第23話 人生の転機


 三日ほど前から親父や狩人の皆んなが、魔物の素材を街に売りに行っている。


 街の名前は王都ベゴニア。

 そう、あのフェリクスが堕とそうしていた国の首都である。


 俺は知らなかったが、そこの街には何回も魔物の素材を売りに行っているらしい。

 前世の頃も多分その街へ素材を売りに行っていたはずなのに、なんで俺はベゴニア王国という国の名前すら知らなかったのか……。

 馬鹿なんだな、俺は。


 そして今日、親父たちが帰ってくるはずだ。

 魔物の素材を売った金で、良い道具など便利な物を買ってきてくれると村の皆んなが親父たちに期待している。


 この村から南へ一キロほど離れたところに、その王都へ続く一本道がある。

 そこへ村にいる馬を連れていき、ようやく馬に乗って王都へと走り出し、約二時間ほどで王都へと着く。


 そして帰ってくるときは荷物を運んでくるので行きより時間がかかるが、今回は魔物の素材を多く持って行ったので行きも帰りもとても時間がかかるはずだ。


 いつもなら一日か二日ほどで帰ってくるが、今回は余裕を持って三日ほどで帰ってくると言っていた。



 俺やティナ、村の皆んなは畑を耕しながら親父たちが帰ってくるのを待っていた。


 そして――。


「皆んな、帰ってきたぞぉ!」


 南の方から親父の大声が村中に響き渡る。


「エリック! おじさん帰ってきたよ!」

「ああ、聞こえてるよ」


 ティナは嬉しそうな顔をして俺の方に振り向いて伝えてくる。


 あんな大声聞き逃したら、それこそ耳がどうかしてる。


 ティナは走って声がした方へ行ったが、俺は鍬くわを静かに置いて歩いてそっちの方向へと向かった。

 何人かの走っている村の人に、後ろから追い抜かされる。


 歩いて皆んなのところに着くと、親父たちが持って帰ってきた荷物に人が群がっていた。


「おー、これこれ! 最近これが壊れて困ってたんだ!」

「これも買えたの!? 嬉しい! これがあれば楽に仕事が出来るわ!」


 村の皆んなが各々、自分が親父たちに頼んだ物を貰ってとても嬉しがっている。


 嬉しそうな顔の人が多いので、今回の魔物の素材はとても高く売れて、良い道具を買えたんだろうな。


「はっはっは! 喜んでもらえて何よりだ!」


 親父も豪快に笑って皆んなの様子を眺めている。


 ……いや、親父たちが持ち帰ってきたものに目が行くのはわかるが。


「親父の後ろの人たちは誰だ?」


 親父の周りには狩人の仲間の人達がいるが、その後ろ。

 村の皆んなが盛り上がりすぎて、少し引いている見慣れない人達がいる。


「やったー! 包丁も新しいの買ってもらえた!」


 ティナも親父に買ってもらえたものをもらって喜んでいる。

 いや、喜んでいる姿は可愛いと思うが後ろにいる人達に気づいてあげて。


「親父、そこの人達は?」


 多分村の皆んなはこのまま行くと誰も気づかないから、俺が親父にそう問いかける。


「あっ、忘れていた」


 親父は俺の問いでハッと気づいたように後ろを振り返って軽く頭を下げる。

 ……親父も完全に忘れていたらしい。


「エリック、この人達はお前に用があるらしい」

「えっ、俺に?」


 親父にそう言われて改めて後ろにいる人達を見る。


 三人ほどいて、二人は甲冑かっちゅうを着て兜かぶとまで被っている。

 だがここまでの道を考えてなのか、少し身軽な甲冑である。

 その二人は村の皆んなの様子に戸惑っている。


 そしてもう一人、その人は甲冑など着てなくてとても身軽そうで、服も他の二人より少し高価そうなものである。

 金髪でサラサラしている髪を後ろで軽く縛っている。

 顔は整っているが、無表情なので少し怖い印象がある。


 そして何より――他の二人と雰囲気が違う。


 あの雰囲気は前世の頃、何度も見てきた――強者のみが出せるものだ。


「君が、ディアン殿が仰っていたエリック殿でしょうか?」


 その金髪の人が、俺に丁寧な言葉遣いでそう問いかけてきた。


「そうですが……あなた達は?」


 俺が質問に答え、さらに問いかける。


「申し遅れました。私の名はイェレミアス・アスタラ。気軽にイェレとお呼びください。後ろにいる二人は私の部下です」


 甲冑を着た二人は俺に向かって敬礼をする。

 俺は少し戸惑いながらも軽く会釈をする。


「はぁ……それで、イェレさんは俺に何の用でしょうか?」


 イェレと名乗ったその人は、なおも無表情で真面目な顔で言う。


「少し確認したいことと……それとお話ししたいことがありまして」

「そうですか……ここでは落ち着いてお話し出来ないので、家に来ますか?」

「それはとてもありがたいです。お言葉に甘えさせていただきます」


 俺はイェレさん、そして部下の二人と共に家に向かう。

 ティナはまだ親父たちが持って帰って来たものを見て興奮しているので、置いて行くことにした。


 俺の家に着き、玄関のドアを開ける。


「ただいま」

「おかえりなさい、エリックちゃん。あら、その方達は?」


 家には母さんがいて、俺の後ろについてきたイェレさんたちのことを聞いてくる。


「なんか俺に用事があるらしくて、王都から来た人達」

「あら、そうなの?」

「突然お邪魔して申し訳ござません。イェレミアス・アスタラと申します」

「あらあら、ご丁寧にどうも。エリックちゃんの母のセレナと言います」

「エリック殿の母上殿でしたか。お若いので姉上殿かと思ってしまいました」

「うふふ、お上手ですね」


 ……なんか目の前で社交辞令のようなものが始まった。


