一夜明けて

 戦いが終わって解放されると、俺たちはすぐに宿に帰って就寝。

 気絶したまま放置しておいたとフィーナが教えてくれた魔女っ娘と変態忍者が少し気掛かりではあったけど、忍者の方は露出狂として無事に兵士に捕まったらしいので安心して眠りに就くことが出来た。


 翌朝。どういうわけか忍者マサユキが宿に俺たちを迎えに来てしまう。

 何事もなかったのように元気に「こんにちは」と挨拶をしてきたマサユキは、朝だから「おはようございます」じゃないのか、という俺のツッコミも無視してメアリーが待っているからついて来て欲しいと言い出した。


「まあ、一日自由に使うくらいは問題ないでしょう。急ぎ足ではあったものの、厳密に日程の決まっている旅ではありませんから」


 メアリーのいる城まで向かう道すがら、ライラがそんな風に語る。


 街の端にある小高い丘の上にそびえ立つガルド王城は、頑丈な石造りの城だ。両開きの扉を開けて中に入る。


 魔石の入ったシャンデリアに照らされた大理石の床は煌々と光を放ち、朝にも関わらず、内部が外よりも明るいような錯覚を起こさせた。


 マサユキは寄り道もせず城の内部を紹介するでもなく、そのまますぐにメアリーの居室へと案内してくれる。


 ちなみに、ここまでの道中、フィーナは警戒心もあらわに変態忍者をじっと睨み続けていた。今日はさすがに忍び装束の下半身部分だけ破れているということはないけど、まあ無理もないわな。


「メアリー様、『フルーツ畑のわんちゃん』とフィーナ様一行をお連れしました」

「ご苦労様。昨夜は楽しかったわね、『フルーツ畑のわんちゃん』?」

「ラスナでいいよ。その名前で呼ばれるの普通に恥ずかしくなってきたわ」


 メアリーの部屋には他に、ミリアムという名前らしい魔女っ娘と、モルグスと言う名前だと判明したずんぐりむっくりのノームみたいなやつがいた。


「それで、ガイアのお告げが天界中に広まってるってのはまあわかるんだけど、俺がラスナだってわかったのは何でなんだ?」

「あら、あなた本気で言っているの?変な魔道具を横に連れて歩く、ヴァレンティア王家のフィーナちゃんと一緒の男と来たら、普通は噂に聞くヴァレンティアの候補者じゃないかと勘繰るのはむしろ普通だと思うけれど。一昨日の夜に街を偵察していたそこのマサユキから報告があったわ」


 なるほどな、それもそうか……。リオクライドについた当日の夜に俺たちは姿を見られていたと。いやでも、いきなり喧嘩をふっかけなくてもいいだろ。暇を持て余した王女様にも困ったもんだ……。


「フィーナちゃんも久しぶりね。やっぱりうちの三バカじゃまるで相手にならなかったみたいね」


 天界では王家同士の交流がそこそこに行われているらしく、特に隣国の一つであるガルドは定期的に食事会などが催されているそうだ。そのため、フィーナは以前からメアリーや三バカと面識がある。


「うん、久しぶりメアリーちゃん。そんなことより、いつからマサユキは露出狂の変態になったの?」

「ああ、あれね。昨日の夜、どこかから帰ってきたあなたたちを見つけて私に報告しにきてくれたんだけど、またあなたたちのところに戻るときに、急ぎ過ぎてどこかの建物に服をひっかけて破いちゃったらしいわ。悪気はないみたいだから、許してあげてね」

「……本当に?」


 フィーナはマサユキをじっと睨んでいる。でも、マサユキは微動だにせずに言い放った。


「本当でござる」


 ござるという語尾のせいか、余計に疑わしく聞こえてしまうのは俺だけなのだろうか。昨日の、下半身だけ露出していてパンツ一枚という登場シーンが鮮烈だったせいで、ついこの忍者を警戒してしまうのはフィーナだけではないらしい。


