悩める青年
ライブが終わった後は一旦控室に言ってユキを労い、それから着替えやら何やらが終わるまで、会場のスタッフさんの撤収作業やらを手伝う。ユキは、最後の曲が終わった直後のドレス姿でとても綺麗だったので、話すのに少しだけ緊張した。
それから、バスの時間ぎりぎりまでユキに頼まれて打ち上げに付き添う。俺と一緒に離脱したユキをホテルの部屋まで送って、俺の今日の仕事は終わり。警備と肉体労働ばかりのビットに比べりゃ楽なもんだ。あいつには撤収作業を手伝った際に会ったけど、明日は筋肉痛だとぼやいていたからな。
気づけば夜の十二時を回っていた。
バスに乗る前にコンビニに寄る。打ち上げってのはろくに飯が食えないから腹が減ってしまう。
「ゴシンキイチメイサマゴライテンデェス!」「ッシャッセェェェ!」
居酒屋の店員モードか……。
全自動店員ロボには、モード切替というぶっちゃけ必要のない、遊び心に溢れた機能が搭載されている。
まあ、これは理解できないこともない。どこに行っても、いかにもロボという外見をした店員が、毎日同じセリフばかり言ってたら息が詰まるからな。
「何だ、この時間に帰りとは、雑用にしては随分と早いではないか」
「憎まれ口しか叩けないのかよ……」
ソドムのおっさんだ。さすがに街中ではやり合えないので、会うとこういうことばかり言ってくる。逆に俺のこと好きなんじゃないかと思ってしまう。
「おっさんこそ打ち上げ会場の護衛があるだろ。こんなとこに居ていいのかよ」
「部下に任せて小休憩中だ」
そう言うと棚からガバガバと商品を手に取っていくおっさん。
「おいおっさん」
「何だ。気安く話しかけるな」
最初に話しかけてきたのはおめーだろうが……。
「カゴ使えよ」
「お前と違って暇ではないのでな。スピード重視の買い物だ」
「はあ」
カゴを使わない=スピード重視ではないと思うんですけど。
おっさんはそのままレジへと向かった。
いるよな、コンビニでカゴを使わずに、商品をジェンガみたいにしてレジに持っていくやつ。レジうつのが全自動店員ロボなら関係ないかもしれないけど。
あっ、ロボがアームで商品取ろうとしたら崩れた。おっさんキレてる。ただのクレーマーじゃねーか。ああはなりたくないもんだな……。
「イチメイサマオカエリデェス!」「ッシタアアアァァァ!!!!」
うん、元気なのはいいことだ。
外で買ったものを食べると、ちょうどバスが来る時間になった。
流れていくマダラシティの夜景をバスの窓から眺めながら、帰路に就く。
もう深夜になるというのに、ぽつぽつと明かりがついている様子には、現代的なコンクリートのビルにも、中世ヨーロッパ風の家屋にも変わりはなかった。
太陽からの恵みが途絶え、月明かりだけになった街中で、いびつながらもそうやって何だかんだで共存する建物たちを見るのは、決して悪い気分じゃない。
乗り換えのために『
◇ ◇ ◇
家に帰ると、時計は午前二時半頃をさしていた。
荷物を降ろし、スマホを取り出して色々と確認する作業。ユキに「スマホ、ちゃんと見てね」って言われちゃったしな。
まずRINE。おっ、ユキから何か来てる。どれどれ……
「ユキ:今日はありがとう。打ち上げまで付き添ってもらってごめんね。気をつけて帰ってね」
マメだなあ。ホテルでばいばいをしてから割とすぐの時間だ。
女の子からのメールとかチャットって自然と心が弾んでしまう。
ライブが良かったことを伝えたいんだけど、ただ「ライブ良かったよ」と言うのはあまり好きじゃない。上っ面で適当な感想という感じがするからだ。少し上から目線だなと思う人もいるだろうし。
でもなあ、拙者、口下手ですから……。
「自分:俺がやりたくてやってることだし、気にするなよ。それと、今日のライブはすごく感動した。歌も上手かったし、最後の曲の間奏の盛り上がりも、何だかグッときた。衣装も似合ってたよ」
長いうえにグダグダだな……。しかも衣装が似合ってたとか言ってしまった。恥ずかしい!直接だと絶対に言えない!フッフゥ↑!
返事は、少し間を空けてから返ってきた。
「ユキ:ありがとう。そう言ってもらえて、嬉しい。それじゃあ今日は眠いからもう寝るね。おやすみ」
うむ。ま、こんなもんか……。「おやすみ」、っと……。
もう一つチャットが来てんな。
「クラウド:スノウちゃんからIDを聞きました。今日の分の口止め料、送っておくのでよろしくぅ!」
いらないんだけどな……。ま、まあユキの画像なら?し、仕方なく、仕方なく!もらってやらんこともないけど?
