第182話 奴隷のパートナー⑥

 泣き止み、落ち着いたフワ。


 折れた骨を魔力で治した彼女を先頭に、私たち四人は四魔貴族テラ様直下の将軍リッカのもとへと向かった。


 テラ様と私の関係を妬み、己の手を汚さずに私を殺そうとした卑怯な魔族。


 それが私の彼女への認識だった。


 ただ、その強さは本物だ。

 テラ様配下の中でも一、二を争う実力を持つと聞いたことがある。


 私も、ここしばらく魔力量の多い人間を食べることができていたとはいえ、それでも魔力量は師団長レベル。

 魔族の強さの大きな指針である魔力量では及ばない。


 それに、ただ魔力が多いだけでは将軍は名乗れない。

 四魔貴族に認められた百戦錬磨の強者しか将軍にはなれないからだ。

 師団長と将軍の間には、ほかの階級での一階級差とは明確に異なる高い壁がある。


 エディの修行を見ていたおかげで、私の魔法は階級以上の威力は持っていると思う。

 ただ、将軍相手に実戦で使うのは初めて。


 間違いなく加減していたであろうテラ様の魔法とは比較もできない。

 リッカ相手に通用するかは、未知数だ。


 そんな私に、フワが不安そうな顔で尋ねてくる。


「実際のところ、勝ち目はあるのでしょうか? カレン様が私なんかより強いのは間違い無いでしょうが、リッカ様は恐ろしく強いです。しかも、単純に強いだけでなく、不思議な秘技まで使えると聞きます。簡単に倒せるとは思いません」


 私はフワの顔を見た。


「フワ。お前が語るべきは不安の言葉じゃない。語るべきは、一つ目に大事な人を助けるための決意。二つ目は相手を倒すための建設的な提案だ」


 私は人間二人の方は視線を向ける。


「俺はともかく、この二人は、お前の大事な人を助けることなんてどうでもいいと思っているはずだ。お前が言う通り、今の俺では、一人で将軍を倒すのは難しいかもしれない。だったらお前とこの二人がいかに戦うかが重要だ。二人を戦う気にさせ、勝てるかもしれないと思わせること。それがお前のやるべきことじゃないのか?」


 私の言葉に目を見開くフワ。


「わ、私は……」


 そんな私とフワを見て、人間の男が口を開く。


「まあまあ。美人のねーちゃん。そういじめてやるなって。確かに今俺たちは、一刻も早く自分の国に戻りたいのは間違いない。ただ、それと同じくらい戦力を増やしたいっていうのも本音だ。この巨乳の嬢ちゃんの魔法は戦力になる。助け出した大切な人っていうのも俺たちの味方になってくれるっていうのなら悪い話じゃない」


 人間の男はそう言うと、フワの方を向く。


「だがまあ、この美人のねーちゃんの言う話も分かる。さっきこの美人のねーちゃんに戦いを挑んだ時の嬢ちゃんは良かった。このお堅い女騎士様はともかく、俺みたいなおっさんは、若い奴が命をかけて何かをやろうとしていると、つい応援したくなる。その気持ちが熱いなら尚更だ。そして、遥か格上を相手にするなら、弱点の一つや二つ知っておきたいっていうのも間違いない」


 人間の男の言葉に、少しだけ考えるそぶりを見せたフワは、決意に満ちた目で私と人間二人の目を順に見た。


「ありがとうございます。シャクネちゃんを助ける手助けをしてもらえるなら、その後全力で皆さんのお手伝いをします。そして、どれだけ冷酷で恐ろしいリッカ様が相手でも、私が率先して戦います。勝手を申し上げているのは重々承知しておりますが、ぜひお力添えください」


 フワの言葉に、人間の男の頬が少しだけ緩む。


「そして、リッカ様についてですが、私もそんなに分かっていることはありません。テラ様に心酔していて、テラ様のこととなると感情的になること。個人の実力は高いのですが、テラ様以外何とも思っていないため、部下からの忠誠は薄いこと。戦闘スタイルは魔法に特化しており、武器や体術は使わないこと。それくらいでしょうか」


