第31話 ハプニングと、突然の再会 1

 遠くから、鉄を打つ小槌の声が聞こえる。炉がうなりを上げ、熱風を吐き出しているのが見ていなくてもわかる。その影響が扉をいくつも挟んだこの部屋にすら届いてくる。室温が、本来のものよりも微かに高いのが肌で感じられる。

 鉄を打つ音は、時に速くときに優しく、それでいてどこか規則的だ。自分がやったところでこんな旋律は生まれない。長い経験――それこそ百年に近い熟練のカンが織りなす奇跡の音楽だ。それに合わせ、手は規則的に、繊細な作業を実行している。

 歯車を選び、軸を選び、湾曲度合いを考慮して組み合わせる。曲がっているから全てが使えないわけではない。きちんと相手を選んでやれば、からくりはまた別の動きで役割を果たしてくれる。親方に任されている信用ある者の仕事だ。


「…………止まったか」


 遠くから響く旋律が終わった。鳴りやまぬ拍手のように、頭の中で音の残滓がこだましている。どうやら、すっかりあの音の虜となってしまったようだ。親方の作業が終わったのなら、ひとまず休憩としよう。

「よっこらせ」と腰を上げ、凝り固まった間接に喝を入れる。バキバキという子気味良い音がし、可動範囲が少し広がる。吊るしてあった接客用前掛けに取り換え、部屋から退出する。前掛けには竜の紋章――この鍛冶屋の職員のみがつけることを許された戦闘服だ。

 扉を開けたそのとき、客が入ってくる店内へとつながる通路の先に、初めての来店と思しき女の子の姿が目の隅に映った。くるりとUターン。進路を休憩室からカウンターへと方向転換する。接客も大切な仕事のひとつだ。

 ポケットからネームプレートを取り出し胸に着ける。これを着けていると、客からの評判がいいのだ。どうやら、学生時代のアルバイトの経験が役に立っているらしい。


「いらっしゃい」


 初めての来店に戸惑う少女へ、ニコリと笑みを浮かべ――、


「修理カウンターへようこそ。どんな修理をご所望で?」

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