第155話 魔王①

 自分より強い相手と出会った時どうするか。


 私はこの百年、真剣にそれを考えてきた。


 魔力の量に左右される魔族同士の戦闘。

 自分を圧倒的に上回る魔力量を持った相手に勝つために考えられる手段は限られる。


 実力を出し切る前に倒すか、瞬間的にでも相手を上回る密度の攻撃を行うか。


 後者に関して、私は持ちうる知識を総動員して考えた。


 『天照』はその一つ。


 理論は簡単だ。


 元の世界なら、小学生でも知っている手段。

 虫眼鏡による熱の集中。


 レンズを用いて太陽光を集めることで、高温を発生させる。


 それを大規模で行い、かつ魔法的に放熱させないことで、太陽の表面温度に近い攻撃を生み出す。


 土の魔法を用いて大規模なレンズを上空へ作り、重力魔法でそれを上空へ固定。


 難しかったのは焦点を合わせることだが、それは百年という時間が解決してくれた。

 気が遠くなるような試行錯誤を繰り返すことで、今では好きな場所へ自由に攻撃を落とせる。


 私の言葉と同時に、数千度に達する高音の光の帯が兄へ降り注いだ。


 放熱を管理しているから、こちらへ熱さは伝わってこない。

 だが、兄は今、太陽の表面へ放り投げられたに近い熱をその身に浴びている。


 数秒間、魔法を維持した後、私は魔力の供給をやめる。


 かなりの魔力を消費したが、これだけの攻撃を浴びれば、さすがの兄も無事では済まないだろう。


 跡形もなく消えていることを期待しながら視線を向けたその先に、兄は立っていた。

 魔法障壁を上空へ向かって張り、火傷一つ負っていない状態で。


 だが、兄もかなりの魔力を消費したのか、肩で息をしていた。


 少しだけ落胆しつつも、私は気持ちを切り替えて右手を天に向ける。


 兄は炎の化身のような魔族だ。

 熱には強いのだろう。


 ただ、私の切り札は一つではない。


 天照があるならもちろん次もある。


『月読(つくよみ)』


 正確に言うと、今から用いる魔法に月の力は用いない。

 だが、月と全く関係ないわけでもない。


 用いるのは、私が魔法の力を借りて作り出した、人工的な衛星だ。


 私は、いつでも使えるようにストックしておいた衛星の一つを、落とすことにする。


 それが月読の正体だ。


 コンピュータの助けなく、衛星軌道上に物を配置するのも、それを意図した座標に落とすのも容易ではなかった。


 だが、それも百年と言う時間が解決してくれた。


 度重なるトライアンドエラーのおかげで、今は狙った位置へ衛星を落とせる。


 魔法的な保護により大気圏で燃え尽きることのないその衛星が、光の尾を引きながら兄に向かって落ちる。


 流星。

 隕石。


 その衝撃は想像を絶する。

 大きさを誤れば星を滅亡させてしまいかねないほどに。


 兄に向けて落とした衛星の大きさは、ごく小さな物だ。

 ただ、それでもこの辺り一帯を吹き飛ばし巨大なクレーターに変える程度には威力がある。


 私は衝撃に備え、魔法障壁を張る。

 自分には直撃しないとはいえ、その余波だけでも大抵の魔族を消し去るには十分過ぎる威力だ。

 観客席の魔族たちが生き残れるよう、四魔貴族たちの魔法障壁の強さで耐えられるだろう大きさにしてあるが、備えなければ私自身も無事では済まない。


 この魔法の難点は、攻撃範囲が広すぎて周りも巻き込んでしまうこと以外にもう一つある。


 魔法発動から、衛星が隕石となって降り注ぐまでに、タイムラグがあることだ。

 隕石到達までに、兄が反撃してくれば、私はそれに耐えなければならない。


 魔法障壁を解いた兄は、私を睨む。


「……やってくれたな。貴様のせいで余の計画が狂った。半分人間の雑魚に手間取った魔王では、誰もついて来ぬ。だから……」


 兄はそう言うとニヤッと笑う。

 今まで見たこともないような歪んだ笑みで。


「目撃者ごと消し去ろう」


 これまででも十二分に強力だった兄の魔力がさらに跳ね上がる。

 