 イェレさん、褒めるなら少しは笑顔作ればいいのに……ずっと無表情じゃ怖いよ。


 部下の人達も家の中に通し、リビングで俺とイェレさんが向かい合わせで座る。

 イェレさんの後ろに部下の人が立っている。


「すみません、粗茶ですが」

「いえ、ありがとうございます」


 イェレさんと、部下の二人の分、あと俺の分のお茶を母さんが出してくれた。

 後ろで立っている人に手渡しした時に、二人とも俺の母さんに見惚れていたような気がする。

 まあ、母さんはさっきイェレさんが言った社交辞令がマジで通じるぐらい若い見た目だし、親父にはもったいないくらい綺麗な人だとは思うが……。


「エリック殿、早速本題に入ってもいいでしょうか?」

「はい、お願いします」


 面と向かって喋るとやはり威厳を感じさせるイェレさんは、話を切り出す。


「まず、私たちがここに来た経緯はエリック殿の父上殿が、ベゴニア王国のあるお店で魔物の素材を売っていたところを見たからです」

「素材を売ってるところを……?」

「はい、我々騎士団は一週間ほど前にこの森で不自然な魔物の動きを確認しました。そしてディアン殿がこの村の方だと存じていたので、話を聞いた次第です」


 なるほど……一週間前の魔物の動きと言うと、フェリクスがこの村を襲うためにやったやつだな。


 しかし、今聞き捨てなれない言葉が聞こえたぞ……。


「あの、話の腰を折るようですみませんが……騎士団とは?」

「あ、申し訳ありません。まだ話していませんでした。私、ベゴニア王国騎士団、団長を務めております」


 想像以上に凄い人だった。


 え、王国の騎士団で一番偉い人ってことだよな?


 雰囲気で強いとは感じ取っていたが……騎士団団長ともなれば、そりゃ強いに決まっているか。


「騎士団では森の魔物の動きの意図などがわからなかったので、この村に住んでいらっしゃるディアン殿に話を聞いたのです」


 まあ、親父は何回も王都に魔物の素材を売りに行っているらしいから、この村に住んでいると知ってもおかしくないか。


「話を聞くと、この村に魔物の群れが襲ってきたということで……我が国の国土内のことであったのに、そのようなことが起こってるのを知りもしないでいたことを、謝罪させてください」


 イェレさんは椅子に座ったまま、テーブルに頭がつくのではないかというほど頭を下げる。

 後ろの部下の二人も、背中を腰から曲げて深々と謝罪をしている。


「あ、いえ、大丈夫です。誰も死んでないので」


 俺の言葉は「誰かが死んでいたら、恨んでいた」と伝わるかもしれないが、まあその通りなので訂正しない。


 俺の言葉の裏の意味を受け取ったのかわからないが、イェレさんは頭を上げる。


「本当に申し訳なく思います。このようなことがもう起こらないよう、エリック殿にお話をお聞かせ願いたいのです」


 イェレさんは無表情ながらも少し悔しそうな顔をしていた。


 その顔を見て、俺は本当にこの人は自分の無力を情けなく思ってるのだと感じた。

 俺も――前世では何度も何度も打ちのめされたので、イェレさんが自分を責めているとなんとなくわかる。


「わかりました。でも、何を話せば?」

「ありがとうございます。では、魔物の不自然な動きに何か心当たりなどはありますか?」


 早速話の核心を捉える質問をしてきたイェレさん。


「そうですね……心当たりは、あります。というか、今回の魔物の暴走スタンピートの理由を知っています」


 多分、この人は親父にも話は聞いたと思うが親父はそれを知らない。

 俺だけがフェリクスがこの騒動を起こしたということを知っているのだ。


「なんと……! 理由とはなんでしょうか?」


 俺が理由を知っているとは思わなかったのか、驚いた様子で聞いてくる。


 俺はある男がこの村を襲って滅ぼした後、ここを拠点としてベゴニア王国を堕とそうとしていたということを話す。


「そう、だったのですか……!」


 俺の話を聞いてイェレさんは目を見開いて驚いている。

 いきなり、自分が仕えている国が襲われそうになっていたと聞いたら驚くに決まっている。

 後ろの人達も戸惑っているのが目に見える。


「ある男、とはディアン殿に聞いたのですが、エリック殿が倒した男ということでしょうか?」

「はい、そうです」

「その男は何者なのでしょうか?」

「フェリクス・グラジオという魔族の男です。ハルジオン王国の次期国王と名乗ってました」


 俺はあいつが言っていたことを思い出しながら伝える。


 すると、イェレさんは今まで無表情を貫いてきたのを崩すほど驚いた顔をする。


「フェリクス・グラジオ……!? その名は本当でしょうか!?」

「え、あ、はい。そうですが……」


 イェレさんの必死さに少し俺は戸惑いながらも応える。


 俺の応えを聞いて少し落ち着いて、考え込むイェレさん。


「……その者を確認したいのですが、大丈夫でしょうか?」

「死体があるので、それでよければ……」


 魔物の死体は処理したが、あいつの死体はまだ処理していなかった。

 一応人の死体なので、扱いに困っていたのだ。


「ありがとうございます、あとで確認させてもらいます」

「はい……」


 一度話が途切れ、俺とイェレさんはお茶に飲んで喉を潤す。


「話は変わりますが、エリック殿に私から頼みたいことがあるのです」

「……なんですか?」


 また真面目な雰囲気でそう切り出してくるイェレさん。

 俺は緊張しながらも話を聞く。



「我がベゴニア王国騎士団に――入団して頂きたいのです」

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