 忍者はともかく、メアリーは悪いやつじゃなかった。まだ知りあったばかりではあるけど、はっきりしている性格が俺としては好印象で、打ち解けながらガルド国について色んなことを教えてもらうことになる。そういった世間話などをしていると、早めの昼食をみんなでいただくことになった。


 食堂らしき部屋に行くと、綺麗に皿の上に盛られた豪華な料理がテーブルを埋めるように並べられている。ヴァレンティア王家は日頃からあまり贅沢などはできないので、これにはフィーナとライラが結構喜んでいた。

 

 それとは対照的に俺は食べ物にはあまり興味がない。とりあえず天チキを定期的に食えればいいぐらいだ。そういえばマダラシティを出た後は一枚も食ってないから、そろそろ食わないと禁断症状が出るかもな。

 

 同じくボブも食べ物にはあまり興味がないらしく、モルグスとヒップホップについて熱く語り合っていた。この旅も終盤に来ているはずなんだけど、未だにボブのことが良くわからない。


 俺はとりあえずその辺にある肉を手に取って食べながら、メアリーに七か国戦争について聞いてみることにした。


「なあメアリー、七か国戦争って具体的にはどうやって戦うんだ?」

「あら、そんなことも知らないの?」

「ヴァレンティアの国民にはこれまで全く関係のないことだったからな。特別に興味を持っているやつとかじゃないと知らないと思うぞ」


 言ってしまえば、七か国戦争に興味を持つヴァレンティア国民というのは、他の国で行われているスポーツのリーグ戦を観戦するもの好きのようなものだ。いるにはいるけど、そこまで多くはない。


「そんなものかしら。まあいいわ。場所はアリアス。細かいルールは毎年連合評議会が決めているけど、基本は一対一のトーナメント形式よ。大会期間中だけ特別にアリアスへのカメラなどの撮影機器の持ち込みが許可されて盛大に行われるわ。まあ、戦争を禁止する代わりの殺し合いなのだから当然と言えば当然かしら」


 アリアスってのは、マダラシティの北にある都市だ。闘技場のような多目的競技場があって、大きいものが一つと小さいものが二つ。スポーツの祭典なんかがよく催されているのが特徴となっている。


「なるほどな。去年の優勝者はどこ、というか誰だったんだ?」

「リオハルト王国の王子、レオン=リオハルトよ」

「レオン=リオハルト……そうか。他の国の代表者ってのは決まってるのか?」

「まだなとこがほとんどじゃない?でもまあ、正式に決まってないだけで、勝ち抜き戦でもやって選別していない限りは、大体は王族が選ばれるわ。国の威信をかけて戦う大会に一般市民は出しづらいし、元から各国の王族ってのは魔法の素質がある人がほとんどで強いからね」


 天界の王族が強いというのは有名な話なんだけど、これには理由がある。今のメアリーの言い方は少し正確じゃなくて、実際には天界に移り住んだ人類が各国の初代王族を決める際に、要は「戦ってみて一番強いやつが王族」というやり方で決めたらしい。

 つまり、王族に魔法の素質があって強いんじゃなくて、魔法の素質があって強い一族が王族になったってこと。


「なるほどな。大体わかったよ、ありがとう。いや、出発前に王家の人たちに詳しいことを聞き忘れちゃってな」

「あんたの方こそ色々教えなさいよ。あんた何者なの?いきなりヴァレンティアの代表に選ばれたにしては魔力が高いわけでもないし、あの戦い方とか技術はどこで身に付けたのよ?あんなの初めて見たわ」


 そう聞かれて、俺はこれまでの経緯を話した。

 生まれつき魔法が使えないこと、だから剣を使った戦闘の技術を必死に磨いたこと、そこに目を付けられてガイアにクロスを与えられてヴァレンティアの代表者にさせられたこと。でも、ガイアとの『ゲーム』をやっていることだけは、あいつとの約束だから話せなかった。


