第4話 ルクドゥとの出会い
松明の灯りは陵墓の石壁にゆらゆらと長い影を映している。王子はまだ眠っていた。時折ひゅうひゅうと乾いた風の音、そしてパチパチと燃える松明の音だけが響いていた。
慣れない旅で疲れていた王子は完全に熟睡してしまっていた。それ故、遺跡の中に大きな人影が現れ王子に近づいてくることに気付くはずもなかった。
足音も立てず気配を消しながら近づいてきたのはこれまた2mを越すかという、民族衣装を纏った筋骨隆々の巨漢だった。ゆったりとした生成りのズボンは足首で絞られていて、右の肩に細やかな模様のある赤い布をかけ、腰のところで帯で結わえてある。
背中まで伸びた長い黒髪はゆったり編まれていてもずっしりとして見える程に毛量が多く艶やかだ。胸や髪、腕などには様々な色の石でできた装飾品がじゃらりと実に鮮やか。筋肉質の足も腕も丸太のように太く、山のような大きな肩が歩くたびにゆらゆら揺れている。
彫りの深いその顔は鬼気迫る表情で、右手には大きな鉈のような刀がぎらぎらと鈍く光っていた。男は真っ直ぐ王子に近づくと、そのまま刀を大きく振り上げた。
その時、王子の毛布の中から鳥がひょっこりと顔を出し、男の手がぴたりと止まった。
「ヤーナクム」
男が呼ぶと、鳥はギャギャアと嬉しそうに鳴いた。その声ではじめて王子は目を覚まし、目の前の男を見上げた。大きな大きなその姿と振りかざされたままの刀に戸惑い、王子は一瞬固まった。が、少しの間を置いて
「……こんにちは」
王子はまん丸な目でそう挨拶した。人に会ったらまず挨拶をするようにと王子は常々アビから言い聞かされていたのだ。
一方男の方も若干戸惑いを見せ、無言のままじっと深緑色の目で王子と鳥を交互に見つめていた。よく見ると男は体は大きいが、顔はまだ初々しさの残る青年だった。
彼は大きな手を伸ばして鳥を抱き上げる。鳥は嬉しそうに青年の腕に長い首をまきつけた。抱き上げた時、はじめて青年は鳥の包帯に気が付いた。
「ヤーナクムを……助けてくれたのか」
そう言って青年は持っていた刀を腰におさめた。 その言葉には聞いたことのない訛り。民族衣装も初めて見るものだった。
「怪我をしていたんだ。でももう大丈夫だよ」
王子はにこにこと満面の笑みを浮かべて答えた。
「鳥を飼っているの?僕も小鳥を飼っているんだ」
青年はまた王子をじっと見た。そうして鳥を優しく撫でながら答えた。
「飼っているのではない」
青年の声はとても穏やかだった。
「飼われているとしたらそれは私たちのほうだ」
王子はその意味が良く分からなかったが、何か失礼な事を言ったのだと言う事だけは気付いた。
「ご、ごめんなさい」
王子は真っ赤になって頭を下げた。青年はそんな王子をじっと見て、にっこり笑った。
「いや、いいのだ」
よく聞くと、その声はとても暖かく優しい。初めて会ったはずなのに昔から知っていたような気になる、そんな声だった。
「私の名はルクドゥ」
青年は大きく浅黒い手を差し出した。
「ぼくはトゥーティリアだよ」
王子は白くて小さい両手で握手をした。ルクドゥの手は厚みがありがっしりとして温かかった。
「この鳥はカトゥムといって、我々の守り神だ。この子の名はヤーナクムという。群れからはぐれてしまい、ずっと探していたのだ。治療をしてくれて感謝する」
「そうだったんだ。こんにちはヤーナクム」
王子が改めて挨拶するとヤーナクムは嬉しそうに彼の手をつついてギョギョギョと鳴いた。
「私の役目は命をかけてカトゥムを守ること。カトゥムの命を助けたお前は私の命をも助けたのだ」
ルクドゥは王子の手を握ったままひざまづいた。
