第34話 元英雄の娘①
「……これからどうする?」
元の家主であるカレンが去った家の中で、エディが私に質問する。
私達の目的は、お父様を謀略で襲った十二貴族達全員への報復ということになる。
だが、私達二人だけではそのうちの一人すら、倒すことはできないだろう。
「まずは戦力を整えましょう。さすがに二人きりじゃ戦えないわ」
エディと二人で過ごしたいという気持ちもあったが、その気持ちは抑えた。
お父様の仇打ちをしたいという気持ちも本心だ。
エディを縛りたいから、というだけではない。
同じ目的に向かう内に、エディもきっと、私に惹かれてくれるだろう。
二人の時間を楽しむのは、仇を討ってからだ。
私の言葉に、エディは真っ直ぐ私を見つめる。
「それなら魔族へのわだかまりを捨てて、カレンを呼び戻すべきだ」
十二貴族の打倒を最優先に考えるなら、エディの提案はもっともだ。
だが、私には、愛し合う二人の横で指をくわえて眺めているような趣味はない。
「それはダメ。魔族の手を借りるくらいなら、一人で挑んで返り討ちに遭う方がマシよ」
それなら勝手に死んでくれとでも言いたげなエディの視線を無視し、私は話を続ける。
「まずはお父様の配下を集めましょう。ダイン以外にも優秀な者はたくさんいるから」
私の提案に、しぶしぶといった様子でエディは頷く。
「……分かった」
私達はまず、この後一晩休んでから、近くの町で装備を整えて、お父様の配下たちの元を回ることにした。
お父様の配下たちは、それぞれ領地の中の各地へバラバラに配置されている。
各地を巡るため、しばらくはエディとの二人旅になるということで、不謹慎にもワクワクする。
どこで寝ようかエディに相談しようとすると、先にエディからこう告げられた。
「俺は別の部屋で寝る。お前はカレンが使っていたベッドで寝ろ」
エディは私に向かってそれだけ言うと、さっさと部屋を後にした。
エディに対しては、念のために私へ危害を加えないような命令をしてある。
今のエディは、まだ私に対して恨みを抱いているだろうからだ。
だから、一緒のベッドで寝てもいいよ、という言葉は言えなかった。
まだその提案をするには早すぎる。
二人の距離はこれからゆっくりと詰めていけばいい。
翌朝、私とエディは歩いて一時間ほどのところにある小さな町へ出かけた。
ただ、町行く人々が皆、私を見ているように感じてしまう。
気のせいだとは思うが、もしかするとこの中に、私を知っている人間がいるかもしれない。
エディも同じことを感じたようだ。
「お前の容姿は目立つ。しばらく人目のつかないところにいろ」
エディの指示に、私は素直に頷く。
「一旦、あの家に帰っているわ」
私の言葉にエディは黙って頷いた。
町へ来たばかりではあるが、私は尾行に気をつけながら家まで帰る。
誰も追って来てはいないようだ。
しばらく経ってエディが帰ってくる。
顔は険しく、手には新聞と食糧が持たれていた。
エディは無言で新聞を私に差し出す。
私は恐る恐るそれを受け取り、目を通す。
一面にはこう書かれていた。
『十二貴族筆頭の元英雄アレス 魔族と手を結び王国の転覆を図る』
「なっ……」
『娘は魔族を連れて未だ逃亡中 精鋭の騎士五名を殺害の上、魔族に食事として与えた疑いあり』
そんな文章の後に、私の似顔絵が描かれていた。
『叛逆者アレス配下の騎士のほとんどは降伏 閃光のローザのみは逃亡し、行方不明』
私は自分の顔が青ざめて行くのを感じた。
「……次の打つ手は? お前自身は、この記事が出回っている以上、身動きは取れないと思うが」
エディの言葉に、私は何も返せない。
状況は絶望的だ。
私の顔は拡散され、味方になりそうな者はほとんどいない。
「……打つ手なしか。取り敢えずこの場は離れた方がいい。お前の顔は町で見られている。この家が見つけられるのも時間の問題だ。今回の件の真実を知っているお前を、あいつらは逃しはしないだろう」
「離れるといってもどこへ……?」
お父様の配下が降伏したというのなら、私にはもう行く先などない。
短い時間かもしれないが、このまま死ぬまでエディと共にここで過ごしてもいいのではないか。
そんな考えが頭をよぎる。
「しっかりしろ!」
エディが私の両肩を掴み、強い口調で叱咤する。
現実逃避で思考が飛んでいた私は、エディの言葉でハッとなる。
「そんなんじゃアレス様を救えないぞ」
お父様を救う?
