春の撥条

蜜海ぷりゃは

春の撥条

「全身毛に覆われてるのって、どんな感じなん。」


「別に」


相変わらず殆ど狼のような男に聞いてみたが、素っ気ない言葉だけが帰ってきた。


せめて嘘でいいから、むず痒いだの、割と心地よいだの、答えて欲しかったのだった。


「今日ご飯なんなん。」


男がついでにと言わんばかりに、私に訊ねる。


「オレンジマンゴーのラスクと、たけのこの炊き込みオムレツと、ほうれん草と香草のかき揚げやで。」


言い終わってからはっとした。


彼が好んで食べる肉料理が、一品も入っていなかったからだ。


「あーと、唐揚げでも買ってこよっか。」


「いらない。」


全く動いていない尻尾を見ると、拗ねてしまっているのは明白だった。


嫌われたくない私が、せっかく焦って提案したものも、結局彼が嫌う脂っこい料理だったし、たとえ他人であっても面倒を嫌う彼のことだから、こんな時間におかずを買ってきてもらうことも、嫌がるのだ。


好きだから、私は構わないのに。


微妙な溝は埋まらないまま、ただつまらなくはない時間だけを、二人でゆっくり消化していく毎日。


肉体的距離はとっくのとうにゼロなだけに、精神的距離の横幅が浮き彫りになって、心がずくずくしてしまう。


私に逞しすぎる背を向け、テレビに夢中な彼を横目に、私は黙って夕飯の準備を始めた。


トーストを切り分けて、手作りのオレンジマンゴーのペーストを、ふちなく塗ったくり、オーブンにいれる。


昨晩湯がいておいた、たけのこを細かく切って、卵3つと溶き合わせ、熱したオリーブオイルとおだしに流し込み、形を整えて、蓋をする。


ほうれん草と香草のかき揚げは、実はこの前買ってきたお惣菜だ。


ものの20分もしないうちに、全て出来上がってしまった。


気がつくとテレビは消えていて、彼はテーブルの向かい側に座り、お利口さんにして待っていた。


体はこっちを向いているのに、期待していないのを装って、知らんぷりしている。


見た目とのギャップに、いつ見ても笑ってしまうのだった。


なんと愛くるしいのか。


かわいい、と言ってもあまり喜ばないので、こちらもあくまで無関心を装い、彼が並べてくれていた皿に、料理を盛り付けていった。


「食べとってええよ。」


非効率だとわかりつつも、洗い物が残っていると気持ち悪い性分なので、料理に使った用具を洗いに向かった。


「ん」


彼は最低限の返事をした。


洗い物と言っても、ボウルやら菜箸やら、細々としたものばかりだった。


テーブルに戻ると、彼はまだ座ったままだった。


「食べなよ。冷めるで。」


「ん」


いつもそうなのだ。


私が戻ってくるまで、必ず待っている。


そんな彼が、やっぱり狂おしい程に愛おしかった。


私のせいで少し冷めてしまった料理たちに、彼は次々と箸を伸ばしていく。


オムレツを食べたときに、2つ聳える大きな彼の耳が、くんくんと振れていた。


残っていたベーコンの切れ端を放り込んでおいたのが、功を成したのだろう。


明日で同棲して、半年だ。


すき焼きでもしてやるか。

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春の撥条 蜜海ぷりゃは @spoohnge

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