第115話 太陽の国の魔族⑩

 道中、アルベルトさんから質問が来ます。


「なあ、巨乳のねーちゃん」


 私はそんなアルベルトさんをにらみながら答えます。


「フワです」


 私の返事を聞いたアルベルトさんはローザさんに小突かれて、いてっと声を上げた後、言葉を続けます。


「なあ、フワちゃん」


 初対面でちゃん付けで呼ばれることを不快に思いつつ、そうも言ってられないので、質問に答えることにします。


「何でしょう?」


 私が不快な様子を示したことなど意に介さず、アルベルトさんは質問してきます。


「あんたの魔法は何なんだ? 相手の動きが鈍くなったり、俺たちの体が重くなったり軽くなったり。さらには空へ飛んでみたり」


 私は答えるか悩みます。

 ただ、これから一緒に戦うのに、黙ったままでいるわけにはいかないでしょう。


「私の魔法は重力を操る魔法です。重力の大きさも方向も変えることができます」


 私の言葉に、ピンとこない様子のアルベルトさん。

 それに対し、驚いた様子のローザさん。


「重力を操るなんて……そんな反則のような魔法が使えるのか」


 ローザさんの言葉に、アルベルトさんは首を傾げながら質問します。


「重力っていうのが何なのかは知らないが、そんなに凄いのか?」


 アルベルトさんの問いに、ローザさんは大きく頷きます。


「ああ。重力っていうのは、体を地面に引っ張っている力のことだ。重力が大きくなれば、体が重くなるし、小さくなれば体が軽くなる。方向まで変えれるってことは、さっきのは空を飛んでたわけじゃなく、空に落ちてたってことか」


 ローザさんの言葉に、私は頷きます。


「おいおい。ローザは何でそんなことを知ってるんだ? 俺はそんな話聞いたことないぞ」


 ローザさんはアルベルトさんの方を向きながら答えます。


「エディに教わった。エディからは、訓練の合間に色々なことを教えてもらった。重力についても教わったことの一つだ」


 人間は馬鹿で愚かだから重力なんて知らないと思ってましたが、全員が馬鹿ということではなさそうです。


 アルベルトさんに対して返事をしながら、ローザさんは考えるそぶりを見せます。

 

「重力を操れるなら、確かに戦いの幅が広がる。タイミングよく私を敵の方へ『落として』くれれば、『閃光』の速度も威力も上がるだろうし、急に敵の体を重くしたり重力の向きを変えたりできたら、バランスを崩すことも可能だろう」


 私は再度頷きます。


「ただ、問題はうまくタイミング合わせられるかどうかだ。タイミングがずれれば効果は薄くなってしまう」


 ローザさんの言うことはもっともでした。


「完璧な連携は無理だと思いますが、合図をいただければ、その瞬間に魔法をかけることは可能だと思います。あとは、合図がなくても、上段から振り下ろす際に重さを加えるだけなら、先ほどもできました。戦いが長引けばタネがバレるかもしれませんが、短期決戦ならどうにかなるかもしれません」


 私の言葉に、今度はローザさんが頷きます。


「それなら私が『閃光』と呟いた瞬間に私の体を相手へ落としてくれないか。バランスが崩れるから、体の重さは変えなくてもいい」


 ローザさんの言葉を聞いたアルベルトさんも口を開きます。


「それなら俺はローザが技を放った後、全力で上から攻撃を振り下ろす。さっきみたいに剣の重さを上げてくれ」


 二人の言葉に私は頷きます。


「それではそれぞれの初撃に魔法をかけます。私の魔法のタネがバレると、戦闘は苦しくなります。初撃に全てを賭けましょう。その際、相手の体も重くして、反応を少しでも遅らせるようにします」


 私の言葉に二人が頷きます。


 頷く二人は人間ではありますが、とても頼もしく見えました。

 これから戦う『名無し』さんは二階級も格上ですが、この二人となら、なんとかなる気がして来ました。


 ーー『名無し』さんを倒して、必ずシャクネちゃんを助けてみせる!