 そう言って私たち三人の顔色を伺うフワ。

 そんなフワに、私は言葉を返す。


「十分だ。それで戦略が立てられる。次はお前たちのできることを俺に教えろ。それ次第で、戦い方を考えよう」


 私の提案に、三人がそれぞれ、自身の能力を語る。


 将軍と戦うには、三人の魔力量は心許ない。

 でも、先ほど私との戦いの時に見せた連携を上手く活かせれば、まるっきり役に立たないというわけでもない。


 私たちは作戦を考えながら、リッカの待つ場所へ向かった。





 フワの案内で訪れたその場所は、凍てつく寒さを感じる魔力で覆われていた。

 その魔力の持ち主の心を表しているかのように。


 魔力の濃い方へ歩いていくと、そこには人形のような白く美しい顔の下に、怒りを内包した女の姿があった。


 その女リッカは、私たちには目もくれず、真っ直ぐにフワを見る。


「私のお願いは、その女を殺すことだったはずだけど。貴女の大事なお友達は壊しちゃってもいいってことかしら?」


 リッカは、斜め後ろに置かれた氷の中に閉じ込められた少女にちらりと目線を送りながらそう言った。


「シャクネちゃん……」


 フワは、氷の中に閉じ込められた少女へ、心の底から心配した目線を送る。


 私はそんなリッカへ話しかけた。


「将軍様ともあろうお方が、人質取って俺を殺そうとは、随分と卑怯な真似をなさるようで。俺を殺したいなら、自分で殺せばいいのでは? そんな卑怯な真似をするから、テラ様から見向きもされないのでは?」


 私の言葉に反応するリッカ。


「……黙れ」


 その瞬間、明確な殺意が私を襲う。

 背筋が凍るような恐ろしい魔力が、視線に乗って私を凍らせようとしているかのように。


 手を抜いていたテラ様とは違う、殺意の篭った威圧感。

 格上からの殺意は、想像を超えて恐ろしかった。


「テラ様のお気に入りを私が殺せば、それはテラ様への反逆に等しい。表立って反逆することなんてできるわけがない」


 そう語るリッカに、私は肩を竦める。


「だったら指を加えて眺めていろ。関係のないやつを巻き込むな」


 私の言葉に、リッカは暗い笑みを浮かべる。


「関係なくはないわ。テラ様が魔王となり、私がその正妻となれば、魔族はみんな私の配下なのだから。私に尽くすのは当たり前よ」


 ほんの僅かな会話でも、私とこの女とが、絶対に相容れないのは分かった。


「テラ様を振り向かせたいなら女を磨け。もう一度言う。お前みたいな卑怯で陰湿な女を、テラ様が選ぶわけなどない」


 私の言葉に、怒りの臨界点を超えたリッカ。


「黙れ黙れ黙れ!」


 ありったけの憎悪を込めながら私を睨むリッカ。


「ポッと出のお前に何が分かる! この数百年。美しさを手に入れ、強さも手に入れた。ようやくテラ様に近づけたと思った今この時に。美しさも強さも生まれつき持っていただけのお前に、テラ様を奪われそうな私の気持ちが分かってなるものか!」