「ふ~ん、ちょうどルドラ様のところに行って来た帰りで、だから風魔法だけは使えたのね。じゃあタイミング的にはバッチリだったわ」


 これは、全く魔法の使えない状態の俺と戦っても面白くなかった、という意味だろう。話していてわかったことだけど、メアリーはガイアと少し似ている。いつも刺激を欲していて、面白いもの、自分の退屈を紛らわせてくれるものが大好きみたいだ。


「まあ、がっかりはさせなかったみたいで良かったよ。俺はわかんないことも多いし、仲良くしてくれよな」

「ええ、もちろんそのつもりよ」


 そういってメアリーは俺に近寄ると、俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。あらまあ積極的ね。

 そのとき、どこからかガシャーンと音がしたので振り向くと、こちらを見ていたフィーナが手に持っていた皿を落としたところで、驚いた表情のまま目を見開き、口を開けてこちらを見つめている。


「ヴァレンティアの代表があなたみたいな人で良かったわ。優等生で強いだけのつまらないリオハルトの王子と比べれば随分と私好みよ」

「ちょ、ちょっと……」

「あら動揺しちゃって。可愛いのね。これからはちょくちょくマダラシティに遊びに行くからよろしくね」


 これはやばい。腕に何か柔らかいものが……ウホホッ。思考も何だかゴリラになりかけている気がするし……ウホッ。ウホホッ?


 もうすぐ完全にゴリラになろうかというそのとき、俺は魔法の気配を察知した。しかし、メアリーに腕を取られて動けなかった俺はそれを避けれず、次の瞬間には身体が宙を舞っていた。


「ウッホホ!?」


 後方に吹き飛ばされた俺は調度品などに激突し、大きな音が部屋に響く。メイドさんたちからも悲鳴があがった。えっ何?


 辺りを見回すと、フィーナがこちらに向かって手をかざしている。どうやら俺に爆発魔法を撃ったらしい。威力は弱めてあるみたいだけど結構痛い。何してくれてんのこの子……。


「お兄ちゃんから離れてよ!お兄ちゃんにはお姉ちゃんがいるんだから!」

「へえ~あの実は人見知りの激しいフィーナちゃんがお兄ちゃん……ねえ?随分と仲良しみたいだけど」


 メアリーは不敵な笑みを浮かべ、随分と挑発的な態度を取っている。いや、ていうか何で俺が吹き飛ばされたの?


「お兄ちゃんもお兄ちゃんよ。知り合ったばかりのメアリーちゃんにデレデレしちゃって……お姉ちゃんに言いつけるから!」

「あら、ラスナはスノウちゃんとお付き合いしてるの?」

「そ、それはまだだけどっ……とにかくダメはものはダメ!」

「じゃあ別にいいじゃない。何をそんなに興奮してるの?それとも、私とラスナが仲良くしたら困る理由が他にもあるのかしら?」

「うう~……」


 フィーナはそう唸るだけで何も言えなくなってしまった。良くわからんけどこりゃメアリーの方が一枚上手って感じだな。


 その後、フィーナはライラに宥められて何とか機嫌を直し、食事は続く。ちなみにこの一連の騒動の間、ボブとモルグスはこちらを見向きもせずにヒップホップ談議に夢中で、食事が終わった直後、メイドさんたちが食器やらを片付け終わると、食堂では二人のフリースタイルによるバトルが繰り広げられた。


 それからまたメアリーの部屋で色々と話し込む。窓から差し込む光が茜色に染まりだすと、俺たちは話を切り上げて宿に戻る。城を出る際に、なぜか「親愛の証」だとか言ってマサユキから、あいつが着てるのと似たような忍び装束を渡された。本人の目の前で捨てるわけにもいかなかったので、渋々持ち帰ることにする。


 翌朝になると早々に馬車に乗り込み、リオクライドを後にした俺たちはマダラシティへの帰路に就いた。


 夜には中継地点であるサントの街について宿を取ったんだけど、そこで俺はまたあの声に呼ばれ、夢の中で数日ぶりに変なおっさんに会うはめになった。

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