02. 勇者と魔物と3Dプリンター。あと法律

 少しばかり時間が遡る。

 我が王城にやってきた、イケメンな青年勇者は、面倒な男であったのだ。


「よくぞ来た勇者よ!」

 余の声がけに、青年は、赤絨毯の上に片膝をつき、こう返してきた。


「私はただの村人ですが?」


「……勇気さえあればそれで良い。資格もいらぬ」

「勇気があるかなど、自分ではわかりませんが」


「……ここに参じている時点で、充分に勇気があるのだよ」

「そういうものですか。ご用件は何でしょう、王様?」


 ……。


 余は、この世界の危機について説明した。


 魔物が突如、湧き出るように出現し、各国が大混乱に陥った事。

 魔物を倒すため、国中から勇者を募っている事を。


 青年はうなずいて聞いた後、「具体的にはどのような?」と聞いてきた。


「……ふむ?」

「力の強さ、大きさ、形状、皮膚の硬さ、数や発生分布などです。これらによって、対処方法も変わりますよね?」


「具体的にはわからん。魔物発生の報が、もたらされたばかりでな」

「不確定情報に基づいて行動するのは危険ですよね?」


 こやつ……。


「……同盟国経由の、信頼できる情報なのだが」

「であれば、私はその同盟国へ旅立つことも、想定されますね? 私には語学力が無いので、対応困難かと」


「……義務教育で、外国語も学んでいるだろう?」

「ええ。『ほこらはどちらです?』や、『これは剣ですか? いいえ、宝珠です』位なら使えますが、それでは不十分かと」


「……筆談で良い。剣と宝珠は見間違えないから安心するように」

「現地に飛び込んで覚えろ、ということですね?」


「……そうだ」

 ようやく納得してもらえそうである。


 しかし青年は、更に聞いてきた。

「報酬はどうなります?」


 ……報酬を前面に出すと「傭兵」になってしまう。傭兵は待遇にうるさいのが常で、傭兵ギルドの政治力も大きい。ここは多少、はぐらかす必要がありそうだ。


「褒美はしっかり取らせるが。さて……そろそろ出発してはどうだ?」

 

