第32話 ハプニングと、突然の再会 2

 ガクンッと身体が大きく揺れる。心地よいまどろみの中から、意識が現実に引き戻される。途端、聴覚が周りの喧騒を一緒くたに拾い始める。


「着いたよ、神谷くん」

「……うぃ、サンキュ」


 寝起き特有の倦怠感を味わいながら、もぞもぞと身体を起こす。長いこと座ったまま寝ていたためか、腰の骨が痛く尻の感覚もない。イテテと知りをさすっていると、肩がつかまれ優しく揺さぶられた。

「起こして悪いな、少年」そう言ったのは保安官と思わしき格好をした男性で、俺の荷物を持ったまま「悪いが下りてくれ。町に入るための審査だ」と告げた。

 未だぼぅっとしている頭が、出る前のミレーナの説明を思い出す。


「……ああ、そっか。身元証明書ですよね?」

「あれば助かる」


 バッグを探り、一枚の純白紙を取り出す。ミレーナが俺たちのために書いてくれた身元証明書だ。書類によると、俺たちはミレーナの親戚という扱いらしい。

 ……全くの嘘っぱちだ、大丈夫なのだろうか。

 雨宮と俺の書類を受け取った保安官が、その文面を読み込んでいく。嘘っぱちである事を解っているため、心の中で冷や汗を流す。


「「………………」」

「――よし、いいぞ。ギルドで身分証明書を発行しておいてくれ」


 紹介状とともに、証明書が返される。雨宮とふたりほっと息をつき、ぐるりと町を囲む巨大な石壁に空いた歩行者専用通路から中へと入る。

 入ってすぐに、市場が俺たちを迎えた。

 大きな道沿いに設営された大小さまざまなテントからは、果物・野菜・雑貨・傷みやすい肉類などが我先にと存在を主張している。そしてそれは、道が途切れる前方まで続いていた。おおよそ、二百五、六十メートルはくだらないのではないか。


「ここが……」


 ネット通販が盛んとなり市場の存在が消滅し始めた現代の日本では、あまり見ることのない光景だ。雨宮もポロリと言葉を漏らす。俺も雨宮も、その賑わいに圧倒されていた。


「ようこそ、貿易中継都市セルシオへ」


 ◆◇


 セルシオは少し特殊な町らしい。普通の町には、市役所の他に王国兵士の駐屯施設が必ずある。それは他国からの侵略に対応するためだ。だが、ここセルシオにはその施設はない。その役割を、冒険者ギルドが担っているのだそうな。

 冒険者ギルドのイメージは、数多あるラノベを思い浮かべると解りやすい。どこの国にも属さず、永久中立と相互不可侵条約を結んでいる施設の総称だ。

 その歴史は長く、史実上の設立は四百年前とされている。長きにわたる戦争の最中、疫病が蔓延し治安は急激に悪化――町が次々と消滅していった。それを阻止しようと《ギルド・レーグ》という人物が立ち上げたのだ。派兵によって医者のいなくなった町に、薬草学が使える者を集めてまずは病院棟を創る。働き口のない物に施設設営と薬草集めをさせた。盗みを働く悪党には食事という対価を払って味方に引き込み、町の警護を。また、そこで個別に仕事の依頼を受注できるように調整もした。

 いまの時代には当たり前となっているその方法は、当時実に画期的なものだった。食糧配給を担っていたギルドの人脈がフル活用され、実現不可能とまで言われていた大規模な組織構築はわずか三年で確立された。彼の管轄する地域の死亡率は、他と比べて四分の一にまで減少し、戦時中にもかかわらず各国が組織誘致を行った。税収が低下すると国力が落ちてしまうからだ。ギルドはそれを『永久中立・戦争利用と政治利用の拒否』という条件でのみ認めた。

 反発するかと思われた近隣諸国は、意外にもほとんどがこの条件を全面的に呑み組織を歓迎した。実は、ほとんどの国がぎりぎりの瀬戸際状態であり、これ以上は地方防衛に兵を割くことができず、かといって税収の低下は死活問題というまさに解決不能な問題を抱えていた。もうなりふり構っていられなかったのだ。

 こうして、たくさんの町が大戦の終了まで持ちこたえた。彼の死後、その感謝を示して組織名は冒険者 《ギルド》となった。この街に兵がいないのは、貿易中継都市故に各地から集まる優秀な冒険者が、冒険者ギルドを主体として町の防衛を行うという構造ができているから。《外注戦力》とでも言えばいいのか、中継都市だからともいえる不思議な組織構造だ。


「十八番の方ー、二番窓口へどうぞ」


 と、ギルドの歴史を読みながら待っていた俺たちの番号が呼ばれた。カウンターへ向かうと、赤毛の女性がにこやかに座っていた。歳はおそらく二十になるかというくらい。置かれていたネームプレートにはレーナという名前がある。レーナは俺たちに頭を下げた後、ルナの方を向いた。


「いらっしゃい、ルナちゃん。ひさしぶりね」

「こんにちは、レーナさん。無理言って担当してもらってすいません」

「いいのよ。ルナちゃんわがまま言わないから、お姉さん少し嬉しかった」


 その言葉に、ルナの顔が少しだけ赤くなったような気がした。いままでにない表情でルナがはにかみ、それをレーナがからかう。ルナが頬を膨らませる、レーナが笑いながら謝る。俺たちに見せることのない油断しきったルナは、誰が見ても歳の離れた妹だった。


「さてと。この子たちがルナちゃんの言ってたふたり?」

「はい。一応身元不明の扱いなので、ギルドに登録だけでも」

「確かに、ちょっと大きいけど規則上は孤児という扱いにできるわ。何かミレーナ様からは預かってる?」


「この書類です」とルナが密封された封書を渡す。レーナが蝋を割り中身を取り出す。


「………………っ」


 その表情が、微かに曇ったような気がした。


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