添付された画像を開くと、クラウドの自撮りが画面に表示された。
…………。
削除っと……。
次はTyoritter(チョリッター)のチェックだ。
Tyoritterは、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)と呼ばれる、インターネット上でユーザー同士がコミュニケーションを取るためのサービスの一つだ。
もっともTyoritterは正確にはSNSではないとされているが、その辺の詳しい話は今は置いておく。
Tyoritterはマイクロブログという、スマホの一画面に収まる程度の文字数と画像を投稿できるタイプのSNSだ。一般人はもちろん、著名人でも、自分の仕事の宣伝のために利用している人は多い。他のSNSと比べると、音楽や漫画、絵など、何か一つの趣味に特化した人たちが、情報収集のツールとして利用することが多いのも特徴の一つだ。
ユキも、事務所の言いつけにより、アカウントを作っている。
仕事のために必要なときもあるので、俺もアカウントは持っている。もちろんユキのアカウントもフォローしてある。
スマホ用のアプリ版を起動すると、お馴染みの「いよっ」と挨拶をしている感じの右手のマークが浮かび上がり、フォローしている人たちの投稿がずらっと並ぶ、タイムラインが現れる。
どれどれ、ユキの投稿は、と……。
「スノウ=ヴァレンティア:おはようございます。本日はスーパーアリーナでのライブです。お越しいただくみなさま、会場まで事故などに遭わないよう、気をつけていらしてくださいね」
真面目だな。らしいと言えばらしい。
「スノウ=ヴァレンティア:スーパーアリーナ、ありがとうございました!衣装が豪華でびっくりしたけど、とても楽しかったです。お帰りの際も、怪我などしないように気をつけてくださいね」
その投稿には最後の曲のときに着ていた、ドレス姿での自撮り画像が載せられている。こっ、これは……。保存しました。
俺きもいな……。ユキにはばれないようにしないと……。
他にも知人の投稿をチェックしてみる。
「ビット:今日はスノウ様のライブ会場で警備や雑用の仕事します!報酬はしょっぱいけど、スノウ様が間近で見れるし楽しみ!」
「ビット:やっと終わったぁ……。めっちゃ疲れたけど、スノウ様、超かわいかった!帰って寝まーす」
お疲れ。「お疲れ」ってコメントしといた。リプライとも言う。
「クラウド:スノウちゃんなーーーーーーーーーーーーう!!!!」
何やってんだこのおっさん……。自分のデジカメで撮った画像載せてやがる。撮影禁止なのに自分で撮影したのばればれじゃねえか!やめろ!
まあ、この程度なら撮影係から画像を貰ったってことで何とか誤魔化せるか。
「フィーナ=ヴァレンティア:好きな人と一緒にランチ。幸せ」
出た。いるんだよ……。思わせぶりな投稿をして楽しむやつ。何が狙いかは人それぞれみたいだけど。
ちなみにこのフィーナ=ヴァレンティアってのはユキの妹だ。つまりヴァレンティア王家の第二王女ってことになる。アイドルはやってないけど、第二王女だし見てくれもいいので、ユキには及ばずとも結構な人気がある。
この「好きな人」ってのは多分だけど高校の女友達とかだからな。俺は別に男とかでも構わないんだけど、これ見てファンのおたくとかが興奮するからみてて鬱陶しいことこの上ない。
ほら見ろ、コメント欄にどこぞのおたくが「彼氏いるの?」とか書き込んでんじゃねーか。いてもお前にゃ関係ないだろ。
一通りチェックが終わると、シャワーも浴びずにごろんとベッドに横になる。
天井を見つめながら、ユキのアイドル業を何とかしてやれないかと、俺なりに考えてみることにする。
ユキがアイドルをやめるには、それに見合う収入が必要だ。
当然、俺の収入ではそれをカバーすることはできない。
冒険者の仕事でも多額の報酬を得ることは可能だが、俺は魔法が使えないので、あまりでかい仕事はこなせない。当然俺宛の依頼なんてものも来ない。
そんなに強くない危険動物を駆除したり捕獲したりする仕事はできるが、あまり報酬は高くない。報酬が高い仕事と言えば、大型の危険動物の討伐、捕獲になるんだけど、魔法が使えないと厳しいことが多い。ソロでは無理だし、集団でやるにしても魔法を使っての連携が必須だ。当然俺はお呼びじゃない。
要人の護衛や暗殺者の捕縛なんてのも報酬は高いが、もうわかってると思う。俺にはそんな仕事はやらせてもらえない。まず依頼主が嫌がる。
商社で働くか……?無理だなあ。雇ってもらえたとして、ユキの収入をカバーできるほどの収入は得られないだろう。俺の性にも合ってない。
自分で商売を始める。もっと無理だ。そのための資金がないし、経営のための知識だって、俺には足りない。
どうしようもねえな……。
ちらっと、壁に立てかけてある愛用の剣を見つめる。
せめて魔法さえ使えれば。
誰にだって勝てるし、何だってできる自信があるのに。
神様ってのは、肝心なところで役にたたないよな。
今まで魔法が使えなかったことを、そこまで気にしたことはなかった。
バカにされて悔しかったけど、バカにしてきたやつらはほとんど倒せたし、悔しさがなければ剣の腕を磨くこともなかっただろう。
魔法が使えなかったから、今の俺がある。
でも……。今の俺じゃ、ユキの力にはなれない。それが歯がゆい。
そんなことを考えていると、俺の意識はいつの間にか闇に沈んでいった。
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