⑮「氷結世界のマリア」 作:作務衣大虎

作品URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054885551995


「あらすじ」

氷河期に見舞われた世界で経済支援コーディネーターのアキラは相棒、人工意識「紅」とともに世界を飛び回る。今回はかつて栄華を極めたが、今や氷に閉ざされた都市に訪れていた。最早集落とかした人々へ経済支援の為、生産技術や食料などを援助をするのが今回の彼の仕事だ。ある一人の女性が血相を変え薬が無いか尋ねきた。子供の容態が悪く、今朝到着予定の医師がまだ来ないのだと言う。無論、医薬品などは多少積んであるが、ワクチンなんてものは無い。アキラはその医師の捜索を開始するのだった。



「読んだエピソード」

「第1話 凍結の摩天楼」から「第16話 病魔の正体」まで。



 「表現」

①表面

 人工知能である「紅」の一人称ということで、地の文の表現は直接的なおかつ明快な表現が多いです。会話文も違和感なく、すらすらと読み進めることが出来ました。どちらも癖のなく、読みやすい文章だと思います。

ただ、読んでいて気になった点として、「普通は仮名表記で書かれる語が漢字で書かれている」というものがあります。【響動き・五月蝿い・旱魃・居座古座……など】

 はじめは読みにくくって仕方ありませんでしたが、徐々にこれが作者様の企みなのではないかと思い始めてきました。つまり、同作品の語り手がAIであることをじわじわと伝えていくために、態々使われないような漢字を用いているのではないか、と。そうすると、これはとても興味深い試みです。私は惹かれました。同時にかなり作り込まれているとも思いましたが、果たして全ての読者がこれに気づいてくれるのかということを考えると素直に肯ずることはできないでしょう。大衆向けよりかは、とがった人気が出ると考えられます。


もう一つ、稀に漢字の変換ミスが見受けられました。また、以下のミスはおそらく勘違いによって生まれた誤変換でしょうから、指摘致します。


・悪魔で彼なりにだが……(1)

・統計上、アキラがこの笑みを浮かべた時、録な事がない。(5 )

・罰の悪そうに視線を会わせようとしない。(14)


それぞれ、「悪魔で→飽く迄」、「録な→禄な」、「罰→ばつ(漢字にするとしたら場都……?)」となります。


②内容

 次に内容についてですが、これはかなり特殊な部類に入ると思います。


・秒速4.4kmまで加速するため、人体を摩擦から保護しなければならない。それに使用するのはグルーオンという量子。陽子や中性子など構成しクオークを結び着ける世界を支える重要な粒子の一つだ。(1

・アインシュタインの質量エネルギー保存の法則からすれば、質量無限大のブラックホールを利用すれば無限のエネルギー供給を可能とし、エネルギー問題を払拭する夢のエネルギーであった。(4

・通常の演算デバイスで行おうものならフリーズする。オッカムフィルターを強めすることによりなんとか起動することは可能だが、その場合、予測しきれない事象が必ず生じる。(10


 以上に挙げたように、この作品にはこれでもかという程理系知識が詰め込まれています。また、その多くは(私的な意見ですが)どれもかなり高度で、しかし高度であるゆえに、私のような文系人には目新しく映ります。しかも会話でもなかなか難しい用語が出てくるので、脳を休ませるところがありませんね(笑)。

 ここまで理系的だと、数学や物理が嫌いな方は去ってしまうのではないかと思ったのですが、あまり意識しなくても読み進められるので、そんなことを心配する必要はないみたいですね。とにかく、この特徴は非常に面白いと思いました。読んでいるだけで思考が論理的になる気がする小説は、初めてです。


③戦闘

 序盤に位置するV.Vとアキラの戦闘は、とても面白いものでした。のっけからV.Vが弾丸で頭をぶち抜かれても平然としているのですから、インパクトがあります。

しかし、所々に挟まれる「設定が晒される会話」のせいで、せっかくの戦闘シーンが最大の力を発揮していないように感じました。戦闘は勢いが大切です。現にここでも体言止めや感嘆符が多用されていることからそうした姿勢は伝わってきます。

