第68話 ハイタッチ


 近づいていくにつれて、その集落の惨状が鮮明に見えてくる。


 まずわかるのは濃厚な血の匂い。

 風が強いというのもあるが、まだ遠くにいても届いてきた。


「二手に分かれるぞ。俺は右、お前は左だ」

「わかりました!」


 リベルトさんからそう指示を受けて、村の左の方と走る。


 地面にはもう動くことはないであろう人達が倒れている。

 そこを通り過ぎると、男の人が兵士から逃げているところを発見した。

 男の人は泣きながら走っているが、後ろからそれ以上の速さで兵士が迫っている。


「やだ、やめてくれぇぇ!」

「うまく隠れていたが、もう逃がさねえぞ!」


 後ろから兵士が剣を振りかぶり、降ろす――。


「うわぁぁぁ!!」

「――『地面槍グランドランサー!!」


 二人の間の地面から、土で出来た槍が飛び出た。

 その槍は兵士が振り下ろしてきた剣を弾くようにして、男の人を守った。


「なっ!? なんだこれは!?」


 俺が走ってくる時に溜めておいた魔力を使って、魔法を発動したのだ。

 さすがにあの距離から兵士が剣を振り下ろす前に助けるのは無理だった。


 しかし、剣の一振りを得体も知れないものに防がれ、呆然としている兵士。

 そんな奴の後ろを取るのはたやすい。


「ふっ!」

「がっ!?」


 剣を鞘から出さずに、首の後ろへと叩きつける。

 不意打ちで急所に攻撃をモロに喰らった兵士は抵抗もできずに地面に倒れこむ。


 殺してはいない。

 まだ状況がよくわかっていないから、とりあえず気絶で済ませておいた。

 だが、今のは余裕があったから気絶させただけ。こちらにも命の危険があれば、容赦無く鞘を抜いて攻撃する。


「大丈夫ですか?」


 兵士に斬られそうになって倒れている男の人に話しかける。


「あ、ありがとう! 助かった!」


 呆然としていたが自分が助かったとわかり、すぐに立ち上がってお礼を言ってきた。


「無事のようですね、ここは危ないので逃げてください」

「わ、わかった!」

「俺の仲間の馬車がこちらに向かってきています、あちらの方向から来ているのであっちに逃げてください」

「ありがとう!」


 俺は馬車の方向を指差して教える。

 男の人はもう一度俺に頭を下げてお礼を言うと、すぐにそちらに向かって走り出した。


 俺が誰かもわからないのに、すぐに信じてくれたな。

 もしかしたら俺も敵で、今の指示も騙しているのかもしれないのに。まあ騙してないんだけど。

 無駄に疑われるよりかはいいか。


 そして俺はまた集落の中を駆け回る。

 この集落の住人はやはり魔族の中で弱い人達のようで、ほとんど何も抵抗できずに殺されている。

 地面に転がっている死体は武装している者はいなくて、普段着のようなものを着ている人達だけだ。


 村の中を走っていると次々に住人が襲われているところにたどりつく。

 住人が大勢いて、そして兵士も大勢いるところに行き、戦う。

 混乱させるようにスピードで翻弄し、敵の集団の真ん中で立ち回る。


「な、なんだお前は!」

「誰だこいつは!? こんな奴がこの集落にいるなんて聞いてないぞ!」


 俺の姿を、仲間を倒されるのを見て兵士達が口々にそう言う。


 目の前で殺されそうになっている人達は、全員助ける。

 それがクリストの指示であり、俺の信念だ。

 もう目の前で助けられる命を失うのは、嫌なのだ。


 先程から兵士達を倒してはいるが、一人もまだ殺してはいない。

 主に敵の足元を狙っている。殺すのではなく、倒す。

 こういう戦いでは、敵を殺さないほうがいいのだ。


 なぜなら……。


「て、撤収だ! これ以上被害を出す前に撤収するぞ!」

「倒れた奴を引きずって逃げろ!」


 仲間意識があると、普通は生きている仲間を置いては戦えない。

 得体も知れない相手に何人もの仲間が傷つけられてしまっては、司令する側としては撤退するのが正しい。

 戦場では十の死人より、一の負傷者だ。死人は置いて戦えるが、負傷者は置いては戦えない。


 今回の戦いは相手を全員殺すことが目的ではない。

 相手をここから撤退させれば勝ちだ。


「司令官! あちらからも強い男が!」

「こちらにも負傷者多数です!」

「負傷者を連れて撤退しろ! クソ! なんだっていうんだ!」


 司令官らしき人が悪態をつきながら撤退命令をする。


 どうやらリベルトさんも俺と同じ考えをしてくれたようだ。殺しは無駄にしないで、怪我人を出すようにしている。


 そして数十分後には、武装している兵士達が乗ってきたであろう馬を連れて逃げていった。


「ふぅ……」


 撤退してから少しの時間は油断なく集落を見て回るが、どうやら兵士はいなくなったようなので、緊張を解く。


「お疲れ、エリック」

「リベルトさん、お疲れ様です」


 集落の真ん中辺りにいたら、リベルトさんが刀を鞘に入れながら来た。


「特に強くなくて助かったぜ。もう少し強かったら殺していた」

「そうですね、手加減できる相手で良かったです」

「じゃあ馬車に戻るか。多分近くまで来てるだろ」


 俺達が来た方向に向かうと、結構近くまで馬車が来ていた。

 馬車の周りには生き残った住人がいる。

 その数は百人くらいだろうか。まだ集落の中にも生き残っている人達がいるとは思うが。


「あ、ありがとうございました!」

「助けていただき感謝します!」


 俺達の姿を見た住人の人達が、一斉に頭を下げてくる。

 百人以上の人達に一気にお礼を言われるなんて初めてのことで、少し驚いた。こんな人数が頭を下げている光景も初めて見た。


「俺はある奴の指示に従っただけだからな。礼ならそいつに言え」


 リベルトさんは慣れているのか、めんどくさそうに手を振って答える。


「ありがとうございます! 本当に助かりました!」

「わ、わかったから」

「このご恩は必ず!」

「だから俺にじゃなくて……!」


 助けた人達に囲まれてしまっている。多分リベルトさんがさっき答えたから、お礼を言おうと次々に集まっているのだろう。

 リベルトさんも困っているようだが、満更でもない顔をしている。

 お礼を言われて迷惑なわけないもんな、しかもあんなに心の底から言われるなんてなおさらだ。


「エリック!」


 リベルトさんの横を離れて遠巻きに見ていたら、クリストが近づいてきた。


「怪我はないか?」

「ああ、問題ない」


 俺の身体を見て怪我がないことを確認して、ホッと安堵をするクリスト。


「良かった、心配して損したぜ」

「損したってなんだよ」


 嫌味ったらしい言葉を口にするが、照れ隠しなのが見てわかる。


「それよりクリスト、お前の命令を受けて無事に帰ってきた俺に何か言うことはないのか?」


 少しニヤッと笑いながらそう問いかけると、クリストも同じようにニヤッと笑う。


「ああ――よくやった、エリック」

「ありがとよ」


 俺達は手を挙げて、強く叩き合わせた。

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