 兄を中心として、熱が渦巻く。

 熱で溶け出す地面。


 やはり、一筋縄ではいかないようだ。


 私が立つ場所も、鉄板で熱されたように熱くなる。

 たまらず私は、風の魔法の応用で宙に浮く。


 そんな私へ指先を向ける兄。


 危険を感じた私は、慌ててその場から離れる。


ーージュッーー


 私がつい先ほどまでいた場所へ、真っ直ぐ伸びる熱線。

 その熱線は、後ろの魔法障壁を軽く突き抜け、後ろにいた魔族を溶かし、蒸発させた。


ーージュッーー


ーージュッーー


 私目掛けて発される、熱線は、私が避ける度、後ろの観客席にいた魔族の命を奪っていく。


 恐慌状態となる観客席。


 こいつが王になるのは間違っている。

 これから自分が治める国の民の命をゴミのように扱うこいつは、今ここで消しておかなければならない。

 強さが全ての魔族の国で、王が民を顧みなければ、国は荒れる。


 パニックに陥った観客席を他所に、兄が私を睨み付ける。


「蝿が。大人しく消されろ」


 私は、そんな兄へ別れの言葉を告げる。


「消えるのはお兄様よ」


 大気を切り裂く轟音と共に現れる隕石。


 私が放った魔法『月読』が、遂に到達した。


「さよなら、お兄様」


ーードッーー


 兄へ直撃する隕石。


 余りの衝撃に、視界が閉ざされる。

 兄の魔法で溶かされた地面ごと飲み込む私の『月読』。


 私たちが使う魔法は所詮、自然の力を魔力で強化しているに過ぎない。


 燃料である魔力が多くても、用いる自然の力に差がありすぎれば、どうしようもない。


 巻き上げられた土が晴れていくと、そこには中心部を大きく抉られた闘技場の成れの果てがあった。


 その中心には、二つの戦略級魔法をその身に受けてもなお、原型を留めている兄の姿があった。


 魔法障壁で防ごうとしたのか、右手を上に上げたままの姿勢で固まっている兄。

 だが、その身から魔力はほとんど感じられなかった。


 私の魔力もかなり減っていたが、まだ戦闘を継続できるくらいの魔力は残してある。


 私は兄の元へ近づく。


 力を使い果たし、衝撃でボロボロになった兄は、重力に負けてだらんと右手を下ろすと、こちらを向くことさえできずに呟く。


「……殺せ」


 そんな兄に対し、私は肩を竦める。


「お兄様ほどの実力者を殺すのはもったいないわ。私に忠誠を誓うのであれば、命まで奪う気はない」


 ゆっくり歩きながら正面に回った私を、兄は睨み付ける。


「余は……王になるべくして生まれた存在である。誰かの下につくことなどない」


「……そう」


 目的のために手段を選ばない残虐さは、王ではなく、軍人の方に向いていそうではあったが、本人が嫌なら仕方ない。


 私は、魔法で剣を構築する。


 もちろん生半可な物ではなく、こちらも試行錯誤を重ねた逸品だ。

 ダイヤモンドより硬く、かつダイヤモンドのように瞬間的な衝撃や熱にも弱くない鉱物。

 しかも、魔力も通しやすい私独自の魔剣。


 私は兄の首に軽く剣を添える。


「お兄様自身に恨みはないけど、私のために死んで」


 私の言葉に兄は初めて心からの笑みを見せる。


「俺もお前を殺す気だったんだ。気にせずにやれ。そして、できるなら魔王の肩書という鎖に縛られることなく、お前らしく生きろ。余はその名に縛られすぎた」


 言われなくてもそのつもりだったが、兄の言葉に、少しだけ救われた気がした。


 私は剣を振りかぶり、そして兄の首をはねた。


 あまりの切れ味に、音もなく切り離された兄の首が、コロリと転がる。


 血が飛び散らないよう、魔法障壁で傷口を覆ったのは、せめてもの兄への敬意だ。


 私が剣を天に掲げると、いつの間にか静まりかえっていた観客席から騒めきが聞こえる。

 大本命である兄が敗れ、ノーマークだったはずの私が勝った。


 兄が勝つと見込んで動いていた大部分の者が困り果てることになるだろう。

 もちろん、そんなこと私の知ったことではないが。


 数少ない私の支援者の方へ視線を向けると、シトリは喜びのあまり言葉を失い、師団長は涙を流していた。


 私は、剣を消すと、大きなクレーターと化した闘技場に背を向け、外へと向かって一歩ずつ歩き出した。


 ……この日私は、魔王になった。






 激戦の後、私は疲労を理由に祝賀会を途中退席し、今日から自室となった王の寝室にいた。

 未だ、魔王となった実感はなかったが、これで、ユーキくんを迎え入れる最低条件は揃った。


 これからこの国を、私の思う通りに変える。

 ユーキくんが来た時、二人で幸せに暮らせるように。


 戦いの興奮で、眠ることができなかった私は、王都が見渡せる部屋の外のベランダに出て、夜風を感じていた。


 新たな魔王の誕生に、夜もふけてきたにもかかわらず、街は明るかった。

 ユーキくんと二人でこの景色を見渡す想像をしながら、そろそろ寝室へ戻ろうかと思った時だった。


 視界の先に、新たな光が現れた。


 それと同時に、胸を刺す強烈な痛み。


 新たな光は、私の胸を貫いた剣が、反射した街の明かりだった。


「ゴフッ」


 血を吐きながら振り返った私の視界に映ったのは、よく見知った顔だった。


「今日はおめでとうございます、魔王様。そして、残念ながらこれでお別れです」

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