 ただ、「第12話 氷結の悪魔」では洗練された戦闘シーンが繰り広げられていたの で、対V.V戦は設定の開示、という位置づけにあると認識すれば良いシーンだと言えます。


 ④心象描写

 人間ではなく人工知能「紅」による一人称小説ですから、まず地の文に彼女の「心情」が出てくることが少ないですし、なおかつ客観的に登場人物の心情を表現することになるので、直接的な表現が難しいです。となると、描写するとなってもその頻度はどうしても少なくなってしまいます。

 ということで私の感想としましては、この小説に「心象描写」という強い印象はありません。

ただ、それは決して「下手」であったということではありません。例えば作中では下の文のように“動作”でもって心情が書き表されています。


・アキラの体が震え始める。拳を握りしめ、爪が食い込み、血が流れる。(6


 これがまた自然なのです。文章に滑り込むように挿入された動作の説明、また抽象化された行動のイメージが的確です。

 それゆえに……、だからこそ、心象描写そのものの印象と言うよりは、その描写のナチュラルさの方がより印象的でした。


 ⑤風景描写

 私がこの作品で弱いと思ったのは、風景の描写です。例えば「第3話 病蚊の根城」において、二人(と人工知能一人)は下水道の中を通っていきます。きちんと「汚水が干上がっている」ことや「小型生物の屍骸が風化している」こと、そして今にも崩れそうなコンクリートの壁や天井の描写はあります。でもこれだけでは、下水道特有の「不気味な湿っぽさ」とか、それによって生じる「壁の水垢などに覆われたおぞましいテクスチャ」がいまいち伝わりません。例えばアキラが投げた手榴弾の爆炎の光によって不快な湿っぽさを湛える壁面と、その凸凹としたテクスチャとを表現するのは、高い表現力を持った作者様には造作もないことと思います。

 また「第10話 地熱の都市」にて舞台となるリアレートも、せっかく「大地溝帯の崖の真上」というノベルティを持っているのですから、やはりこちらもより多くの風景描写が欲しいところです!



「設定」

①概要

この作品、理系的な地の文もさることながら、設定も相当しっかりしていますね。下の文をご覧ください。


・15秒という時間の中、アキラは火の雨を掻い潜り、ドローンの上部に取り付く。(1


この前に「ドローンの装甲は劣化ウラン」という情報が書かれていました。その時私はアキラの被曝が心配になりましたが、読み進めると、その答えにたどり着きました。

『「TQX素体」オブジェクト使用に特化した生体義体で驚異のDNA修復速度により、放射線耐性を獲得している』と。

 また、次の文、


・「いや、ちょっと待て、その病気は氷河期以前に根絶しただろ。蚊のゲノム編集をして」(2


 人間を直接的ではないとはいえ、最も多く殺す生物、蚊を、ゲノム編集によって改造し、ウイルスの媒体としての機能を抑制するという設定は、かなりリアルですね。

 こうしたささやながらも理論によって構築された設定と、それぞれの繋がりを考慮すると、やはり申し分ありません。オブジェクトに関しても、よく考えられていると思います。


ただひとつ気になったのは、以下の文です。

・中では職員達と女性型アンドロイド、ガイノイド達が仕事をこなしている。


 ガイノイドは通常女性型ヒューマノイドを指しますから、わざわざアンドロイドに“女性”型と付けなくてもいいのではないでしょうか? もしこの表記が生きてくるとすれば、それはアンドロイドに男性型と女性型そして無性別型などがある場合です。

 しかしどちらにせよ、結局この2つは同じような意味を持つ言葉ですから、分けて記述してもあまり意味は無いのではないでしょうか? 違いがありましたら、是非とも紅による補足説明が欲しいところですね。


②あらすじ

 あらすじは、題名、キャッチコピーを見て興味を持ったユーザーが、作品を読むか読まないかを決める最後の要素です。ですから、ここで作品の魅力をいかんなく伝えることが出来れば、最大限に読者をひきつけることが出来ます。

