第12話 異世界の牙 2


 辺りを散策したところ、すぐ近くに丸く開けた場所が見つかった。薄暗いのも、嫌な雰囲気なのも相変わらず。だが、ひとつだけさっきまでとは違う部分があった。


「これは……馬車?」

「——の残骸だろうな。だいぶ時間が経ってる、苔も生えてるし」


 苔が生え、色が変わり、いくつもの切れ込みが入ったソレは、いまにも崩れ落ちそうな様子で目の前にたたずんでいた。

 雨宮が恐々とソレに触れる。俺の読みは当たっていたようで、雨宮が触れた側から馬車らしき何かはボロボロと崩れ、木くずへとなり果てる。


「うへぇ」

「……でもこいつは新しいしなぁ」


 ばっちぃ物を触り、しかめっ面で拭う雨宮をしり目に。折れた剣を拾い上げ、呟く。

 拾い上げた剣は、中ほどからぽっきり通れていた。しかし、その表面にはまだ金属光沢が見られ、さっきの残骸のように年代物とは到底思えない。そのアンバランスさに首をかしげながら、周りを見渡す。

 ありていに言えば、剣の墓場だった。

 大剣、片手直剣、短剣、細剣——大小さまざまな刃物が放射状に散らばり、地面に突き刺さっている。中にはさびたものも含まれてはいるが、見た限りではそのほとんどがまだ光沢を残しており、新しいものではないかと推測される。そして、そこに寄り添うように掛けられた革製の装備品。

 俺たちが見つけたのは、人工物。

 それもただの人工物ではない。戦うことを目的とし、相手を殺すことだけを追求したもの。それでいて、いまの日本では使う機械などまずない代物。簡単に言えば、異世界産の人工物だった。


「これ、折れてるのって……」

「多分、さっきのあいつだろうな。戦って死んだんだ」

「ここは……お墓、かな?」

「だろうな」


 遺体がないなら、回収できないのなら、せめて墓でも作っていこう。ここに眠る戦士の戦友たちは、そう考えたのだろうか。折れた剣と、そこについてた皮防具を元の位置に戻し、黙とうする。雨宮もそれに倣い、しゃがみ込み手を合わせる。


「文明レベルは、中世くらいか」

「でも、十三世紀には銃があったから、もしかしたらもっと前かも」

「だったら、敵わないわな」


 こくりと、雨宮もうなずく。

 俺たちを襲ってきた何かの正体は見ていない。だがあのこん棒から察するに、人間よりはるかに巨体で、それなりの知能は持っていると考えるのが妥当だろう。だとすれば、それは人間の力じゃ太刀打ちできない。有効打すらも与えられないだろう。それは闘いと言わない、はっきり言って蹂躙、ないしは捕食というのがふさわしい。想像してしまったのか、雨宮の表情は暗い。沈黙が下りる。そのとき——、


「……⁉」


 ピクリと、雨宮の肩がはねた。


「どうした——「しっ!」」


 俺の口をふさぎ、黙ってろと目で訴えかける。その後、雨宮が目をつむり耳を澄ます。


「……やっぱり、聞こえる」

「なにが?」

「何かの声。さるぐつわされた人が出すような声」

「は?」

「あっち!」


 そう言って、向かって左側の茂みの中へと飛び込む。離れるわけにもいかないため、雨宮を追いかける。

 雨宮の勘違いではないことが、すぐに解った。


 ——————。————! —————ッ‼


 茂みに近づくにつれて、何か籠ったような音が聞こえだした。機械が発するような規則的なものでもない。もっとこう、生物的な不規則さを感じる。


「神谷くん! 人!」


 先に茂みの中へと入っていた雨宮の言葉に、俺の足も早まる。


「神谷くん、持ち、あ、げて」


 そこには、ひとりの青年がいた。

 俺のいるところから数歩先が小さな段となっており、その下に雨宮がいる。そこに青年は落ちていたようで、それを雨宮が段の上へと上げようとしている。身体はロープで拘束されており、外せないとあきらめたようだ。


「雨宮は上に上がれ! 俺が下から持ち上げる」

「解った!」


 ◇◆


「クソッ、クソッ、クソッ、あいつら、俺置いて逃げやがって」


 助けた男は、飯田だった。

 泥だらけになった金髪を掻きむしり、与えた水と食料を乱暴にあおる。口から出るのは、この場にいない、自分を置いて行ったという仲間への悪態ばかり。正直言って、聞いていてあまり気持ちのいいものではない。


