第106話 三年ぶり

 ようやく、帰ってきた。


 三年もの間、ベゴニア王国で兵士をしていたから、本当に久しぶりに戻ってこれた。


 兵士にも長い休暇などはあったが、怪しまれないようにここには帰ってこないようにしていた。


 早く、会いたい。

 三年間も会ってないから、まず無事なのかを知りたい。


 心配だった。

 それに、彼女にも心配させちゃったかな?


 この国の貴族街にある大きな屋敷。

 そこの地下に、彼女はいる。


「おい、エレナ」


 僕が会いたい人物の部屋に小走りで向かってたところ、嫌な声が横から聞こえてきた。


 無視して行きたいが、そうもできない。

 止まって、嫌な顔を隠さずにそいつを睨む。


「……なに? 僕、急いでるんだけど」

「早くあいつに会いたいのはわかるが、エレナに確認したいことがいくつかあるからな」


 気軽に、僕の名前を呼ぶな。

 虫唾が走る。

 お前ごときが、僕の大切な人につけてもらった名前を。


「あいつは無事だ。心配しなくてもいい」

「無事じゃなかったら、僕はお前を殺すから」

「ふふふ、怖い怖い」


 目の前の男は、僕の殺気を受けて平然と笑う。

 貴族ならではの、太って肥えたお腹や顎の肉が見苦しい。


 別にこいつは強いわけじゃない。

 懐にしまってある獲物を抜けば、すぐにこいつを殺せるだろう。


 だがこいつは、僕が自分を殺さないと確信している。

 殺さないんじゃない、殺せないんだ。


「さっさと用件を話せ。お前と話すほど、僕は暇じゃないんだ」

「わかっている。さて、何から話そうか……」


 さっきの薄ら笑いが消え、男は僕を睨んでくる。


「お前――裏切ったな?」


 その言葉に少し心臓が跳ねるが、平静を装う。


「何のこと? 僕はしっかりと情報を流したはずだけど」

「その情報が間違っていた、もしくは流していないと言っているんだ」


 ……平静を保て。

 こいつに、悟られるな。


 ウザい奴だが、腐ってもこの国の重鎮に位置する貴族だ。

 大丈夫だとは思うが、動揺を表情に出すな。


「何を根拠に?」

「お前の情報が合っていれば、あの戦いで負けるはずがないんだ」


 ……急激に気が抜けた。

 やっぱり戦闘に関してはこいつは馬鹿なのか。


「はぁ、真面目に言ってるの?」

「大真面目だ。あの戦いでこちら側の戦力は十分だったはずだ」


 十分?

 あれのどこが十分だったのか。


「僕が見た光景は、最強の兵士の二人がいない騎士団相手に敗走しかけていた軍団だったけど」

「なに?」

「むしろ感謝して欲しいね。僕が手助けしていなかったら、ベゴニア王国に大ダメージを与えることなく戦闘は終わってたよ」


 これは本当だ。

 僕が起こした大爆発。


 あれが無ければ、あの戦闘はベゴニア王国の圧勝で終わっていた。


「ふむ、調べればその情報が本当かどうかわかるぞ?」

「いいよ、存分に調べて」


 この男は情報をいろんなところから得ている。

 何個も情報を集め、得た情報が嘘か真かを判断しないといけないからだ。


 僕が流した情報を得ているが、それを鵜呑みにしていないのだろう。


「じゃあそれはいい。ならもう一つだ。今回の戦闘で、リベルト・コラーレスではない、強い剣士がいたようだな。その情報を、お前から受けていないが?」


 その言葉に、心臓が跳ねる。


 流していない情報というのは、そのことだ。

 エリックのこと。


「ああ、忘れてた。イラつく顔を見てちょっと心が乱れてたからかな」

「戯言はいい。まずそいつは、誰だ」


 真っ直ぐと僕を見つめてくる、そいつのうざったらしい顔。


 おそらくもう情報は得ているだろう。

 だからここで嘘を言っても意味がない。


「エリック・アウリン。ほんの一ヶ月前に騎士団に入ってきた新人だよ」

「一ヶ月前だと? それは本当か?」


 その情報は得ていないのか?

 本当は知っていて、演技をしているだけかもしれない。


「団長のイェレミアス・アスタラが直談判して、見習いを通さずに騎士団に入団した異例の新人だよ」


 もう一人、見習いにならずに魔法騎士団に入団した人もいるけど、僕からは言わない。


「ふむ……そうか」

「もう行ってもいいよね? エリック・アウリンの情報を知りたいなら、あとで話すから」

「わかった。だが次はもっと早く情報を渡せ」

「はいはい、了解」


 ようやく話は終わり、彼女の部屋に向かおうとする。


「裏切った証拠はないが、裏切ってない証拠もないからな」

「はいはい」

「一番大事な情報を流さなかった、というのを私は知っているのだからな」


 背後でそいつが言った言葉を適当に流しながら、そこを離れた。



 その屋敷の地下。

 一番奥の部屋に、彼女はいる。


 地下と言っても、貴族の屋敷だからかそこまで暗い雰囲気はない。

 平民の普通の家ぐらいの雰囲気のところに、彼女は監禁されている。


 部屋に着き、ドアをノックする。


「はーい」


 その変わらない声を聞いて、勝手に笑みが溢れる。


 ドアを開けると、彼女はベッドに寝転がっていた。


 僕を見ると、パッと花を咲かせるように笑顔になった。


 ベッドを降りて、僕の方に走ってくる。

 そして僕に飛びつくように抱きついてきた。


 それを優しく受け止め、彼女の名前を呼ぶ。


「ただいま、エルシェ」


 僕の胸に顔を埋めていた彼女は、僕の顔を見上げながら笑顔で言う。


「おかえり、お兄ちゃん!」

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