 私は心にそう近い、『名無し』さんの元へと向かいました。







 作戦は万全なはずでした。


 魔力と時間の節約のため、道中、一度だけ三人の連携を試してみました。


 ローザさんの魔力量は魔族で言うところの中隊長程度。

 今回のターゲットである『名無し』さんより三階級下です。

 ただ、ローザさんの技である『閃光』は、素晴らしい技でした。


 一階級上位であるはずの私ですら、目で捉えるのが精一杯のスピード。

 もし攻撃を受けるのが私だったら、初見でこの攻撃を防ぐのは難しいでしょう。


 しかも、ローザさんが見せてくれたのは、本気の一撃ではないとのこと。

 本気を出すと、魔力の消費が激しいとのことでしたが、本気を出すと、威力もスピードも、格段に跳ね上がると、ローザさんは教えてくれました。


 ローザさんの言葉が本当なら、私の補助がなくても、連隊長クラスくらいまでは通じるかもしれません。


 一方のアルベルトさん。


 魔力量はローザさんより少し劣り、小隊長と中隊長の間くらいでした。

 スピードも、ローザさんより遥かに劣り、戦闘慣れしていないはずの私より遅いくらいでした。


 ただ、その力は並ではありません。

 上段からの振り下ろしは、私では受けきることはできないでしょう。


 出発前、ローザさんとアルベルトさんは、リッカ様から武器を与えられました。


 ローザさんは、銀色に輝く、魔力を帯びた細剣。

 突きを主体とするローザさんには最適の武器でした。


 アルベルトさんに渡されたのは、私の体より大きな大剣です。

 黒く輝くその大剣は、私でも魔力を込めないと、持ち上げることすらできない代物でした。


 そんな大剣を軽々と持ち上げるアルベルトさん。

 その腕力は、魔族としてひ弱な私より、間違いなく上でしょう。


 そんな腕力で、重量ある大剣を振り下ろしての攻撃は、まるで隕石が落ちて来たかのような衝撃でした。

 現に、アルベルトさんの攻撃後の地面には大きなヒビ割れが発生しています。


 ローザさんの閃光のように速い攻撃。

 アルベルトさんの剛腕による重い攻撃。

 そして、重力を操る私の魔法。


 この三つが揃えば、どうにかなりそうな気がして来ました。


 お互いのことを全く知らない状態でも連隊長クラスは倒せました。

 それぞれの実力と能力を知った今だったら、連隊長より一階級上の旅団長クラスであれば、きっとなんとかできるはず。


 ただ、私達は物理攻撃に特化しているため、相手が大規模な魔法で攻撃して来た場合、対抗手段がありません。

 一応、リッカ様から緊急の際の手立てはいただいていますが、それも一回限り。


 相手が本気を出す前に電光石火の攻撃で倒すことが求められています。


「もう少しで着くはずです」


 私の言葉に、少し緊張した面持ちで頷くローザさんとアルベルトさん。

 これから命を賭けた戦いに挑むのですから、多少の緊張は当然でしょう。

 私も緊張していないといえば嘘になります。


 全てはシャクネちゃんのため。

 私はそう自分に言い聞かせ、挫けそうになる心を奮い立たせて、『名無し』さんの元へ向かいました。






 『名無し』さんの住む家までもう少し、というところまでたどり着いた時、私達は異変を感じました。


 魔族の領地で最も南に位置し、温暖な気候に恵まれるテラ様の領地。

 裸で寝ても風邪をひかない程度に暖かいのは間違いないのですが、それにしてもかなり暑さを感じます。


 テラ様の領地の中では北に位置し、比較的涼しいはずのこの土地で、歩いているだけで汗だくになるほどの暑さを感じて来ました。


「なんか暑くねーか?」


 アルベルトさんが私とローザさんに尋ねます。


「確かに暑いな」


 ローザさんもアルベルトさんの言葉に同意します。


「ただ、気温はほとんど変わっていないと思いますよ」


 体感温度が暑くなっているのは間違いないですが、気温自体は変わっていないことが、温度変化を肌で感じることのできる魔族の私には分かります。


「それならこの暑さはなんだ?」


 アルベルトさんの問いに、少しだけ考えた私は、すぐにその理由に思い当たります。


