第84話 奴隷の騎士⑤
「わ、私は……」
言葉に詰まる私。
陰で告白し、出立前にみんなの前で抱きしめられた私。
何の言い訳もできない。
レナ様がエディに好意を寄せているのは知っていた。
それでも、私はエディに告白した。
結局気持ちは伝わらなかったにせよ、その事実は動かしようはない。
レナ様の気持ちを知りつつ、私はエディに抱きしめられた。
……エディはただの儀式か何かだと思っているようだったけど。
私が逆の立場なら許せるだろうか。
口汚く罵ってしまうかもしれない。
言い訳できることは何もなかった。
素直に謝罪しよう。
告白の件は、気付いていないかもしれないから、まずは確実に見られている、抱きしめられたことに関して謝ることにする。
「申し訳ありません、レナ様。今日死ぬかもしれないと思い、最後の思い出に抱擁を求めてしまいました」
レナ様は厳しい目つきで私を見つめながら、首を横に振る。
「そのことじゃないわ。以前、貴女が先に抱かれても構わないと言ったでしょう? 抱きしめられたくらいじゃなんとも思わないわ」
私は考える。
それなら何が裏切りなのか。
やはりレナ様は、私の告白する現場を見ていたのだろうか。
「それでは、昨夜告白しようとしたことでしょうか? 結局、気持ちは伝わりませんでしたが……」
私の言葉に、レナ様は一瞬目を点にしたあと、再び首を横に振る。
「あ、貴女、告白なんてしてたのね。でも、そのことでもないわ」
私はますます、何が裏切りなのか分からなくなる。
他にはレナ様を怒らせるようなことは、何もしていないはずだ。
頭をひねって考えるが、心当たりが何も浮かばない。
痺れを切らしたレナ様が口を開く。
「とぼけたふりはいいわ。貴女、私とじゃなくて、あの獣と手を組んだんでしょう?」
私はレナ様が何を言っているか分からず、一瞬固まってしまう。
「自分が一番になりたいからって、あの獣を抱き込もうとしてたんでしょう? 獣相手なら手を組んでも自分の方が上に立てるとでも思ったのかしら?」
レナ様の誤解に対し、私は慌てて否定する。
「な、何をおっしゃってるんですか? レナ様を裏切ることも、ヒナと手を組んだということもありません」
そんな私に、白々しい目を向けるレナ様。
「それならなぜ、深夜に二人で密会し、さっきも二人でお互いに目で合図を送りあっていたのかしら?」
レナ様の指摘に、私はうまい否定の言葉が浮かばない。
余計な言葉を吐いても、誤解を悪化させるだけだ。
「昨日はたまたま会っただけですし、さっきもたまたま目が合っただけです」
苦しい言い訳をする私。
そんな私を、感情の感じられない冷たい目で見据えるレナ様。
「……貴女がそう言うならいいわ。証拠があるわけじゃないしね」
許しとも受け止められるレナ様の言葉に、私は一瞬だけホッとした。
でも、その安心が間違いだったとすぐに気付かされる。
「でも、貴女のことはもう信用できない。貴女を側室にしてあげようなんて思わない。……貴女も敵よ」
仲間を見つめる目には見えない、酷く冷徹な目で私を見るレナ様。
今のレナ様に何を言ってもムダだろう。
それに、私は思う。
仮にレナ様からエディと一緒にいる権利を与えられたとして、それは愛と呼べるのか。
それはずっと引っかかっていたことだ。
私には恋愛は分からない。
でも、他人から与えられた愛なんていらない。
欲しい相手は、自分で勝ち取る。
私はレナ様を見つめる。
そういえば、私はまだ直接レナ様には告げていない。
私の想いを。
「私はエディが好きです。こんな気持ちになったのは初めてで、どうしていいか分からないですけど、一つだけ間違いないことがあります」
私はレナ様を見る目に意思を込める。
「レナ様がおっしゃる通り、私はエディの一番になりたい。私は誰にも負けたくない。ここにいない魔族にも。さっき別れたヒナにも」
レナ様も私を力強い目で見ている。
二人の目が交錯する。
「そしてレナ様、貴女にも」
実質的な宣戦布告。
今はそんなことをしている場合じゃない。
これからの戦いに備え、連携を深めるべきだった。
これでは連携どころか、敵になりうる。
でも、私はそうならないと信じたかった。
幼い頃から見てきたレナ様が、そこまで愚かではないと思いたかった。
「エディのことに関しては、レナ様に従うつもりはないですし、ヒナと組むなんてこともしません。私はエディの一番になりたい。そしてそうなるからには、他の女性をエディに近づけたくありませんから。誰か一人が勝つか負けるか、それだけです」
そんな私を見て、レナ様は真顔で私を見つめる。
「せっかく貴女にも幸せを分けてあげようと思ったのに」
私も真顔のまま答える。
「幸せは自分で掴むものです。誰かに恵んでもらうものじゃない」
レナ様は真顔をやめ、優しく微笑む。
「貴女の気持ちを聞けてよかったわ。そしてヒナと手を結んだわけじゃないことも分かった。この続きはお父様を助けてから。貴女には悪いけど、エディは絶対に私のものにする。でも、不戦勝なんて嬉しくないから、絶対に生き延びるのよ」
初めは、これから生死を賭けた戦いに赴こうというこのタイミングで、レナ様が何故こんな話をするのか分からなかった。