お父様は殺されたんじゃ……
疑問の表情を浮かべる私に、エディは新聞のある部分を指差す。
「まだ全部読んでいなかったのか」
そこにはこう描かれていた。
『反逆者アレスは他の十二貴族の手によって捕縛 一カ月後の王選前日に処刑予定』
お父様が生きている!
殺されたわけではなく、死を覚悟したから権利が私に移ってきただけのようだ。
お父様を助け出し、翌日の王選まで生き延びれば、私達の勝ちだ。
生き延びればお父様は間違いなく王になる。
そうすれば民たちもお父様を信じる。
お父様が本当に反逆者なら神から王に選ばれないからだ。
記事によるとダインも共に捕まり、リン先生は直接の部下ではないということで、お咎めなしのようだった。
ーーパンッ!ーー
私は両手で自分の頬を叩き、気合を入れる。
「まずはローザと合流しましょう。救出するにも、私達二人だけじゃ無理でしょうから」
エディは頷くいた後、質問する。
「ローザとかいう人の腕は確かなのか? 当然、アレス様の警護は厳重だろう。足手まといを増やしても仕方がない」
私は力強く頷く。
「お父様の配下の中ではダインに次ぐ実力者よ。私が知る限り、最も頼りになるわ」
それを聞いたエディの目が少しだけ光り、エディも力強く頷く。
「それは心強い。だが、どうやって会うんだ? お互い逃亡中で居場所が分からないと思うが……」
エディの質問に対し、私は笑顔を作る。
「お父様から引き継いだ権利のお陰で、配下の居場所は魔法で分かるわ」
私は目を閉じ、呪文を唱える。
「サーチ」
呪文を唱えた瞬間、私の頭の中に地図が広がり、ある地点が光る。
ここから二日ほど歩いたところにローザはいるようだ。
私が目を開くと、エディがじっと私を見ていた。
「どうしたの?」
「いや……リン先生には戦闘に関する魔法しか教えてもらっていなかったから、それ以外の魔法も使えるようになりたいと思っただけだ」
万能に思えるエディでも、よく考えてみたら魔法を覚えてまだ一カ月半だ。
できないことはたくさんある。
「お父様を救出して落ち着いたら、私が教えてあげるわ」
「それはありがたい」
相変わらず冷たい表情は変わらなかったが、出会って以来、初めて聞いたエディからの私に対する肯定的な言葉だった。
私はその言葉に気持ちが高揚するのを感じた。
「と、とにかくすぐに向かいましょう。一刻も早く合流した方がいいわ」
「そうだな」
そうして私とエディはローザに会うため、カレンの家を出た。
人との接触を避けるため、私たちは街道ではなく、山道を進む。
必然的に魔物と接触する機会が増えるが、人里近くに現れる低位の魔物など、私とエディの敵ではない。
エディは、魔物を見慣れていないのか、初めこそ戸惑っていたものの、慣れてしまえば、熟練のハンターでも唸るのではないかというほどの腕前を見せていた。
一日目の夜は、野営する。
夜の間は、私とエディが交代で見張り、睡眠をとった。
翌朝、日が昇ると同時に目を覚ました私は、エディとともに再び歩を進める。
ただでさえ様々なことが起こり、精神的に大きなダメージを受けていた上に、慣れない野営でしっかり眠れず、疲れが取れなかった私の足取りは重い。
でも、エディからお荷物だと思われるのだけは絶対に嫌だ。
私は気力を振り絞り、歯を食いしばって歩き続けた。
そんな私に気付いたのか、エディは何も言わずに多めの休みを取ってくれる。
さらには、二日目の夜は、どこかの村に泊まろうと提案してくれた。
強いだけでなく、気遣いもできる。
エディはやはり、最高の男性だ。
