ひたすら正拳突きをするだけの異世界転生

広畝 K

第1話 例によって記憶があります。

 気がつけば、赤子として転生していた私です。

 この時点で既に自我が芽生えていることに戸惑いを隠せませんが、まあ、そういうこともあるのでしょう。

 赤子であるがゆえに、目が全然利かないから視界がぼやけてたまりません。眩しいという感じではないですが、どうにも目が開かないわけですよ。


 現状を確認することが可能となる情報は、体に与えられる感覚と聴覚くらいですかね。いや、耳もあまり聞こえないんですけどね。

 頭の中か、耳の中か分かりませんが、洪水時のような水の音が、或いはこれは血流かな? なんかそんな、液体が勢いよく流れてる感じの音が常に聞こえています。


 体の方は揺られ揺られて、なんかこう、落ち着かない感じです。人の腕のなかに包まれてるような体温を感じられるのが不幸中の幸いですね。



 で、気づけば眠っていました。赤子ですもの。仕方ないですよね。

 それで、ですね。どうやら硬い場所に置かれている感覚があるわけなんですよ。腕の中のような温かみや柔らかさじゃなくて、なんかこう、地面に置かれたようなごつごつしたような硬さの場所。


 もしかして、私、捨てられてません?

 散々泣いても何も置きませんし、どことなく暗い感覚がありますし。いや、視界が利かなくても明るさくらいは分かりますからね。たぶん暗いですよ、これ。


 しかもなんか、どことなく生臭い空気が漂っている気がしてなりません。洪水の音の中に暴風の混ざる音が聞こえてアレです。耳の状態は台風状態。かなりピンチ。


 もしかしなくてもこの状況、人生早々ゲームオーバー秒読み開始しているのでは?


 なんとなく状況から考えて捨てられたっぽいですし、ご飯はないですし。授乳なんてもってのほか。漏らした大小の排泄物はお尻辺りを生温かい感触でべちょべちょして気持ち悪いですし、衛生的にどうなのって感じでもあります。


 けれどまあ、生まれたばかりで死ぬのも有りっちゃ有りですよね。そうですよね。なにせ世の中のきったねぇことを知らずにバイバイできますからね。


 ましてやこの頭には前世日本の二十一世紀文明による豊かな生活の記憶が染み付いてますから、下手にこの世界の文明レベルが下がっていると生きる意欲も失われるというものですよ。

 人間、生活レベルが下がるとモチベーションが下がりますからね。

 そういう考えを重ねるに至って、現状の硬い地面と生臭な空気の漂う洞窟めいた環境に赤子を捨てるような人間の住む世界などというものは文明と理性が確立されている人倫的な社会環境を営めているとは到底思えないわけでありまして、まあ、ここで死んじゃうのもありかなって思えるわけです。


 ということで、まあ、赤子の頭で考え事をするのも疲れるので、眠りますか。

 寝ている間に苦しまずに死ねていますように。

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