第50話 解決の糸口と、こびりつく違和感 4
『いつの話なの?』
足が止まった。
「…………それ、どういう……」
ひやりと、背筋が凍ったような感覚に襲われる。雨宮の言っていることが理解できず、まるで、雨宮と俺との間に見えない次元の壁があるかのような、そんな錯覚に陥った。いままで仲間だと思っていた人物が、実はお互い別の世界で生きてきた者同士なのだと、近くしていた人物とは全くの別人なのだと発覚してしまったような、そんな恐怖にも似た感情。
「だっておかしいもん。向こうじゃそんなアイテムなんてなかったし、神谷くんも魔法キャンセルなんて使ってなかったでしょ? そもそも、神谷くんは魔法使えてたし」
「…………」
「それに、こっちの世界でわたし、魔法を消すなんてアイテムを神谷くんに見せてもらったことなんてない。それって、本当にいつのことなの?」
「……お前、なに言ってんだよ。それは……」
このまま、いまの口調で笑い飛ばしてしまいたかった。
「それ、は…………」
いつものように、雨宮をからかう時の口調で。その後はまたいつものように、雨宮がむきになって言い返してくる、そう信じて。
思い出す。記憶の引き出しに手をかける。どこでのものなのか、いつやったことなのか、つい最近から順に、記憶をさかのぼっていく。
これだけはっきりとした確信があるんだ。少しボケているだけで、すぐに思い出せるはずだ。
――そうだ、あれはたしか……。
だが、
「……………………いつだ?」
引っかかるものは、何もなかった。
そもそも、その記憶の内容自体が不自然だ。カリバー・ロンドには、魔術キャンセルというような設定はない。設定にない現象を、プログラムの世界で起こすことなでできない。しかしこの世界でのことだと考えてしまうと、もっとおかしくなる。
そもそもの話、俺たちはつい最近この世界に来てしまったのだ。一度下見に来たこともなければ、この世界の存在すらも認知していなかった。それなのになぜ、雨宮さえも知らないようなことを俺が知っているというのだろう。
「……大丈夫?」
「ちょっと待ってくれ。たしか、あれは……」
どうしても勘違いだとは思えず、必死に記憶を漁る。これだけはっきりとした知識なのだ、これに関する記憶が必ずあるに決まっている。そうしないと、この記憶は俺のものではないということになるのだから。
ゲーム内……いや、やっぱりバグを入れてもそんなシステムはなかった。だとすればこの世界に来てから――いや、それはあり得ないか。
だとしたら……。
「……夢、なのか?」
「夢? けど、そんなにはっきり覚えてるものなの?」
「……まぁ、似たようなことは経験してるし。これも、その線が強いかもしれない」
似たようなとはもちろん、あの夢のことだ。
あの夢――八年前の、あの日の夢。視覚どころか感覚まで伴っていると錯覚するほどの、リアルで、冷たい夢。俺に、忘れるんじゃないと語り掛け続ける、戒めの夢。俺が、甘んじて受けなくてはいけない罰だ。
逃げることは許されない。不満を感じるなんてもってのほかだ。だってあの事故は、全て俺の所為なのだから。
「そう、なのかな」
「ていうか、何でそんなにこだわるんだよ。何か思い当たるのか?」
「う、ううん。そういうことじゃないけど、けど……」
「…………なんだよ」
それを聞いても、雨宮はどこか納得できていない様子だ。その様子の方が、むしろ俺は気にかかった。なぜ、雨宮はそこまで食い下がるのかと。
現実にありえないなら、夢としか考えられないはずなのに。そう考えないと、俺の中で人格がふたり存在することになるのに。それか、前世の記憶でもあったのか。
言いにくそうに言葉を探していた雨宮が、再び口を開いた。
「気のせいだとは思うけど、神谷くんが一瞬だけ、その……」
――知らない人に見えちゃったから。
「…………………どゆこと?」
「…………そ、そんなわけないよね! ごめんね。変なこと訊いちゃって」
気のせいに違いないと、そんなはずはないと、雨宮は自分で言った言葉を笑いとばした。無理くりに話が終了させられ、俺は再び歩を進める。いつしか出口に近づいていたようで、発光石のそれとはまた別種の光が、瞳に入ってくるのが感じられた。思わず目を細める。だが、俺の意識はそこにはない。
なぜなら、
――神谷くんが一瞬だけ、その……知らない人に見えちゃったから。
その言葉がずっと、耳に残っていたから。どうしても、馬鹿げたことだとは笑い飛ばせなかったから。
確証はないし、自覚もない。それでも、その言葉はヘドロのように思考回路にまとわりついて、悪臭にも似た何かを放ち続けている。何か見落としているような、何かを忘れているような、そんな予感がして消えない。
もしかしたら俺は、何か大切なものを忘れているのかもしれない。それどころか、なかったことにすらしているのかもしれない。
だとしたら。それはいったい何なのだろう。
そのとき、
「ほぅ、これがミレーナの餓鬼か」
そんな声が、耳に入った。思考が現実へと浮上していく。
最中、
俺が感じたのは、すさまじい衝撃と、横向きのGだった。
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