朱に染まるとき

山羊のシモン(旧fnro)

朱に染まるとき

 歴史は繰り返す──時は第三次世界大戦。そう、新たな戦争が勃発していた。

 この時代になると情報戦の色合いが強くなる。各種システムへのクラッキングにスパイといった内容がメインだ。白兵戦を仕掛けたり仕掛けられたりといったこともほとんどない。あるとすれば、大将を暗殺するかどうかといった程度だ。つまり、暗殺部隊はあれど組織だった大規模な軍隊など不要というわけである。


 しかし、肉弾戦を好む輩はいつの時代でも存在する。純粋な力による打開を図ろうとする一派だ。

 時の司令部からは邪魔者扱いされ、時として反逆の徒と言われることすらあった。一般人はこの大戦の事実は知っていても、直接は手を下すわけでも参加するわけでもないため、この一派は異様に映る。


「何故このような冷たい目で見られなければならないんだ」


 電気を消し、蝋燭の灯の下に集まり会合を開いていた。自意識過剰と言われてはそれまでだが、彼らの矜持がこうせざるを得ない。


「情報が全てなど甚だおかしい」

「暗殺部隊があるのだから、我らを利用してくれればいいのに」


 そういった愚痴ばかりが零れるのはいつものことだ。

 しかし、こういうごっこ遊びに等しいことで自身のプライドを保っていることに役立っているのもまた事実。集まって作戦会議という名の夕食を採ることも一概に悪いとは言えないのかもしれない。


「司令はどうお考えなのですか」

「敵国に行こうにも渡航制限で海を渡れない。どうにかして各国へ忍び込むことさえできたら──」


 司令と呼ばれた男は少し目を宙に漂わせる。

 わかっているのだ、自分たちの力は大したものではないということを。非力でただ粋がっているだけということを。それでも集ってくれている者達に何らかの回答をしないと示しがつかない。こうしていつも理由を探してはその所為にする。

 他の者もこう返ってくることを知ってて不満をぶつける。憂さ晴らしみたいなものであり、決定的な打開策を期待しているわけではなかった。


 勿論日々の鍛練すらしていないというわけではないが、この大戦からしたら最弱部隊と言えよう──いや、部隊とすら認識されていない。


「次に集まるのは、都心にある○○ビルにしよう」


 司令は唐突に次回の会合場所を指定した。

 いつもは郊外の寂れた一軒家に集うのに、シックで立派はビルとはどうしたのかとメンバーは首を傾げる。目立たないようにすることこそ至高と考えているからだ。


 もしかしたら、もう終わりにしたいのかもしれないし、それでもいいのかもしれない。そろそろ現実を直視すべきだと司令は言いたいのだろう──


 誰も反対しなかった。



 そしてその日が訪れる。

 いつもと違った豪華なレストラン。明るい陽射しを受けながら食事を始める。傍から見たらただのお食事会だ。

 個室で乾杯をしてから、運び込まれたものを口に運ぶ一同。


「それにしても司令──いや、織田さん」

「なんだ?」

「就職どうしましょうかね」

「そんなことか。今はそういった辛気臭い話は抜きにして飯を堪能したらいい」


 その言葉を待っていたかのように、楽しげに明るく振る舞う。酒が入りすぎて陽気になっている者もいた。

 話の内容も、今までの活動を振り返っては笑い話にしていた。司令と呼んでいた男のことも、織田さんに変わっている。皆、一般人となることに安堵していたのだ。無論、元から一般人であり自ら志願してこの組織に加わった筈なのだが──


「ところで、これ、どうしましょうか」


 一見すると只の杖。


「このまま持ち続けていたら銃刀法で捕まっちゃいますからね」


 仕込み刀だ。

 自ら招いた枷から解放されると同時に、物騒なものからも解放されたいと願う。処分方法を教えてもらおうとしていたのだ。


「各自に任せる。だが俺はまだ捨てるつもりはない」


 織田は視線を泳がさなかった。そして腕時計をちらっと確認すると、徐に個室から出ていく。

 その様子に誰しも驚きを隠せなかった。


 次の瞬間──悲鳴と怒号が飛び交う。

 彼は刀を抜いたのだ。その相手というのは──敵国の首相。

 知っていたのだ、敵国との密談が今日この時間、このビルで行われることを。


 昔の戦争とは違い、戦争中でも首脳陣が集まることがある。当然暗殺されては敵わないので護衛は恐ろしいほど張り付いているが、トップ同士が顔を突き合わして相手の腹を探る戦いだ。

 しかし、こういった会談があることすら情報封鎖されていて、一般人には耳に入ってこない。当然彼らも知らなかった──ただ一人を除いて。


 ビルは阿鼻叫喚。護衛も不意を突かれ己が首相の死を許してしまったに止まらず、自身の命も奪われてしまう。


 この騒ぎを聞きつけた彼らはすぐに状況を飲み込むと、応戦する。朱く染まっていくビルは、夕日に照らされて燃え上がっているかのようだった。


「織田さん──いえ、司令! 何故黙っておられたのですか!」


 彼の下に息を切らしながら集まり話しかけようとした刹那、織田を除くメンバー全員の腕が飛んだ。蔑んだ眼差しを送りながら、司令と呼ばれた男は口を開く。


「この腰抜けどもが。俺がいつ解散すると言った。俺は首相から密命された暗殺部隊の一。この機会を伺っていただけだ。お前らでも少しは戦力になるかもしれないと思った俺がバカだった。もっとも、敵さんを油断させるカモフラージュとしては役立ったからこの程度で許してやるが、場合によっては切り殺していたわ」


 言い終わると、今まで微塵も見せなかった貫禄でビルを後にする。残された彼らは痛みも忘れて呆気にとられていた。

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