「お前が助けたこの命で、いつか私はお前に恩の限りをつくすだろう」
王子は青年の言葉の意味が良く分からなかったが、とても照れくさくなり耳まで真っ赤になっていた。王子という身分故に人にひざまずかれることは珍しいことではないが、こんな風に感謝される事は慣れていなかった。
「い、いいよいいよ。僕は何もしていないよ。ただ鳥さんが……」
そう言って思わず後ずさると──。
ぽてん。
王子は転んでしまった。さっきは夢中だったので忘れていたが、添木も包帯もとってしまった王子の足はまた痛み出していたのだった。ルクドゥは湿布の貼られた王子の足をじっと見た。
「怪我をしているのか」
「う、うん。僕、トカゲを見つけたんだ。それでね、それでね……」
王子が一生懸命説明していると、ルクドゥは王子をひょいと持ち上げた。
「村に腕のいい
そうして片手にヤーナクム、片手に王子を抱えて歩き出した。ここから離れてはいけないのに、と王子は困ったが断ることができなかった。この青年やカトゥムに抑えきれない好奇心が沸き上がったのだ。
ルクドゥに抱えられながら、王子は落っこちてしまわないようにルクドゥの太い首に手を回した。その首には色とりどりの石や貝のビーズで編まれた首飾りがかけられており、じゃらじゃらと音を立てている。
「綺麗な首飾りだね」
思わず手を伸ばしてそっと首飾りに触れると、ルクドゥは王子に笑いかけた。白い歯がまぶしい。
「これは戦士の証だ。大きな獲物を仕留めたり、敵を倒したりした時に族長から与えられる石を編んでいく。首飾りが大きければ大きいほどそれは偉大なる戦士の証となるのだ」
ルクドゥの首飾りにはたくさんの石が編み込まれていた。彼はとても強い戦士なのだろうと王子は察した。
「すごいや。僕も武術は習っているけど、試合しかしたことがないよ」
「獲物がとれる狩りは楽しいものだ。人と戦うのは向こうから仕掛けられた時だけだが、これも割と楽しいものだ」
ルクドゥが笑うとその体がゆさゆさと揺れて落ちそうになる。咄嗟にぎゅっと太い首に抱き着いた。
そのはずみで王子の旅用の青いマントがめくれる。そこに真っ赤なルビーのついた金の腕輪が現れた。ルビーは砂漠の強い日差しに照らされて、炎のようにきらきらと光を放った。それを見たヤーナクムは、ギャギャウと嬉しそうに鳴いて腕輪をかちりと咥えてしまった。王子は驚いて目を丸くする。
「カトゥムは、光る石が大好きなのだ。たくさん集めて巣の中にしまっておくのだ」
それを聞いた王子は困ってしまって目をしばたたかせながら言った。
「ごめんねヤーナクム。これは母さまの形見だから、とっても大切なの。君にはあげられないんだ……」
そう言いながら少し泣きそうになってしまう。ルクドゥは深い緑の目でじっと王子を見つめると、彼を下ろしてマントを直してあげた。そうして自分の髪飾りの、輝く緑の石を外してヤーナクムに差し出した。
ヤーナクムはご機嫌にギャギャアと鳴いて緑の石をぱくりと咥え、それきりもう王子の石を欲しがらなくなった。
「……私も早くに母を亡くした。しかし星に還った者はいつも生者を見守っているものだ」
静かにそして優しくルクドゥは王子に語りかけた。そう言われると、不思議と本当に母さまのぬくもりを感じるような気がしてくる。
「ルクドゥは僕と同じなんだね」
自分と同じく幼くして母を亡くしたと知り、また言葉を交わすごとに王子のルクドゥに対する信頼は高まってきていた。ルクドゥの腕の中は温かかくて、王子はいつの間にかまた眠りに落ちていった。
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