私は、限界に近かったので、その提案を受ける。
身元がバレる危険性はあったが、フードで顔を隠せば、どうにかなるだろう。
そもそも田舎の村までは新聞なんてものは届かない。
よっぽどのことがなければ大丈夫なはずだ。
夕暮れ前に訪れた村は、一言で言って寂れていた。
活気ある声は聞こえてこない。
そもそも道に人の姿がない。
やっとのことで出会った通行人に話を聞くと、どうやら魔物から襲撃を受けた際に、農業用の溜池が決壊してしまったらしい。
村人には被害なく魔物を退けることができたものの、このあたりは雨が少なく、溜池の水がなければ、農業ができず、飢え死にするしかないとのことだった。
さらに人を求めて歩いていると、大きな家の周りに人だかりができていた。
遠巻きに様子を伺うと、一人の少女が、奴隷商人に売り渡される所のようだ。
「本当にこの娘一人で、この村一月分の食料がいただけるのですか?」
村長と思しき白髪の老人が、奴隷商人に問いかける。
両脇に、たくましい体の護衛を二人連れた奴隷商人は、笑顔で頷く。
ネットリとした嫌らしい笑顔だ。
「勿論です。私は、食糧難に陥りそうなこの村に、少しでも貢献したいのです」
それを聞いた村人達は、お互いの顔を見つめて笑顔を作る。
「この獣を売るだけで、生き延びることができるなんて……ここまで育てた甲斐があったわ」
「この獣も、今まで育ててもらった恩が返せて、本望だろう」
もうすぐ売られるだろう少女をよく見てみる。
ガリガリの細い体と、長く伸びた白い耳。
ボロボロの衣服からのぞく、手首から先と足首から下だけに生えた白いふわふわの毛。
この少女は獣人のようだった。
獣人はかつて有力な種族だった。
身体能力が高く、耐久力に優れ、元となる動物の特性まで備えた獣人。
個々の能力では人間より優れた力を持つ彼ら。
だが、そんな彼らの多くは人間に殺され、生き残った者たちも、人間の奴隷やペットとして扱われている。
個々の力では優れている彼らも、人間の数の暴力の前には勝てなかったのだ。
絶対数として圧倒的に数が多かった人間は、数を頼みに各種族を襲った。
獣人にエルフ、ドワーフに妖精……
その全てが人間に敗れた。
唯一、少数ながらも人間を退けた種族。
それが魔族だ。
魔族の話は置いておくとして、獣人たち、人間に負けた種族の扱いは酷いものだった。
人間の奴隷は、主人によっては酷い待遇になるものの、まだ人として扱われる。
だが、他種族の奴隷は人ではない。
……物だ。
獣人に関しては、獣として扱われる。
鎖に繋がれ、鞭で打たれ、人としての尊厳を完全に奪われている。
そしてそれは当然のことだった。
ペットの犬が、鎖に繋がれて犬小屋で暮らしていても何も思わないように。
見世物小屋の獣が、言うことを聞かせる為に鞭で打たれるように。
道端の蟻が、誰かの気まぐれで踏まれるように。
獣は法律上、物であり、その扱いは主人の自由だ。
だから、私にとってこの獣人が奴隷として売られて行くのは、ごく当たり前のこととして受け入れることができた。
……だが、私の愛する奴隷にとっては、そうではなかったようだ。
私が止める間も無く、エディはその場に飛び出していた。
逃亡中の身であることすら忘れて。
ただ、見ず知らずの少女の身を案じて。
「その子をどうするつもりだ?」
エディは、奴隷商人の前に立つと、静かに、しかし怒りの感情を隠しもせずにそう言葉を発した。
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