「これは……魔力のせいですね」


 あまりにも自然に周りに溢れていたため気づきませんでしたが、これは間違いなく魔力のせいでした。


 魔力には本来、気温に何かを及ぼすような特性はありません。

 魔力はただ魔力であり、自然の力を借りることで、そこに力が生じます。


 ただ、高位の魔族の魔力からは、その魔族の特性を感じることがあります。

 原因は分かっていませんが、魔力そのものが本人の意思や魔法式によらずとも、周りを支配しようとした結果だと聞いたことがあります。


 先程、リッカ様の魔力から冷たさを感じたのがまさにそのせいです。

 将軍クラスの高位の魔族であるリッカ様の魔力が、周囲を支配しようとした結果、冷たさを感じたのでしょう。


 だから、周りに溢れる魔力が、『名無し』さんの魔力だとしても、おかしなことではありません。


 一つだけ分からなかったのは、魔力が勝手に周囲を支配しようとするのは、支配者の器を持った魔族だけだと聞いたことがあります。


 基本は将軍クラス以上。

 少なくとも師団長クラスの実力が必要だったはずです。


 旅団長クラスの実力しか持たないはずの『名無し』さんの魔力からその魔力の特性を感じることはないはずですが……


「それじゃあこれが『名無し』とかいうやつの魔力ってことか。確かに、スサとかいう四魔貴族の魔力を感じた時には、威圧感とともに、体が斬りつけられるような感じを受けた。さっきのリッカとかいうやつの魔力も肌が凍りそうだった。炎を操る魔族の魔力なら、暑さを感じても不思議じゃないな」


 私の言葉に納得した様子のアルベルトさん。


 私が聞いたのはあくまで目安です。

 旅団長クラスでも、『名無し』さんはテラ様に気に入られる程の特別な魔族。

 例外があってもおかしくはありません。


 一歩踏み出すごとに、空気が肌を焼くような感覚を感じます。

 私たちが、『名無し』さんの元へ近づいている証拠でしょう。


 近づくにつれ増していく魔力により、暑さの正体が、やはり魔力だったことを確信しました。

 強力な魔力特有の、圧倒的な威圧感。

 息をするのも辛くなる程の魔力が垂れ流しになっています。


 相手はおそらく、私たちが近づいているのを察しているでしょう。

 それでも警戒するでもなく、魔力を隠すこともして来ません。


 私たちのことなど、まるで歯牙にも掛けないかのような態度。


「なあ、巨乳のねーちゃん」


 アルベルトさんが呼びかけて来ます。


「フワです」


「なあ、フワちゃん」


 額に汗をかきながら、アルベルトさんが私の方を向きました。


「俺とローザは『名無し』とかいう魔族を倒した後、人間の国に帰るが、あんたはどうするんだ? 四魔貴族のお気に入りを殺したのがバレたら、この領地にはいられないんじゃないのか?」


 確かにアルベルトさんの言う通りです。

 だから、私は答えます。


「シャクネちゃんと二人でテラ様の領地を離れます。ここにいても、きっといつか、テラ様に殺されるだけでしょうから。家族と別れるのは辛いですけど、魔族の社会は個人主義なので、家族が罰せられることはありませんし。行く先はないですけど、シャクネちゃんさえいれば私はどんな環境でも大丈夫です」


 この国には私にとって二つの太陽がありました。


 テラ様とシャクネちゃんの二人です。


 でも。

 どちらかを選べと言われたら。


 私はシャクネちゃんを選びます。

 小さくてもそばで私を暖めてくれる、私だけの太陽。


 きっとこの国を出た後は、辛いことばかりかもしれません。

 テラ様やスサの追っ手に殺されてしまうかもしれません。


 でも大丈夫。

 シャクネちゃんさえいれば、どんなに辛くても、すぐに死んでしまうのだとしても構いません。


 私の言葉を聞いたアルベルトさんが少しだけ考えるそぶりを見せます。


「なあ、もし無事『名無し』を倒せたら、俺たちと一緒に来ねーか? 俺たちも国に帰ったら殺されるだけだろうし、しばらくはどこか安全なとこを探そうかと思ってな。二人より四人の方が生き残る可能性も高くなるだろ」