でも、今ならなんとなく分かる。
腹に何かを秘めたままの相手には、背中を預けられないということだろう。
確かに恋愛ではレナ様と敵同士となってしまったが、だからと言って、邪魔者を全て排除してまで幸せになろうとは思わない。
レナ様もきっとそうだと思いたい。
だからこそ私は、喧嘩になるリスクを冒してでもヒナにもレナ様にも本音で話した。
結果オーライではあるが、おかげでお互いのわだかまりが解け、前より仲が深くなったと思う。
この戦いではしっかりとともに戦い、お互い生き残る。
そして、正々堂々とエディを巡った勝負を行う。
「レナ様も。ただ、エディを譲るつもりはございませんが」
エディを巡る戦いでは圧倒的に私は不利。
本命は行方不明の魔族で、次がヒナかレナ様、一番線が薄いのは私だろう。
でも、私は劣勢には慣れている。
剣だって最初は、アレス様の配下の中で一番弱かった。
それが今では二つ名持ちで、刀神ダインに次ぐナンバーツーだ。
恋愛だってきっとどうにかなる。
そのためにもまずは生き残ること。
私は気合いを入れ直し、エディたちからの合図を待つべく、王都の門から少し離れたところで、レナ様と待機することにした。
これからの戦いでは、多くの騎士や兵士、魔道士たちを相手に戦うことになる。
その内、十二貴族の目的を知った上で戦いに臨む者は僅かだろう。
ほとんどの者が、私たちを本気で叛逆者だと思い込み、国や家族のために剣や魔法を振るう者たちだ。
私たちはこれから、そんな無実の人たちを相手に戦わなければならない。
私は、若輩ではあるが騎士だ。
相手が必ずしも悪ではない場合でも、主人のため、守るべき者のために戦う覚悟がある。
罪なき者の命を奪うことも覚悟している。
でも、レナ様はどうか。
実力があるのは間違いないが、罪なき者を殺す覚悟はあるのか。
もしないなら、足を引っ張られる可能性がある。
そうすると、最悪、一人で戦うつもりで、戦いに臨まなければならない。
木の陰から門の様子を伺うレナ様へ、私は問いかける。
「レナ様は、これからの戦いで、罪なき者たちを殺す覚悟はおありですか?」
私の問いに、レナ様は首を傾げながら答える。
「当たり前でしょう? 物事には優先順位がある。私にとって一番大事なのは……お父様。お父様を救うために、他の人を犠牲にする覚悟はできてるわ」
その瞳に嘘はなさそうだ。
戦場において、一瞬の迷いは命取りになる。
罪のない人々を躊躇なく殺せるということが、十二、三歳の少女にとって正しい姿なのかどうかは分からない。
でも、今回の戦いにおいては間違いなくプラスだ。
私はレナ様の言葉を信じることにする。
「それでは、エディたちから合図があり次第、門番は全員殺します」
私の言葉に、レナ様は目を見開く。
「何も、全員殺す必要は無いんじゃないかしら? 殺さないように気を使いすぎる必要は無いにしろ、気絶させとけば十分だと思うけど」
私は首を横に振る。
「無力化したと思った敵に、不意打ちで攻撃を受けてしまうというのは、よくある話です。リスクを最小限に抑えるのは、戦場での鉄則です」
まっすぐレナ様を見つめる私に、レナ様は少しだけ緊張した様子で頷く。
「わ、分かったわ」
私は、レナ様に続けてお願いをする。
「それでは、エディから合図があり次第、レナ様はここから門番たちに上級魔法を打ち込んでください。一気に数を減らしましょう」
レナ様は、私の目をじっと見る。
「貴女の命令っていうのが少し気に入らないけど、分かったわ。ただ、今後、実戦での指示は私が出す。それには従いなさい」
指揮系統をはっきりさせるのは確かに大事なことだ。
たった二人か三人とはいえ、指示が食い違った場合、致命的となりうる。
ただ、レナ様に戦闘の指揮能力があるかどうかを、私は知らない。
私はこれでも二つ名持ちの騎士として、小隊規模の指揮なら幾度となくこなしている。
能力があるかどうかは別として、経験は十分だと思う。
未知数の実力のレナ様に任せるかどうか迷うところだが、剣も魔法も非凡な才能を持つレナ様なら、指揮の才能もあるのかもしれない。
レナ様も、自信がないにも関わらず自ら立候補したりしないだろう。
父親であるアレス様の配下に過ぎなかった私の命令など聞きたくないという、子供じみた理由でなはないと信じたい。
結論が出ないことを考えるのに時間かけても仕方ない。
私が今、レナ様の指示を断ることで生じる不和による不利益と、実はレナ様の指揮能力がないことで生じる連携ミスによる不利益。
どっちもどっちだろうというのが、私の結論だった。
レナ様の指揮能力がなかった場合は、連携を諦め局地戦にするまでだ。
「もちろん従わせていただきます」
私は力強く頷く。
「ならいいわ」
レナ様も満足気に頷く。
それからしばらく、静かに待機する私たち二人。
一時間ほど経った後、空に合図が上がる。
開戦を告げる狼煙。
その合図を見たレナ様と私は顔を見合わせ、お互いの準備ができていることを確認する。
「行くわよ」
「はい」
そして私たちの戦いが始まった。
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