「それでよ、俺たちはここに着いたら捕まっちまったんだよ」

「誰に?」

「武器持った奴らだ。そいつらが俺たちを殴って縛り上げた」

「なぜ?」

「俺が知るか! 訳わかんねぇ言葉しゃべるしよ。俺が何したってんだ」


 相当腹が立っているのか、質問すると、飯田は噛みつくように答える。ちなみに、俺は敬語を使っていない。使う気になる相手ではなかった。


「テリトリーに勝手に入ったから捕まえた……とか?」

「それが近いだろうな。——で、そのあとは?」

「ああ? それから————」


 ここで、変化が起こった。

 先ほどまで、自分の周り全てへの恨み辛みを吐きながらしゃべっていた飯田の言葉が、だんだんと小さくなる。言葉は途切れ途切れになり、間が開くようになり、会話中に何かを思い出す動作をとり始め、ついに言葉が止まる。


「それからー……えーっとー……ダメだ」

「何が?」

「覚えてねぇんだよ」

「覚えてない?」

「おお」


 どうやら、飯田の記憶は昨日の夜までで途絶えているらしい。苛立たしく金髪を掻きむしりながら記憶を探ってはいるようだが、どうあがいても出てこないようだ。土手から落ちたときのショックが原因だろうか。飯田だけがここにいるということは、飯田を取らえた奴らはどこに行ったのだろうか。


「で? これからどうすんだよ。あそこ戻んのか?」

「おあいにく様、こっちも遭難した身」

「チッ、使えねぇ」


 あんまりな態度に、雨宮の顔が険しくなる。そして、まともに相手をしても仕方がないと思ったのか、視線を外して俺へと耳打ちする。


「どうするの? 神谷くん」

「選択肢は二つ。ひとつは頂上を目指してそこからキャンプに向かって降りる。もうひとつは、この場に残る。これだけ手が加えられてるなら、もしかしたら誰かが来るかもしれない。確証はできないけど」

「でも、歩き回ったらアレに会っちゃうかも」

「それは否定できない。まあ、ここにいても同じかもしれないけど」

「そうだよね……どうしようか」

「————残る……残る? 冗談じゃねぇ、冗談じゃねぇぞ‼」

「「⁉」」


 突如、飯田が大声を上げた。


「ここに残るなんて冗談じゃねぇ! おい、お前ら! 俺は絶対ここにはいないからな!」


 落ち着かせようとする手を振り払い、よだれが垂れているのも構わず飯田は怒鳴り続ける。よく見れば焦点は定まっておらず、息も荒い。身体が震えており、顔は青く、顔からは滝のような汗が流れ続けている。どう見ても普通じゃない。


「おい、何隠してる!」

「あいつが来るんだよ⁉」

「あいつ……」

「そうだ、俺以外みんなあいつに食われた! 思い出した、思い出した! こんなとこいたくねぇ‼ いるなら勝手にしやがれ‼ 俺は逃げる‼」


 まさか、まさか……

 嫌な予感がし、急いで辺りを見まわす。目に映る情報を、片っ端から脳にたたき込んでいく。

 折れた真新しい剣、木のない土地、そして姿の見えない化け物……


 —————————⁉


 絶句した。

 ここが最も危険な場所だとすぐに合点がいった。俺は大きな勘違いをしていたのだと、いま気が付いた。

 もし、この折れた剣が、飯田たちを捕らえたやつらのものだとしたら。飯田の仲間が、自力で逃げ出したのではないとしたら。それを、奴らが追いかけていったのではないとしたら……。

 いまこの状態になったのは、誰のせいだというのか。

 答えなど、決まっていた。


「雨宮、飯田! 下に降りるぞ!」


 いますぐ逃げなければ、大変なことになる。

 しかし————、


「——ぃ、ぃぃぃぃいいい……」


 飯田が、固まっていた。

 その顔は青ざめ、まるで生まれたての小鹿のように膝を震わせている。さっきまでは、慌てるようなそぶりはしていたものの、ここまで怯えた表情はうかべていなかった。視界の片隅に映る雨宮も、同様の表情をしていた。


 ——……ォォォォォォォォォ……


 何か、微かな呼吸音のような音が、俺の耳に響く。幻聴であってくれ、そう願いながら、俺は再度耳をそばだてる。


 ——ォォォオオ


 いや、幻聴ではなかった。

 俺たちのすぐそばを吹き抜ける風音に混ざり、うめき声、雄叫び、そのどちらとも取れるおどろおどろしい何かが、先ほどよりも確かなものとなって俺の耳に届いた。首先がチリチリと焼けるような錯覚に陥る。本能がガンガン警鐘を鳴らす中、俺は、ギギギ……と油の切れたロボットのようなぎこちなさで、音のする方向へと振り向く。

 そこで、もう遅すぎたことを知った。

 俺たちを優に超す巨体。

 全身は黒くくすんだ緑色の皮膚に覆われ、頭部についている目はひとつ。

 口からは濁ったよだれが零れ落ち、地面にシミを作っている。

 神話の怪物 《ジャイアントオーク》。

 トールキンの怪物が、ひとつしかない目を見開き、十数メートル先で俺たちを見据えていた。

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