秘密を持つという事

T_K

秘密を持つという事

「私ね、貴方に言ってない秘密があるの」


「な、なに?」


「だから、私ね、貴方に言ってない秘密があるの」



突然のカミングアウトに面食らった。



「そ、そうか。それで、その秘密ってなんだ?」


「それは・・・また今度話すわね」



それはないだろう!と、思わず声を荒らげそうになるが、何とか堪える。



「じゃ、私、明日早いから、もう帰るね」



そう言うと、彼女は足早に部屋を後にした。


気になる、めちゃくちゃ気になる。一体どんな秘密があるんだ。


秘密があると言われる前は、一切気にしなかったのに、


最早、今は気になって気になって仕方がない。


その日は一晩中気になって、全然寝られなかった。


何故俺だけがこんなにモヤモヤしなきゃいけないんだ!


そうだ!彼女にも同じ思いをさせてやろう。


そうすれば、彼女もこの気持ちが判るはずだ。


大体、秘密があるなんて打ち明けるのであれば、その日中に全部済ますべきだ。


よりによって、何で帰る前に言うんだ!


よーし、絶対次会った時に、今度はこっちから仕掛けてやる。


そう心に決めて、次のデートを待ち構えた。


待望のデートの日。


どういったプランで彼女に打ち明けてやろうか、念入りにプランを練った。


打ち明けた後、彼女がどういう反応であっても対応出来る様に、


さまざまなプランを。


いよいよ、それを実行に移すのだ。



「あのさ、俺、君に言ってない秘密があるんだよ」



ない。本当は何も秘密などない。ハッタリだ。


そもそも、俺は秘密を持てないタイプだ。嘘も下手だし、ついてもすぐにバレる。


だが、今回は別だ。さあ掛かってこい!


完璧なプランを絶賛実行中な俺に、彼女はこう返してきた。



「そっか。私も秘密があるから、おあいこだね」


凄く普通の反応。


俺の想定だと、動揺したり、同じ様に聞き返してきたりするはずだったのに!



「う、うん。そうなんだ。秘密があるんだよ」



出来るだけ平静を装う。声が震えるのをグッと抑えて。



「それでね、今日なんだけど、ちょっと買い物に付き合ってほしいんだ」


「あー。うん。判ったー。付き合うよー」



完全に彼女のペースだった。俺のプランは早々と崩れ去る。


もうその日のデートの内容は、ほぼ何も覚えていなかった。


完敗だ。策士、策に溺れた。無反応は完全に想定外だ。


相手は俺の想像を軽々と超えてくる強敵であった。


俺が秘密を持つことは不可能だと改めて判った。


恐らく、彼女は俺の秘密に関して、興味すら持っていないだろう。


そもそも、秘密などない事すら、看破しているに違いない。


では、今度は別の戦い方をしよう。彼女が秘密を言わないなら、


俺が彼女の秘密を完璧に暴けばいいのだ。


よし、そうと決まったら早速調査だ。



秋葉原で捜査に必要なものを買い揃え、万全の態勢を整えた。


盗聴器やGPS発信機は勿論、双眼鏡やチタン製の水筒など、


必要なものが良くわからなかったので、店員が勧めるまま色々買った。


なかなかに痛い出費だったが、もうそんな事はどうでもいい。


俺には彼女の秘密を暴く使命があるのだから!


