第39話 元英雄の娘⑥

 光の剣を掲げて私は駆ける。


 体に巡らせた魔力は、私が一度に出せる限界まで引き上げた。

 アルベルトは、力を出し惜しみして戦える相手じゃない。


 十二貴族と、賢者に大神官、それに剣聖と刀神を除き、王国の中でトップクラスの実力を兼ね揃えた最精鋭。

 それが二つ名を持つ騎士や魔道士たちだ。


 私達が合流を目指しているローザも『閃光』の二つ名を持つ騎士だが、その実力は手練れ揃いだったお父様の配下の中でも、ダインを除けばズバ抜けていた。

 このアルベルトもローザに劣らない力を持っていると見て間違いない。

 そうでなければ二つ名は付かない。


 ちょっと前の私は、ローザ相手には手も足も出なかった。

 今はどこまでやれるのか分からない。

 それでも自分を信じて戦うしかない。


 私は、全速力による加速と、魔力による身体能力の強化を組み合わせて、自分の限界を超えた速度と強さの一撃を、アルベルトに向かって放つ。


 頭蓋を割るくらいのつもりで放った渾身の一撃は、アルベルトの脳天を捉えたかと思った。


 だが……


ーーギィーンーー


 私の光剣は、いつの間にか抜かれたアルベルトの大剣に止められていた。


 今の私にできる最高の一撃。


 その一撃は魔法剣すら使っていないアルベルトに、いとも容易く止められてしまった。

 私には、相手の防御行動の仕草すら見えない始末。


 エディと出会う前の私なら、この段階で心が折れていただろう。

 でも、今の私は違う。


 私は、剣を止められた反動と魔力による身体の強化を用いて、空中で回転する。

 回転による遠心力も加えた一撃を、今度はアルベルトの脇腹めがけて繰り出す。


ーーギィーンーー


 今度もまた、アルベルトの剣によって私の攻撃は止められる。


 だが、一撃目と違って二撃目は相手の剣の動きが見えた。


 相手は人外ではない。

 恐ろしく動きが早いが、人を超えた動きをしているわけではない。


 それが分かった私は、今度は少し距離を取る。

 