 リッカの視界にはもはや私しか映っていないだろう。


 そろそろ頃合いだ。

 そう判断した私は、リッカに告げる。


「悔しかったら私を倒してみろ。私を倒せたなら、テラはお前にくれてやる」


 私の言葉に、最後の一線がプツンと切れたリッカ。


「テラ様を物のように言うな!!!」


 次の瞬間、リッカから溢れ出す魔力。

 冷たさを感じていた魔力が、本当に冷気となって周りの熱を取り込んでいく。


 ここまでは作戦通りだ。


 最悪なのは、フワに怒ったリッカが、シャクネと呼ばれたフワの大切な人をすぐに殺すこと。

 そして、私には目もくれず、フワも殺すこと。


 まず、それは避けられた。


 そして、その怒りの矛先を私だけに向け、他の三人から逸らすことで、真っ先に三人が殺されることも避けられた。

 三人を守りながらでは、まともに戦うことなどできない。


 作戦は簡単だ。


 私がリッカを引きつけ、その隙にフワの魔力の補助を得た人間二人がリッカを攻撃する。


 フワの情報をもとに考えた付け焼き刃の作戦。

 その作戦に勝算を見出せるかどうかは、私がどれだけリッカを引きつけられるかだ。


 冷気が徐々にリッカの周りへと集まり、リッカ周辺の空気中の水蒸気が凍ると、金剛石のようにキラキラと光り輝く。


 本気じゃなかったテラ様を除けば、今まで対峙したどんな相手より強い明確な強者。


 そんな相手が本気の殺意を私に向けている。


 今すぐ逃げ出したい気持ちに襲われるが、私は踏み留まった。


 私はいずれこの将軍より遥かに強い四魔貴族とも対峙しなければならない。

 ここで逃げ出すようでは、私の大事な人を救い出すことなどできない。


 私も自身の魔力を高めた。


 確かに実力差はある。

 でも、相手が使う魔法は氷で、私が使うのは炎。


 属性的にはこちらが有利なはずだった。

 加えて、私の魔法は人間の知識と技術を応用することで、魔力量以上の威力がある。

 そして、相手は魔法しか使えないが、私は肉弾戦でも戦える。


 階級差をひっくり返すだけの要素は揃っているはずだった。


 ただ、私の魔力が限界まで高まってもなお、それ以上に上がり続けるリッカの魔力に、私は内心焦り始める。


 相手が攻撃を始める前に、私は先制攻撃を加えることにした。


 ……いや、加えさせられた。


『紅蓮!』


 ありったけの魔力を注ぎ込み、さらには酸素の供給と空気の壁による熱の保存効果で、間違いなく魔力量以上の威力を持った攻撃。

 燃え盛る豪炎がリッカを襲う。


 そんな攻撃を見ても眉ひとつ動かさないリッカ。


『……六花(りっか)』


 彼女の呟きと共に、氷の花が彼女を守るように広がった。

 雪の結晶を模した、六つの花弁を持った分厚い氷の花へ、私の魔法が襲いかかる。


ーーゴオッーー


 見た目の勢いは明らかに私の炎の方が強かった。


 ……でも、炎で簡単に溶けるはずの氷の花は、私の炎を浴びても溶ける気配がない。

 その間もどんどん消費されていく私の魔力。


 魔力量勝負になると不利になると判断した私は、魔力供給を止め、炎を消す。

 そんな私を見たリッカもまた、魔力供給をやめ、氷の花を消した。


「……お前。化学の知識があるのか?」


 リッカの問いに、私は身動きを取らないまま答える。


「化学というのが何かは分からないが、今の魔法に関する知識は、俺のパートナーから学んだ」


 私の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、リッカは独り言のように呟く。


「……何で?」


 リッカは静かに呟く。


「……この程度のやつが何で?」


 溢れ出る憎悪を隠せないまま呟く。


「元の世界なら誰でも分かるような知識をちょっと持っているだけの雑魚が……」


 リッカは焦点の定まらない目でパッと顔を上げると、キッと私を睨みつける。


「どうしてテラ様に選ばれるの!?」


 空気が凍る。


 まさにその表現がふさわしい程に、周囲の気温が下がり、凍てつく寒さが押し寄せてきた。


 咄嗟に私は、自分の周りを炎で覆う。


 相手はただ、魔力を放出し、その指向性を私の方へ向けただけ。

 それに対し、私は魔法で身を守るしかなかった。


 力の差があるのは分かっていた。

 でも、ここまでとは思っていなかった。


 私には普通の魔族にはない知識があり、将軍相手でもそれなりには戦えるのではないかという甘い認識があった。


 でも、目の前に立つ女性に、その認識は通じないことは明確だった。


 焦る私を見て、リッカは暗い笑みを浮かべる。


「……ふふふっ。この程度で怯えるなんて、本当に弱いのね。これじゃあお前がテラ様より強くなると言ったお前の大切な人というのも大したことないわね」


 リッカの言葉に、私は思わず反応してしまう。


「俺は確かに弱い。だが、今の言葉は取り消せ。エディは俺なんかにはもったいないくらい最高の男だ」


 私は本心からの言葉を口にし、そして覚悟を決めた。


 相手は恐らく、私と同じように人間の知識を持っている。

 それは間違いなさそうだ。

 そうでなければ、私の魔法は通用しているはずだからだ。


 魔力量は完全に負けていて、知識も同じなら、その他の要素で戦うしかなかった。


 相手は数百年戦い続けてきた百戦錬磨の将軍で、戦闘経験の豊富さも私の比ではないだろう。

 

 でも、今の私でも優っている点が二つある。


「フワ!」


 私の声にすぐに反応し、まずは人間の男が宙から落下しながら渾身の一撃をリッカへと振り下ろす。


 リッカは間違いなく私に集中しており、突然の攻撃だったであろうにもかかわらず、魔力を通わせた氷を瞬時に作り難なく受ける。

 それとほぼ同時に、閃光を残して突き出されたローザの突きも、同じく魔力を通わせた氷で受けた。


 元々の作戦では私との戦闘中に隙を見て使うはずだった人間二人とフワによる連携での攻撃。


 私は、相手の力量を見誤っていたが故に立てたその作戦を放棄し、二人を一瞬でもリッカの気を引くために使うことにした。


 そしてそれは成功し、リッカの注意はほんの一瞬だけ私から逸れる。


 その一瞬を見逃さず、私はリッカとの間合いを詰めた。


 私がリッカに優っている点の一つ目。

 私には仲間がいること。

 それを生かして距離を殺す。


 そして二点目は肉弾戦だ。


 私は両の拳と両足に、炎を纏う。

 考え方は人間が使う魔法剣の応用。

 

 使う武器が己の体になるだけ。


 普通、魔族はこのようなことは考えもしない。

 魔力量に任せて遠くから攻撃するか、魔力を通すことで威力の増す強力な武器や肉体を使えば済むからだ。


 百年近くこの身一つで魔獣が跋扈する森の中を生き抜き、エディの修行をすぐ傍で見ることで完成したこの戦い方。

 火を武器に練り上げたこの技。


 名付けるならそう。


『火練(かれん)』


 文字を変えながらも自らの名を冠するその技が、文字通り火を吹いた。

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