 しかし青年は、そ知らぬふりだ。

「最初に情報を整理し、目的や前提条件を明確にしないと、行動が非効率的になり、無用なトラブルも増えます」


「……トラブルはもう起きとるのだよ。魔物的なやつが」


 話を切ろうとした余であったが、青年は余の心境など意に介せず、次の質問をぶつけてきた。


「魔物と共存する方法がもしあれば、そもそも戦わなくて済みますが、その筋の検討は?」


「……有識者に調査させている。王直轄の委員会でな。結論が出るまで時間がかかるゆえ、並行して、魔物の退治を願いたいのだが……」

「短期的対応と中期的対応は違いますものね」

御託ごたくは良いから出発するのだ。この世で一番大事なのは行動だ。理屈ではない」


 つい、余の本音が出てしまった。

 路銀と武器防具とを青年に授け、おごそかに告げる。


「さあ勇者よ! 旅立つが良い!」


 ◆


 ……旅立ったはずの勇者が、再び王城に現れた時、余は驚いた。まだ近くをうろうろしていたのか。


「……仲間を集めたようだな」

 勇者の後ろには、細身の女性と、背広の男性と、小柄な老人とが控えていた。


「はい」


「どのような仲間を選んだのだ?」


「ご紹介致します。この女性が、イレーヌ。風を操ることができます」

「ほう! 風を!」

「イレーヌでございます。幼少より、精霊との交信術を学んでおります」

 眉目秀麗の、清楚な女性だった。

「素晴らしい。しっかりと勇者を補佐してやってくれ」

「御意にございます」



「こちらの背広の男性が、森田です」

「王国の、一般男性ではないか」

「……」

 森田はモジモジとしたまま、何も語らなかった。

 勇者がフォローを入れる。

「森田は、王の御前ごぜんで緊張しているようでして」

「……そうかしこまらずともよい」



「こちらの小柄な老人が、発明家のモーゼス老です」

「うむ? ……発明家が、魔物と戦えるのか?」

「恐れながら王様。私めの発明品は、魔物討伐のお役に立てると確信しております」

 ローブ姿の老人は、鼻下の白ひげを上下させ反駁はんぱくした。

「そ、そうか……。期待しているぞ」 



 勇者、精霊使い、森田、発明家か……。

 偏ったパーティ編成のように思えるが……まぁ良いだろう。


 勇者は続いて、聞き込みで入手したという情報を、余に語った。曰く。



 第1に、魔物の中にはボスが居る。これを『魔王』と呼称する。

 第2に、魔王は、強大な力と硬い鱗を有し、通常装備では歯が立たない。

 第3に、北の山の洞窟に、岩に刺さったままの、伝説の剣が眠っている。

 第4に、西海の向こうの砂漠で、堅い、伝説の盾が手に入る。

 第5に、南南東の小さな村には、炎や氷や雷の影響を受けない伝説の鎧がある。

 第6に、仲間になった発明家、モーゼス老が、伝説の3Dプリンターを開発した。



 ……。



 第6のみ、ケタ違いの違和感であったので、余は問いただした。


「3Dプリンターじゃと?」


「はい。3次元の物体を生成できる、魔法の箱でございます」

 モーゼス老が答えた。


「ふむ……武器や防具も造れるか?」


「御意に」

 モーゼス老は言って、勇者一行の背後に置かれた、人の背丈ほどの大箱に、視線を転じた。


 ……その大箱が、ずっと気になっておったのだよ。


「その大箱が3Dプリンターなのだな? 使ってみてくれるか?」


「仰せのままに」

 モーゼス老は、大箱の右下にある突起を押し込む。青白い光が大箱に灯った。

 それを確認したモーゼス老は、謁見の間に控えていた我が国兵士の剣を借り受けると、余に向かって説明を始めた。


「この剣を大箱に入れ、横蓋を閉じます。《読取魔法》により剣の形状が取り込まれます。剣を大箱から取り出し、左下のプリントボタンを押下すると、同形状の剣の製造プリントが始まります」


 モーゼス老がボタンを押すと、その大箱は、がちゃんと音を立てて動き始めた。


「噴出口から《魔法粉》が落下します。時間と共に粉が下部の―(中略)―、側部ユニットから生じる赤い《魔法光》により粉同士が結着。剣に従った形状となって固まります」


「ふむ」

 ……と言いいつつ、モーゼス老が何を言ってるのか、さっぱりだった。


「完成した剣がこちらです」

「凄いぞ! すぐに出てきたではないか!」

「これは説明用に、もう1本お借りしていたのです」


「なんと、驚いた……」

 料理番組のような手際の良さではないか。


「光栄に存じます。この後、《着色魔法》処理など別工程がございますが、説明は省きます」


「うむ。ただ、使われている《魔法》が気になるのだが、どのような魔法なのだ?」

「それはお教えする訳には参りません。魔法営業秘密に属します」


「な、るほど……。ここまでの話から推察するに、伝説の剣、盾、鎧を集めて、それらに対して伝説の3Dプリンターを使えば、堅い皮膚を持つ魔物にも対処し得る、伝説級の武器防具をできる、という考えじゃな?」


「ご明察、恐れ入ります」

 と勇者が言った。


 余も驚く程の行動指針が、勇者によってもたらされた。


 良い案は即、実行に移すべきだ。

 早速、臣下に命令を下そうとした、その時だった。


「お待ち下さい、わが君」

 余の側近、『三白眼さんぱくがんの貴公子』とあだ名されるトライク公爵が、語気を荒げて言った。


「――その案ですと、剣や盾、鎧の著作物を、することになります。著作権を侵害してしまうのでは、ありませぬか?」


 あまりの方向からの意見具申。


 余は戸惑いつつ、再び言った。


「なんじゃと!?」






(TIPS)

【複製権】

 上記の本編は、ファンタジーな異世界ですが。


 現世日本の場合、著作権の中に、複製権(21条)という権利があります。

 著作物を、有形的に再製することが、法上の複製(2条1項15号)。


 とすると。

 もし、現世日本において、3Dプリンターで剣を作ったら、それは複製権侵害でしょうか? (剣に著作権が発生している場合)

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