 しかし、私はどうもこのあらすじは同作品の魅力を最大限に表しているとは思えません。まず、愚直に「あらすじがすべて」だと認識すれば、この小説は経済支援コーディネーターが女性の子供を助けるだけの話と捉えられてしまいます。これではいけません。試しに本屋においてある小説を手に取って、そのあらすじを見てみてください。「巨大な陰謀のはじまりにすぎなかった――」や、「世界を襲う大混乱の陰に○○」といった風に、物語の辿る道筋をチラ見せしています。これによって、その作品が何を書いている小説であるかが伝わります。

 またもう一つもったいないと思ったのは、タグにある「バトル」のこととか、上手く構築されたオブジェクトのことなど、同作品特有の要素についての記述がほぼ見当たらないことです。せっかく作者様の才能が光る部分なのですから、こちらもあらすじに入れた方が良いでしょう。



 「ストーリー」

①進行速度

 私は(とても個人的な好みですが)、この作品の進行速度は少し遅く感じました……、が、全てが遅いということでもなく、特にじれったいと思った部分は一話から六話までです。設定の開示という点では確かに必要な部分ですが、今思うとぼんやりとした記憶しかありません。これは「覚えるべき出来事」が少ないということを表しています。アキラがリアム老師やマリアに圧されていた、と言うのは覚えていますが。 

 また、全体を通して一エピソードの文字数が多いです。平均すると7000字ほどになるのでしょうが、第二話は約13000字という長大さをほこります! ネット小説では、私の経験上大体各エピソードは2000~5000字です。それを超えると集中力が続かなくなる恐れがありますし、一番不便なのは「どこまで読んだかわからない」というものです。6、7000字くらいまでは許容範囲内ですから、それを大幅に超えるようなエピソードは複数に分割した方が良いでしょう。


②主題

 私が小説を見る時、必ずといっていい程考えるのは「主題」です。

更新が止まっている十六話まで見る限り、この作品にはまだ主題を絶対的に暗示するようなシーンや言葉が見当たらないように感じましたが、それでもアキラとマリアの間には何かあるんじゃないかと思っています。また、汎用人工知能が実現した世界で「人類削減計画」などといわれると、人間の身によからぬ危機が迫っているのかななどとも考えてします。

 勝手に私が考えているものですから、このコメントは無視していただいて結構ですが、もし主題を設定していなかったのなら、そしてこれから設定して修正が容易なら、是非ともご一考してみてください。でも実際のところ、自分が書きたいものを描いてるだけでも、意図せず主題を産んでいることがありますので、あまり気にしなくてもいいかもしれません。 

 あ! 主題を設定していましたら、この項は忘れてください!



「個人的感想」

 とにかく膨大で豊富な理系知識がこれでもかと言うほど盛り込まれていて、またそれでいてしつこくありません。作者様の科学全般にわたる知識と、それを小説に落とし込む技術が光ります!

 いやー、こういった知識を活かした創作論も見てみたいものです。「【文系も安心!】SFに使える量子力学」みたいな(笑)。いやでも、冗談抜きに語ってもこういった作品が読みたい! 私は数学の犠牲者、文系ですから、物理とか科学の知識が少ないのです。これゆえSFから遠ざかっていた時期もありますから、そうした方が他にもいるのであれば、需要はあるかと。


 あとここで特に書いておきたいのは、「第16話 病魔の正体」にて、スラムをはびこる病魔の正体が明かされた時は「なるほど!」と思わず言葉に出しそうになりました(電車のなかだったので、できませんでしたが)。映画「ザ・ウォーカー」で、手の震えた老夫婦をみた主人公が「人を喰ってる」といっているのが不気味で、印象深かったのですが、それが異常プリオンタンパク質と関係しているとは! そして物語後半からそれに気付くまでの描写がとてもリアルでしたから、余計に身の毛がよだちました!


……はい。あとは火星移住計画や、人類削減計画についてコメントをしたいところですが、残念ながら時間がありませんので、批評はここまでといたします! 

では、ここまでお読みいただきありがとうございました。


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