 確かにアルベルトさんの言う通りかもしれません。


「そうですね、それじゃあ……」


 私が返事をしようとしたところで、ローザさんが口を挟みます。


「おしゃべりは終わりだ。『名無し』とやらのお出ましだ」


 道の真ん中にその存在はありました。


 美しく光る黄金の髪。

 燃えるような赤い瞳。

 私と同じくらい大きな胸に引き締まった細い体。

 そして、同じ女性の私でもハッとするほどの美しい顔。


 お名前をいただいた際、魔王様を見たときに感じた神々しさ。


 そんな神々しさを備えたその魔族は、腕を組み、こちらを向いて立っていました。


 その肌を焼き尽くすかのような熱い魔力を感じながら、私たちは、『名無し』さんと対峙します。


「俺のために極上の食事を持ってきた……ってわけじゃなさそうだな」


 『名無し』さんは同じ魔族である私を見ながらそう話しかけます。


 話しかけられるだけで、ゾクリと背筋が凍るような感じがしました。

 遥か高みから見下ろされたような錯覚を覚えます。


「ざ、残念ながら違います。恨みはありませんが、貴女のお命をいただきに参りました」


 私の言葉を聞いた『名無し』さんはクックと笑います。


「なるほど。どうせあの雪女の差し金だろ?」


 『名無し』さんの言葉に、私は動揺してしまいます。


「な、何でそれを……」


 思わずそう言葉を漏らす私に、『名無し』さんは笑います。

 見るもの全てを虜にしてしまいそうな美しい笑顔で。


「この地で俺の死を望むのはアイツくらいだからな。テラのやつに俺がプロポーズされたのを見て、怖い顔をしていたのを覚えてる」


 四魔貴族のプロポーズ。

 それはもはや大事件です。

 次の魔王候補の妻になるということですから。


「そして、そのプロポーズを断った時には、視線だけで俺を殺しそうな目で見ていた。テラが執着しているはずの俺を殺そうなんて奴は、恐らくこの領地であいつだけだ」


 何という事もなげにそう言う『名無し』さん。

 四魔貴族のプロポーズを断るなんてこと、絶対にありえません。

 不可侵で絶対的な存在である魔王様を除けば、この世で最も強い存在である四魔貴族。

 そのプロポーズを受けるということは、魔族として、一人の女性として、これ以上ない幸せであり、誉ですから。


「今なら見逃してやる。この場を去れ。俺には弱者をいたぶって喜ぶような趣味はない。雑魚は雑魚らしく、お家に帰ってねんねしていろ」


 明らかな侮蔑。

 でも、それが許されるほどの存在感が目の前の魔族の女性にはありました。


「それはできません。私たちにも引き下がれない理由があります」


 私の言葉に、『名無し』さんの目の色が変わります。


「なるほど。ならばお前たちは俺の敵だということだな。俺は、敵に情けをかけてやるような優しいやつではない。全員消し炭にしてやろう」


 次の瞬間、溢れ出す『名無し』さんの魔力。

 圧倒され、押しつぶされそうなほどの魔力の暴威。


 そんな魔力が私たち三人を襲いました。


「……連隊長と旅団長っていうのはこんなにも違うもんなのか?」


 その魔力を浴びて額に脂汗を浮かべながらアルベルトさんがそう尋ねます。


「いえ……。恐らく、『名無し』さんの魔力量は師団長レベル。しかも、どちらかと言えば将軍の方が近いでしょう」


 二階級の差なら、まだ可能性がありました。

 でも、三階級の差となると、奇跡でも起こらない限り、逆転は難しくなります。


 それでも、私たちに撤退という選択肢はありません。

 撤退したところで、リッカ様という将軍レベルの魔族に殺されるだけでしょうから。


 私は全力で魔力を捻り出します。

 ローザさんとアルベルトさんも同様でした。


「せめて苦しませないよう、すぐに決着をつけてやろう」


 『名無し』さんはそう言うと、右手を私たちに向けます。


 周囲を覆っていた熱を感じる魔力が、『名無し』さんの右手に集中し、本物の熱を発生させる炎の魔法となって渦巻いていきます。


 こんなことになるなら、もっと鍛えておけばよかった。

 もっと人間を食べて、魔力を高めておけばよかった。

 そうすればもう少し戦いようがあったのに。


 そんな後悔をしても仕方ありません。

 今は今の私の全力で、できることをやるだけです。


「……魔王様。今一度与えて頂いた名を使わせていただく無礼をお許しください」


 『名無し』さんは、私たちに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でそう言うと、右手に込めた魔力を解き放ちます。


『紅蓮!』


 叫ぶと同時に、燃え盛る炎が、渦を巻いて私たちに襲いかかりました。


 『名無し』さんの瞳の色と同じ、紅蓮の炎が。

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