02. ニジの橋本


 声優って、素敵な仕事だと思います。


 アニメの中の、素敵な「何者か」になれますし。

 アニメの外でも、素敵な「何者か」に会えますし。


 ……あこがれの、磐田いわたあきらさんと、会えますし。



 専門学校を卒業した私は。



 そんな「何者か」にはなれずに、フリーター自由人になりました。

 実家には戻らず安アパートを借り、バイトに通って、夢の残滓ざんし沖袋おきぶくろで少し摘んで、そしてアパートに帰る。


 そんな日々を消費しています。



 ――ある朝。



 実家のある街に、一人、電車で戻りました。

 でも、実家にはすぐに帰りたくなくて、地元のお城を散歩しました。


 過去の思い出の場所を巡る、旅……みたいなものでしょうか?


 高校時代の私は、このお城で、みんなで、【踊ってみた】動画を撮影しました。

 あの夏に集まった人達とは、疎遠になっています。


 技術の発達した今は、拡張現実なども盛んです。

 スマホと同様、「1人1台」と言われる程に普及した、「オーバーリアルORスカウター」というものがあります。


 メガネと言えばいいでしょうか? 拡張現実ARゴーグルを超えた、超越現実ORゴーグルと言えばいいでしょうか?


 このORゴーグルをかけると、目の前の景色も、現実とは少し違って見えました。


 実家にほど近いこの城は、とあるアニメの「聖地」にあたる場所です。


 天守閣の方に視線を向けると、このお城に関する解説が、テロップとして表示されます。山城であるとか、昔どんな戦いがあったとか、地元では有名な武将の活躍ぶりだとか。


 視線を転じると、青空の下には、緑と、川沿いのとが広がります。


 現実には、コンビニとか、低層マンションなどが立ち並ぶ、普通の景色なのですが、ゴーグル越しにみると、戦国時代の風景が「上書きオーバーラップ」表示されたりします。


 視線を右下に転じると、石垣のあたりでは、とあるアニメキャラクター達が、楽しそうに会話しています。


 ――はい。ここは「聖地」ですから。


 技術の進歩は凄いものです。

 そのアニメキャラ達が、超越現実ORであるという意識は薄れ、まるで、自分がそのアニメ作品の世界に、入り込んだかのような錯覚に、陥るのです。


 ORゴーグルを外すと、そこには、苔むした、ただの城壁があるだけでした。

 高校時代に【踊ってみた】動画を撮影した時の、その動画の背景に映る城壁と変わらず、物言わず、ただそこに在ります。


 ゴーグルをまたかけると、やっぱり楽しそうに、アニメキャラクター達が現れ、楽しそうにはしゃいでいます。



 ――かつての私達みたいに。



(私はこのまま、ただ年をとっていくだけなんだろうなぁ……)


 20代の前半で、こうして過去の事ばかり考えてしまうのは、少し早すぎるかもしれません。でも、城壁を見下ろす私の目には、少しだけ、熱いモノがにじみました。


 その水滴モノの影響でしょうか。

 私がかけたORゴーグルが、それを感知したからでしょうか。


 城下町の、その更に先。

 私が顔を上げた先。


 遠くに、虹がかかりました。



「え……?」

 あれは、ORゴーグルが表示している、超越現実なのでしょうか。


 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。

 7色に、くっきりと色が、現実にはあり得ない虹でした。


 虹は、水がプリズムの役割を果たすことで、光が屈折してできるものだということを、とあるアニメから得た知識として、私は知っています。

 本来の虹は、色の境目の無い「グラデーション」になっていて、人によっては5色と認識したり、6色と認識したりするらしいことも、知っています。


 ほら。


 マンガやアニメも、知識を得る手段として、捨てたものではないと思うのです。

 スマホでスマートに見られるニュースや、小説などと、同様に。


 私はORゴーグルを、額の上に乗せるようにして外し、目をこすりました。



 ――虹を消すために。



 私はもう、夢見る頃を、過ぎたのです。



 なのに……。

 私がORゴーグルを再びかけると、7色に分離したその虹は、消えてはくれませんでした。



「どうして? もう良いじゃない。私は現実を生きてるの」



 そう言っても、ORゴーグルは、私の気持ちを汲んではくれませんでした。

 いつもなら、私の仕草や言葉や呼吸を感知して、空気を読んだ動きをしてくれる、賢いAIが搭載されたゴーグルの、はずなのに。


 そして……。


 ORゴーグルの電源を落とせない、私が居ました。


 現実にはありえない不自然な虹は、まるで橋のように、二本の足を城下町におろしています。その二本の足が、虹の橋を壊しながら渡るように、互いに向かって孤を描きながら縮んで、そして、1つの塊になりました。


 距離感を無視するように、いつの間にか私の眼前にあった、くるくる回転しながら宙に浮かぶ、その『虹色の金平糖こんぺいとう』は、私のゴーグルに付いた小型スピーカーを通して、語りかけて来たのです。



「僕と契約して、バーホーサーになってよ」



 と。



 驚いて、ただただ硬直するばかりの私の前で、超越現実が見せるその金平糖は、7色が次第に行きました。形も、ボコボコと突起のある金平糖から、棒状へと。



 そして、私の涙雨に応じて現れたかのような、その「虹であったモノ」は、アメを固めた灰色の棒レイン棒になりなりました。



 棒には顔がありました。笑っています。



「一体……なんなの……?」

 そんな私の発言は、普通だと思います。


 後ずさりもしたのですが、その棒は離れずに着いてきます。私がかけたORゴーグルが見せているモノだからです。


 超越現実ORのレイン棒は、笑ったまま、こう返してきました。



「僕は、橋本」



 ……。



 ……。



 ……いくら、元々が虹の橋だからって、「橋本」という名前は、どうかしてると思います。



 そんな橋本に、私はしばらくの間、混乱しっぱなしだったのです。



 ――そのが。

 『不気味の谷』を渡る架け橋となり、私を仮想空間へと連れていくことになるとも、この時は知らずに。






(TIPS)

【虹の混色】 

 加法混色だと、白。

 減法混色だと、グレー。


「虹は光の現象だ」と解釈すれば、加法混色で白くなります。

 一方、色で考えると減法混色で、原色を混ぜると濃いグレーができるらしいです。


 今回は、後者のグレーを選びました。

 なぜなら著作権法は、容易に白黒がつかない「グレー」な事案が多いからです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る