 魔法剣が崩れないよう、剣への魔力供給と形状の維持は行いつつ、呪文を唱える。


 魔法剣と魔法の同時行使。


 トップクラスの騎士ですら、ほとんど使えない高等技術だ。

 魔法剣の維持にはかなりの集中力が必要である。

 そんな中で、別の魔法式を頭の中に浮かべるというのは、誰にでも出来ることではない。


 私も、訓練で成功したことはほとんどなかった。

 ただ、ほとんどないがゼロではない。


 格上のアルベルト相手に、私の剣の腕だけで一撃を加えるのは至難の技だろう。

 だが、魔法との組み合わせで体制を崩せば、チャンスがあるかもしれない。


「風よ。悪しきを貫く槍となれ」


 唱えたのは、魔法を志す者なら、誰もが一番初めに覚える、風の初級魔法。

 単発なら、とても格上である二つ名持ちの騎士相手に使う魔法ではない。


 でも、魔法剣との複合なら。


 私は呪文を唱えながら、再び駆けていた。

 魔法剣と、魔法と、魔力による身体強化。


 その三つの同時行使。


 この複雑な攻撃に、成功の可能性があるとするなら、息を吸うほどに使い込んできたこの魔法しかない。


『風槍!』


 私の言葉に応じた風は、小さいながらも確実に槍の形に収束する。

 そして、私が剣を振りかぶると同時に、アルベルトへ襲いかかった。


 同時行使の成功に喜んでいる暇はない。


 この攻撃の肝は、魔法と魔法剣の攻撃を同時に行うことだ。

 風の槍がアルベルトを襲う刹那のタイミングで剣を振り下ろさなければならない。


ーー今だ。


 風の槍がアルベルトの体に触れそうになる絶妙のタイミングで、私は光の剣を振り下ろす。


ーーギィーンーー


 私の剣は、再度アルベルトの剣により止められる。


 剣が魔法剣の防御に回っている以上、腹部の中心に向かった風の槍は、アルベルトの体を貫いた筈だ。

 私は視線をアルベルトの腹部に向ける。


 だが、そこで見えたのは、風の槍を霧散させるアルベルトの左手だった。


 魔力を込めた大剣を右手一つで用い、私の渾身の一撃をいとも容易く止め、それと同時に、もう片方の手で魔力の渦を放出し、私の魔法を相殺。


 純粋な魔力放出による魔法の相殺は、それだけでも高等技術だ。

 それを剣による防御と同時に行うなんて。


 私は後ろへ飛び下がる。

 先程とは異なり、今回は次の攻撃へつなげるためではなく、ただ単純に距離を取るために。

 この、想像を超えた力を持つ相手から逃げるためだけに。


「よくいるんだよな。俺の二つ名が『剛腕』だからって不器用だと思っているやつ」


 アルベルトの魔力が高まる。

 体から溢れ、可視化されるほどに。


「腕力だけじゃ強くはなれない。魔法は使えないが、その分、それ以外の技術は、騎士の中でも上位にいる自信がある」


 私は、こめかみから汗が流れるのを感じる。


 今のコンビネーションには相当の自信があった。

 同年代はおろか、一流の騎士でもこんな芸当ができる者はほとんどいないという自負はある。

 それでも通用しなかった。

 二つ名持ちは別格ということか。


 それでも私は諦めない。

 まだ打つべき手が全てなくなったわけじゃない。


 魔力が尽きるまでは。

 私の体が動かなくなるまでは。


 それまでは私の負けじゃない。


 私は再度魔力を練り直し、今度は呪文を唱える。


 中級魔法ではこの相手には通用しない。

 私は一度も成功したことのない上級魔法へ全てを託す。


「烈風よ。空を駆ける暴威よ。全てを切り裂く刃となりて、その力を示せ」


 いつもはセーブする魔力を全て注ぎ込み、私は魔法式が崩壊しないようにすることに意識を集中させる。

 身体中の魔力が魔法式に吸い込まれていくような感覚を覚えながらも、魔力の供給はやめない。


 膨大な魔力が右手に集まる。


『窮奇(きゅうき)!』


 獣の牙のように収束したそれは、生まれて初めてしっかりと形作られた。

 大人の体ほどはあるその牙は、轟音を立てながらアルベルトへ向かっていく。


 喜びに緩みそうになる気持ちを引き締めつつ、私は魔力を込め続ける。


 その魔法を見たアルベルトの表情が変わった。


 身体中から溢れ出ていた魔力が、アルベルトの剣に集約していく。

 上級魔法にも負けない、濃密な魔力の塊となった剣を持ったアルベルトは、何も言わずにただ、その剣を振りおろす。


「ふんっ!」


 アルベルトの剣が、私の放った魔法とぶつかる。


ーーゴゴゴゴーッーー


 轟音を轟かせていた私の魔法は、しばらくアルベルトを押し続けていたものの、徐々にその威力を弱め、そして霧散した。


 それと同時に、急な魔力の喪失により、気を失いそうになった私は、なんとか倒れないように踏みとどまる。


「その歳で上級魔法まで使いこなすとは……さっきのコンビネーションといい、人間の裏切り者の娘でなければ、ぜひ鍛えたいな」


 二つ名を持つ者からの手放しの賛辞に、ここのところ自分の弱さを痛感するのみだった私は、普通の状況なら喜んでいただろう。

 だが、魔力を全く緩めることなくこちらへ歩いてくる二つ名持ちの騎士は、私の敵だ。

 

 私は魔力を絞り出そうとするが、体に激痛が走るだけで、全く魔力が湧いてこない。


「ぐっ……」


 思わず無様にも声を漏らしてしまう。


「やめとけ。枯渇状態から魔力を捻り出しても、寿命を縮めるだけだ。実力差は分かっただろ? 無理したって意味がない」


 アルベルトは喋りながらどんどん近づいてくる。


「降参するならお前の命は助けてやる。十二貴族家の権限を全て俺に譲るなら、俺の女にして一生可愛がってやろう」


 私は、力の入らない腕を意志の力でなんとか上げて、剣を構える。


「おいおい。魔力も使えない状態で俺と戦う気か? 俺はバカな女は好みじゃない。すぐに剣を下ろせ」


 私はそんなアルベルトを睨みつける。


「十二貴族家は私が継ぐ。それに……」


 そう言ってつい、エディの方を見てしまう。


「私は、自分が認めた相手としか結ばれるつもりはないわ」


 エディはエディで苦戦しているようだった。

 単独で複数の敵相手と戦うのは初めてのはずだ。

 しかも相手は精鋭の騎士と兵士が約百人。

 まだ倒されていないのが不思議なくらいかもしれない。


 このままでは負けてしまう可能性が濃厚。

 それでも私は折れない。

 悲鳴をあげる体に鞭を打ちながら、何とか魔力を絞り出そうと試みる。


「それなら仕方ないな。力尽くでねじ伏せてやるか。お前を殺して別の人間が王戦の資格を得るのは困るから、殺しはしない。人格が壊れるまで痛めつけて、その後は奴隷にでもなってクソみたいな変態貴族の玩具にでもなればいい」


 悔しい。


 自分の力の無さが。

 そのせいでエディまで巻き込んでしまったことが。


 私は恐らく、アルベルトの言った通りの末路を辿ることになるだろう。

 エディは奴隷にすらされず、殺されてしまうかもしれない。


 そんなことになるなら、死んだほうがマシだ。


 私は魔力枯渇状態の体から、さらに魔力を引き出すべく、体の奥底へ働きかける。


 アルベルトが言った通り、これは寿命を縮めるだけの行為だ。

 それでも私はそうせざるを得ない。


 自分はともかく、エディを巻き込むわけにはいかない。


 そう思った時だった。


 私の隣にすっと立つ人影に気がついた。



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