第26話 森での光景


 ひとまず話し合いは終わったので、母さんがお茶を汲みに席を離れた。


 親父と俺が二人でリビングのテーブルに取り残される。


「……なあ、エリックよ。お前に聞きたいことがある」


 親父は真面目な雰囲気で話を切り出した。


「聞きたいこと……?」

「ああ、そうだな……何から聞けばいいかわからんが」


 親父は少し悩んだ末に、俺に一つ問いかけてくる。


「――お前は今回の魔物の襲撃、知っていたのか?」


 親父のその問いに――俺は一瞬息が止まったかと錯覚した。


 その質問は……襲撃が来る前からずっとされたらどうしようと考えていたものだ。

 どう答えるべきか、何を言えばいいか……全くわからない。


 親父は俺の目を真っ直ぐ見て問いの答えを待っている。

 俺も親父の目を見ているが……気を抜くと逸らしてしまいそうだ。


「……知って、いた」


 俺は正直に、そう答えた。


 嘘をついて「知らなかった」と言っても、じゃあなんであの村を囲んでいる壁を襲撃前に用意出来たのかって話になる。


 あれは俺は一週間も前に用意していた。

 あの壁が無ければ知らなかったと嘘をつけるのかもしれないが、あの壁は絶対に必要だったのだ。


 こうゆう質問が来た時に言い逃れが出来ないことはわかっていながら、俺はあの壁を作ったんだ。


 覚悟の上だったが……本当にこの後なんて答えればいいのかわからない。


「……そうか」


 親父は漏らすようにそう口にすると目を瞑った。


「それだけ聞きたかった。あとはいい」

「えっ……」


 俺はその言葉に疑問の声が漏れた。


 なんで……? いろいろ聞くことがあるんじゃないのか?


「ん? なんだ、聞かないことがそんなにおかしいか?」


 俺の心の声が聞こえたのか、親父は軽く笑いながらそう言う。


「いや、まあ……」

「確かになんで知っていたのかとか気になるが……聞かれたくないことなんだろ? 顔に書いてある」


 俺の顔ってそんなに出やすいのか……?

 まさかそんなことに気づかれるとは思っていなかった。


「お前がいなかったら村は壊滅していた。だから問い詰めたりはしない。村を救ったお前にそんなことしたら、セレナになんて言われるか……」


 親父は想像してしまったのか、少し身を震わす。


 親父……やっぱり母さんには勝てないんだな。


「だが知っていたなら俺やセレナ、それかティナちゃんぐらいには言って欲しかった。突然村が襲われると言っても村のやつは信じないかもしれないが、俺達はお前が本気で言ってるってわかったら信じるぞ」


 親父は少し説教気味に、しかしとても優しく俺にそう言ってくれた。


 そうか……絶対に信じてもらえないと思っていたから言わなかったが、親父達には言うべきだったのかな。

 そう思うと、ティナとかは俺が本気で伝えれば、村が襲われるというそんな突拍子もないことを信じてくれるような気がする。


「……ありがとう、親父」

「おう、俺はお前の親父だからな」


 そう言うと親父は立ち上がってテーブルを回って俺の方に来て、座っている俺の頭を力強く撫でてから外へと出かける。


 ……久しぶりに親父に撫でられてとても懐かしく感じた。

 それと同時に、頭から感じた親父の手の大きさや体温が俺に安心を与えてくれる。


 やっぱり親父は頼りになると、改めて思った。


「お茶入ったわよ〜。あら、あの人は?」

「……あっ」


 母さんがお茶を汲んで戻って来たが……親父は今出て行ったばかり。


 親父……母さんがお茶を持ってくることを忘れてたな。


 格好つけようとして出て行ったんだろうが……最後の最後で格好がつかなかったな、親父。


 俺はそんなことを考えながら、母さんが用意してくれたお茶を一緒にテーブルに座って飲んだ。



「エリックちゃん……騎士団に入るために王都に行くんでしょ?」


 お茶を飲んで少し間を置いてから、母さんが話しかけてくる。


「そうだよ」

「ティナちゃんはどうするの?」


 俺はまたもや回答に困る質問が来て、息が詰まる思いをする。


「ティナちゃんとエリックちゃん、すごい仲良しでしょ? エリックちゃんがいきなり王都に行くってなったら、ティナちゃんすごい悲しむんじゃないかな……」


 母さんも少し話しづらそうに、ティナのことを思って悲しそうな顔をしていた。


「……うん。ティナと離れるのは悲しいけど……決めたことだから」

「……そう、それなら私は何も言わないわ。ティナちゃんとちゃんと話して、後悔のないようにしてね」

「わかった、ありがとう母さん」


 俺とティナのことを心配して言ってくれた母さんに礼を言って、俺は立ち上がる。


 俺が今から出かけると伝えると、母さんは察したように優しい笑顔をして見送ってくれた。



 俺は家を出ると、ティナを探した。

 隣の家がティナの家だけど、ティナのお母さんに聞いた話だとまだ帰ってきてないらしい。


 俺はティナと一緒にいつも行っている訓練の場所や、畑などを村を見て回ったが、ティナの姿が見えない。


「どこにいるんだ……?」


 村の人にもティナを見たかと聞いても、誰も見てないと言う。


 最後に見たのは、親父たちが王都から帰ってきて道具などを配って皆んなが貰って喜んでいる時だ。


 俺はそのあとすぐにイェレさん達と家に帰って、話をしたが……ティナはどこに行ったんだ?


 あと探してないところは……もしかして森か?


 森だったとしたら早く探しに行かないといけない。

 魔物の襲撃があって、多くの魔物を殺したから森にいる魔物は少なくなっている。

 だが、もう一週間ほど経ったので少しずつ魔物が見えてきている。


 ティナの魔法の実力があれば、油断とかをしなければ万が一にも死なないが……それでも不安だ。


 俺は森へと走って行き、村を中心に回るように森を見て行った。


 どこだ……?

 森にいないならいいが、村のいないとなると森以外にティナがいると思われる場所はない。


 しばらく走って探していると、奥の方から人影が見えた。


 ここら辺は多分、俺がフェリクスを埋めた場所だからイェレさんと部下の人達がいるんだろう。


 そうだ、ティナを見なかったか聞いてみよう。もしかしたらティナの姿を見ているかもしれない。


 そう思って人影の方へ走って向かう。


 木の隙間からイェレさん達を見つけて声をかけようとしたその時――。


「――はぁ?」


 俺は目を疑う光景に遭遇した。


 イェレさんは剣を抜いていて、その周りでなぜか部下の人達が倒れている。


 そして――イェレさんが立っている地面の足下にはティナが倒れている。



 そのティナに――イェレさんが剣を振り下ろそうとしているという光景であった。

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