デートを重ねる度に、発信機や盗聴器を彼女に仕掛けていく。


これで彼女の行動は筒抜けだ!もう、彼女の秘密は暴かれたも同然。



その日から、彼女を監視する日が始まった。


しかし、秘密どころか、怪しい点は微塵もない。


それどころか、彼女の私生活を垣間見た事で、彼女の良い所をより知る事になった。



「うん。そっか。それはきっと、さやかの事を思って言ってくれてるんだと思うよ」



友達との電話は、基本的に友達の愚痴や悩み相談。


それを1つも嫌な感じを出さず、最後まで付き合ってあげている。



「はい、はい。かしこまりました。必ず成功させます」



何度か聞けた仕事中の電話も、キャリアウーマンの様な受け答えで、実にスマート。


GPSで辿った行動範囲も、機器不良からか度々通信が切れるものの、


特に怪しい事はなく、寧ろそのアグレッシブさに感嘆した。


忙しい仕事だとは聞いていたけれど、本当に都内を忙しなく動いている。


もはや、彼女の秘密なんてどうでも良くなり、


寧ろ、今まで以上に彼女に魅了されてしまっている。


そして、それと同じくらい、罪悪感に苛まれている。


こんな事をしてまで、彼女の秘密を暴こうとした自分が凄く情けない。


今度会ったら、素直に謝ろう。もし許してくれたら、


多分許してくれないだろうけど、


プロポーズもしよう。断られても良い。


俺は婚約指輪と、土下座する決意を持って、次のデートに備えた。



いよいよ、運命の日。


その日は、珍しく彼女の家に招かれた。初めて訪れる彼女の家。


俺はアウェイな環境で、土下座をし、


あまつさえ許されれば、プロポーズまでしようとしている。


恐らく、今までになく緊張し、明らかにそれが顔に現れていたのだろう。



「何そんなに緊張してるの?ほら、入って入って!」



彼女に押され、部屋に入る。


綺麗に片付けられたリビングへ通され、ソファーに座るよう促される。


俺は土下座するタイミングを伺っていた。


彼女はキッチンでアイスコーヒーを用意しているようだ。


アイスコーヒーがテーブルに置かれた時が、俺の土下座タイムだ!


そう決め込んで、アイスコーヒーを待った。


そんな俺の決意を、彼女の一声が貫いた。



「あのね、今日大事な話があるの」



その入り方は、別れ話くらいでしか聞いたことがない。


またしても先制パンチをくらい、ふらつく俺の脳。


これは、先に土下座をするべきか。迷っている間に、彼女は続ける。



「この前、秘密があるって話、したじゃない?


このまま隠し通そうかなって思ったんだけど、やっぱり凄く悪い気がして。


あなたにもいろいろと心配掛けたみたいだし」



俺の気持ちには気付いていたのか。


彼女はお盆にアイスコーヒーを2つ乗せて、テーブルへと歩いてきた。


いよいよ、俺の土下座が炸裂する時がくるのだ。


「盗聴器とGPSをつけられた時は、流石にどうしようかなとは思ったんだけど、


元はと言えば、私があんな事言ったのがそもそもの原因だし。


ここ何日かは本当に気が抜けなくて大変だったけどね」



なんで、俺が盗聴器やGPSつけた事を知ってるんだ!?



「任務もあるから、場所とか会話も全部筒抜けにする訳にもいかないし。


要所要所でGPSの信号切ったりとか、


スマホの通信を友達との電話だけに絞ったりだとか。


後は、故意に仕事中の会話を流したりとかね。


久しぶりだったから、ちょっと私も楽しんじゃった」


「に、にんむ?」


「でもね、もう少し性能良いヤツ使わないとダメよ。


受信信号辿られたら、あなたの居場所すぐに分かるんだから。


せめて、簡易的でも中継局使ったり、暗号化されるタイプのを使わないと」



彼女は、俺の想像を軽々と超えてくる強敵、いや、ラスボスであった。



「でも、あなたが私の事、真剣に考えてくれるって分かって、


私、本当に嬉しかった。


盗聴して、GPSで居場所辿って、その上で婚約指輪買ってくるなんて、


そんなにぶっ飛んでるの、あなたが初めてよ」



彼女にはきっと、出会った時から、俺の事なんて全てお見通しだったのだろう。



「プロポーズ、受けてあげる」


「はい。有難うございます」



思わず敬語になる。



「でも、条件があるの」


「なんでございましょうか」


「私の秘密。絶対秘密にしてね。


誰にも漏らしちゃダメよ。もし漏らしたら」



俺は秘密を持てないタイプだ。


でも、これからは違う。俺は秘密を持つ人間だ。



そして、持ち続けなければいけない。


でないと、


多分、



俺の命が危ない。

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