合理的なものだった。騎士のプライドを切り捨て、国が管理する迷宮の情報を開示し、国防の一端を背負ってもらうという職務放棄もいいところな策。普通ならば、そんなことは提案さえされないだろう。
それでも、それが最善だと皆が理解していた。外道な手段であろうが、それを選択することで救える命と、いまここで人柱となる者の命。どちらが大きいのかを理解できてしまっていたのだ。
「落第です」
唐突に、レグ大尉がそう告げる。
「騎士とはかくあるべし――そんな見栄だけが先行するあなたのような愚か者。そんな奴には、国の最終防衛を任せる価値などない。少なくとも、私はまっぴらごめんですよ。こんな未熟者に背中を任せるほど、私は強くはないものでね。……ああ、それと」
始めて、レグ大尉がモーションを起こす。ビルグ少尉の腕をつかみ、体格の勝るビルグ少尉の方へグイっと自分を引き寄せる。
口が動いたのは、たった数秒。
「あなた今、父を二度殺しましたね?」
信念が折れる瞬間を、確かに見た。
それは、目に見えて何かが弾けたり、何かが壊れたりといったものではなかった。
ただ、レグ大尉が腕を振り払った――たったそれだけだ。
だがそれだけで、〝何かが壊れた〟そのことははっきりと伝わってしまった。
ガクリと、ビルグ少尉が膝をつく。仲間が助けに入り、ビルグ少尉は抱き起される。その様子を、まるで蛆虫を見るかのようにレグ大尉は見下ろしていた。
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