06. VMCAはすばらしい
(橋本P……どうして
あたしが家中の物を引っつかんで引き倒したせいで、雑然とした部屋は、より手の付けられない状態になった。
アースホース内で
あたしの動画が削除されたままでは、収益が得られない。
そんなことよりも。
あたしの生命が、アースホースの空間から消えて無くなる。
しばらくして、ORゴーグルが映す視界に、7色の発光が来た。
「やっと来てくれた!」
現実にはあり得ない、7色が分離した虹。
虹色の
グレーな棒状のアバターとなって現われたのは。
バーチャル世界『アースホース』の先達であり、かつての私だったものに契約を促した、橋本P。
「動画が消えたんだって? 亀井さ……いや、カリノタイさん」
「そうなの! あたしもう、どうしていいのかさっぱり分からない!」
「まぁ、落ち着いて? 状況を確認するから」
橋本Pはそう言って、動かなくなった。アバターの操縦をオフにしたんだと思う。
そしてしばらくして、彼はこう告げた。
「どうやら、
「なんなのそれ? わからないよ!」
「"
「だから、さっぱりわからないってば! あたし、著作権を侵害する動画なんて、アップした記憶ないのに!」
あたし、動画に使う材料は、ちゃんと権利をクリアしたものを使っていた。
絵だって音楽だって。
一部のゲーム実況だって、ゲーム会社のお墨付きアリの物を実況していた。
その他、動画で紹介しているグッズだって、正当引用のはず。
「しょうがないなぁ……」
と笑った、白でも黒でもないグレーの
棒の上の方についた顔から、ふっと笑みを消し、かんなでけずられた鰹節のように、シャッシャッと言葉を区切って、あたしにこう言った。
「動画削除、おそらく、正当権利者からの、申し立てじゃ、ないね」
「……どういうこと?」
権利者じゃなければ、誰が申し立てるっていうの?
「……仮想空間で、目立ちたいヤツが、居るんだよ。キミの他にも」
――その後の、橋本Pの話は小難しかった。
いつもなら、小難しい話は、右から左へスルーする。
でも今回は、あたしの生命がかかっている。
がんばって整理すると。
こういうことになるらしかった……。
(1)
(2)あたしのような動画投稿者は、当然、異議申し立ての機会を持っている。ただし争う相手は、免責済みのアースホースではない。削除申請者であるAさんと、直接戦うことになる。
(3)あたしが異議申立てをすると、
「ふざけないで! 著作権者じゃない人が、
あたしは橋本Pに詰め寄ろうとする。棒の、首のあたりを掴もうとする。
でも彼は、ORゴーグルが映しだす仮想のアバター。この部屋に実体があるわけでもなく、あたしの両手は空をきる。
橋本Pは、渋面になって言った。
「プラットフォームは、深入りしないんだよ。プラットフォームは、裁判所では無いから」
「そんな……」
「争いが起こったら、ユーザー同士の、個人情報を渡して、あとはユーザー同士でやれ、というスタンスなんだ。法のオーバーライドは、あり得るけど、司法では、無いから」
「謎のAさんは……どうしてあたしの動画を狙ったりしたの……?」
「謎のAさん次第、じゃないかなー。ホントに侵害だと、勘違いしてる、イキリオタクとか。いたずらで、削除申請したとか。キミと連絡を取りたい、ヤツだとか。動画から来る利益の、横取りを、狙っているとか」
あたしは絶句した。
……。
……。
「どうする? 異議申立て、するかい?」
……。
……。
「それはイヤ」
あたしはきっぱりと言った。
「どうしてだい?」
バトルが起こらないと分かった途端、橋本Pの口調は、普通のものに戻った。
「あたしの現実の姿は、絶対に、誰かに見られたくないから」
だって。
本物のあたしは、もう、
『カリノタイ』という、可愛くて元気な女の子へと、あたしは脱皮したんだ。
いまさら、抜け殻を人様の前にさらせと言うのか。
女子高時代の【踊ってみた】動画で、レッサーパンダのお面を外した時のように。
あんな思いを、しなければいけないのか。
それは、絶対にイヤだ。
でも――。
「いいのかい? このままだと、アースホースにおける仮想権利能力を、キミは喪失することにな……」
「イヤ! それも! 絶対にイヤ!」
橋本Pの言葉にかぶせるように、あたしは目いっぱいの力で、拒否を示した。
「ねぇ橋本P。どうしたらいいの? あたしはもう、
そうしたら。
「方法は、1つだけあるよ」
橋本Pは、静かに言った。
「えっ! ほんと!?」
あたしの抜け殻に、熱がともる。
「契約の、アップグレードだよ」
「……アップグレード?」
「そう。今までのキミは、アースホースの1ユーザーに過ぎなかった。その権限を引き上げて――僕のように」
橋本Pのアバターである、灰色の棒は。
この時初めて、人の形になった。
その容姿を表現し難い、いたって普通の……特徴の全く無い外見だった。
その、普通を超越したような姿の男が、真面目そうな目をして、あたしにこう言った。
「キミも、アースホースそのものになるんだ」
(TIPS)
【嘘松によるDMCA削除申請問題(現世日本)】
ニンテンドークリエイターズプログラムで、こんなニュースが有りました。
https://it.srad.jp/story/17/06/06/0656224/
【引用32条(現世日本)】
複雑怪奇。とてもこの尺で書ける内容ではありません。
なので、大まかなポイントだけ。
・引用の目的の正当性(批評目的とか)
・主従関係(引用がメインを張っちゃダメ)
・本文と引用箇所とが明瞭に区別できること(引用箇所を『』でくくるとか)
これらに気をつけましょう。
私見としては、引用の目的が「批評」みたいな感じでしっかりしてれば、自然と他の条件もうまくクリアしやすくなると思うんです。「あくまで自分の著作がメインだよ」とか、「引用先と引用元が混じらないように分ける」とか。
【ノーティスアンドテイクダウン(現世の日本、US等)】
この言葉だけでも覚えて帰っていただければ、これ幸い。
ネット上の辞典なんかにも解説があるので、そちらに譲ります。例えば。
https://www.weblio.jp/content/ノーティスアンドテイクダウン
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