第3話 商人の奴隷②
色々と考えた結果、俺の出した結論は、俺が厳しい労働をして、奴隷の期間を短縮するという、特に捻りのないものだった。
この状況を打破する奇跡的な策は、今の俺には思いつかない。
ルールの中で現実的な方法を用いてどうにかするという選択肢しか、思い浮かばなかった。
奴隷契約の魔法がある以上、ルールを無視して奴隷を辞めることはできない。
奴隷契約魔法を解除する方法は知らないし、その方法を調べようにも、自由な時間がなかった。
自分一人だけなら何か無理する方法もあるのかもしれないが、こちらの世界の母さんまで巻き込むわけには行かない。
仮に逃げられたとしても、追手がかかり、一生逃亡生活を行うことになりかねないからだ。
自分のせいではないとはいえ、この体の持ち主の人生を奪ってしまった以上、できる限りこの体の持ち主だった人の願いは尊重してあげたい。
俺の都合で、こちらの世界の母さんを、逃亡者にするわけにはいかない。
一日寝て過ごしたら、信じられないことに傷はほぼ治っていた。
異世界人の回復力は凄まじいらしい。
怪我を理由に、今日一日だけ休暇を得た俺は、奴隷期間を短縮すべく、動くことにした。
俺がまず向かったのは、俺たち奴隷母子の主人である女商人の所だ。
この女商人は、大した労働力にはならないであろう俺たちを買ってくれ、しかも比較的人道的な仕事を回してくれる変わり者だ。
同情したのか、それとも他の思惑があるのかは分からないが、俺たち親子としては感謝してもいい人物だろう。
主人の考え方次第では、母さんは体を売らされていたとしてもおかしくないし、俺ももっと酷い境遇になっていてもおかしくない。
女商人の屋敷は、一商人のものとは思えないほど立派なものだった。
有力な貴族の屋敷だと言われても、誰も疑わないだろう。
庭も広く、がっしりとした門の前には、門番まで付いている。
いかにも兵士といった鎧で身を固めた門番は、今の俺からして見ると、非常に大きく恐ろしい。
「ご主人様に御目通りしたいのですが」
俺が門番にそう告げると、厳つい顔をした門番は、とても子供を見る目には見えない鋭い視線で俺を睨む。
次の瞬間、門番の蹴りが俺の腹部を捉えた。
ーードフッーー
鈍い音が聞こえた後、俺の体は一メートルほど後ろへ吹き飛ぶ。
尻餅をつく俺に、門番は侮蔑の目を向ける。
「ゴミが。奴隷風情がアマンダ様に軽々しく会えるわけねえだろ」
吹き飛ばされた俺はゆっくりと立ち上がる。
当たりどころがよかったのか、大人の蹴りをまともに受けた割には、それほどの痛みはない。
だが、奴隷の立場というのは思ったより酷いようだ。
まさか、主人と話をしたいと言っただけの子供が、問答無用で蹴られるとは……
「申し訳ございませんでした」
とりあえずこの場は頭を下げる。
これ以上この門番の気分を害して、暴力を振るわれてはたまらない。
元の世界にいた頃ならともかく、今の俺はただの子供で、しかも奴隷だ。
戦う力も耐える力もない。
一旦辞去して作戦を練りなおそうとした時、門番の後ろから、こちらへ向かってくる人の姿が見えた。
「おいおい。私の所有物を壊さないでくれる?」
門番に向かってそう告げるのは、俺の主人であるアマンダだ。
おそらく三十にも満たない年齢であるにも関わらず、アマンダは百戦錬磨のビジネスマンのような、老獪な顔つきをしていた。
特段美しいわけではないが、見るものを引きつける何かを持っていた。
アマンダは俺の方にも目を向ける。
その目には門番のような侮蔑の意思は篭っておらず、好奇心から見ているように思えた。
「私に会って何がしたいんだい?」
アマンダは俺に向かってそう言った。
門番との話を聞いていたようだ。
この女相手に駆け引きは通じないだろう。
アマンダの顔つきを見た俺はそう判断していた。
「はい。一日でも早く奴隷を卒業できるよう、私にも厳しい仕事を割り振っていただきたく、お願いにうかがいました」
アマンダは俺の目を見透かすような目で見つめる。
「ほう。私の元では働きたくないと?」
俺は慎重に言葉を選ぶ。
この世界での奴隷の扱いは酷い。
選ぶ言葉を間違えば、おそらく命はない。
「いいえ。そうではございません。働くなら、奴隷ではなく正規の部下として働きたいのです。魔法による強制的な契約ではなく、アマンダ様のもとで、本当の主従として働きたいのです」
「ふーん……」
アマンダは俺の言葉の裏を探っているようだった。
「それで? お前は何をしてくれるんだ? ただのガキにできることなんて限られてるだろ?」
俺はアマンダの目を強く見据える。
ここが勝負どころだ。
真摯に気持ちを伝えなければならない。
「おっしゃられる通りで私にできることなど限られております。だからこそ、できることなら誰もが嫌がるどんなに厳しい仕事でもやってみせます。そのような仕事がございましたら、私に与えていただきたいというのが、私からのお願いになります」
アマンダは俺の心の中を覗き込むように俺を見つめる。
「なるほど。それならば私が何か探してやろう。手頃なものが見つかれば声をかけてやる。それまではこれまで通りの仕事に携わるがいい」
アマンダは俺にそう告げると、別れの言葉も告げずに家の中へ戻っていった。
その様子を見た門番はあからさまにチッと舌打ちすると俺を睨んだ。
「用が済んだならさっさと帰れ。目障りだ」
俺の方もこれ以上この場に用はない。
「失礼しました」
門番に頭を下げて、俺はその場を去った。
やけに物分かりのいいアマンダのことは気になったが、一刻も早く自由が欲しい俺としては、素直にアマンダが仕事を与えてくれるのを待つしかない。
子供の俺にまともな仕事が来るわけはないが、背に腹は変えられなかった。
俺には二年間も遊んでいる時間はない。
その間にミホに何があるか分からない。
俺が通っていた学校は、学費免除の特待生扱いで入った俺みたいな人間を除き、基本的には裕福な家庭の者だけが通っている。
だから、俺とは異なり、奴隷になっているということはないだろうが、慣れない世界で、しかも魔族や魔物までいる世界で、無事でいられる保証はない。
奴隷期間の短縮という無理を通すためには、多少のリスクはやむを得ないだろう。
家に帰ると、母さんが食事を作って待ってくれていた。
貧しい食材ながらも工夫を凝らし、溢れるほどの愛情が注がれた料理。
体の記憶が、その料理の味を思い出し、急に腹を空かせる。
「どこに行ってたの?」
心配そうに尋ねる母さんに俺は笑顔を返す。
演技ならお手の物だ。
元の世界でも、いじめを母親に隠すため、毎日のように演技を行ってきた。
わざとらしくない程度に笑顔を作り、俺は答える。
「傷もだいぶ良くなったし、天気もよかったから、ちょっと散歩に行ってた」
今の俺くらいの年頃なら、友達と遊んでたっていうのが一番いい理由だが、あいにく遊ぶような友達はいなかったし、いないことを母さんも知っていた。
「そう。それならよかったわ」
俺の言葉を信じ、笑顔を浮かべる母さん。
全く疑う様子のない母さんの姿を見て、多少罪悪感にかられるが、必要悪だろう。
もし母さんに、奴隷期間短縮の為、俺が無理をするいうことが知られれば、母さんは絶対に止めにかかるだろう。
それは非常に困る。
俺には時間的な猶予がない。
こうしている間にもミホの身に何が起きているかは分からない。
早く俺が側に行ってあげなければ。
だから母さんには内緒にしておくしかない。
嘘をつき、騙すのは心苦しかったがやむを得なかった。
母さんには決してバラさず、無事仕事をやり遂げて帰ってこよう。
そして奴隷期間の短縮というサプライズをプレゼントしよう。
そう心の中で決意し、俺は食卓についた。
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