02-03
「そう言われてしまったら、こちらには対処のしようがありませんね」
諦めともとれる言葉選びだったが、グレンに渦巻く不安は消えない。むしろ嫌な予感が増していて、思わず向き直ったグレンが見たのは穏やかな笑みを作ったルシアンだった。
「我々と共に首都へ向かいフリーデンへの迎撃準備を整えるか、お二人だけここに留まるか、どちらかを選んでいただくことになります」
「な──」
思わず腰を浮かせたグレンに構わず、ルシアンは続ける。
「私はルジストルの軍人です。この国の危機を見過ごすわけにはいきません」
「だからって!」
「クローディアがエル・プリエールではなくルジストルを選んでいただけるのなら、それには応えましょう。首都へ来ていただかなくても、可能な限りの力添えをいたします」
「それじゃあ首都に行くのも行かないのも同じじゃねぇか!」
声を荒げるグレンを止めようとしているのか、右手首を掴むクローディアの手に力が入る。名前を呼んでいるようにも聞こえたが、それを聞き取るだけの余裕がグレンにはない。
クローディアの手を振り払って剣を抜いてしまいたかった。
にも関わらず、ルシアンの視線はクローディアへ向けられている。最初からグレンなど相手にしていないとでも言うかのように。
「私はあなたの判断に従うつもりです、クローディア」
グレンから敵意を向けられていても、声は揺れず。相変わらずの落ち着き払った声で、ルシアンは続ける。
「あなたがそれを黙認するのであれば、私を殺してルジストルを脱出し、エル・プリエールに協力を求めても構いません」
数瞬、グレンの呼吸が止まる。
ルシアンの表情は変わらない。連ねる言葉に反した穏やかさを、いまだに保っている。
「なに、言ってんだ、お前……」
「伝わりませんでしたか? ルジストルを見捨ててエル・プリエールに行くのなら私を殺してからにしてください、と言ったつもりなのですが」
「…………!」
グレンの喉が引きつる。そういうことじゃない、と言うことすらできず、力の抜けた体はクローディアに引かれて腰を下ろした。ソファに沈み込む体が重く感じる。
「グレン。お願い、落ち着いて」
ようやく、クローディアの声がグレンの耳に届いた。覗き込むように目を合わされ、鮮やかな桃色の瞳がまっすぐにグレンを見る。
「アルミュールがまたフリーデンに襲われないようにするためには、ルシアンに助けてもらうのが一番確実なの」
「そ、れは」
「分かるでしょ? エル・プリエールの人には信じてもらえるか分からないけど、ルジストルではもう女王様に繋がってる。……グレンが不安なら疑ったままでもいいから」
そこで言葉を切って、クローディアはグレンから目をそらし、ルシアンへ向き直った。
「いいですよね?」
「もちろんです」
口を挟む隙間もなく、グレンは歯噛みした。
ルシアンには迷いがない。それどころか、この状況を狙って作り出したような用意周到さすら感じる。
グレンの意識の奥底では、まだルシアンから距離を取りたいと警告が鳴り響いている。それこそ本当に殺してでもアルミュールへ向かった方がいいようにも思えるが、クローディアが責任を感じてしまうことを考慮すれば決意も鈍る。
グレンの行動をクローディアが止めなかったのならクローディアの決断と受け取る、などと言われれば、クローディアが気にしてしまうことは明白だった。
問題は、命を捨てるようなルシアンの発言が真実なのか、それともクローディアの性格を見抜いた上での「脅し」なのか、現時点で不明なことだ。
「それでは、お二人とも首都に向かうということでよろしいですか?」
「はい。……女王様とは会えますか?」
「陛下は救世の方が現れるのを長くお待ちしていましたから」
言って、ルシアンはテーブルに置かれた手紙を手に取る。グレンの脳裏で手紙を切り捨てればと閃いたが、すでに遅い。
女王へ送る手紙を一度テーブルに置いたのは、人質のようなものだったのかもしれなかった。
「そろそろ準備も終わっているころでしょう。馬車へご案内いたします」
と立ちあがったルシアンに続き、クローディアが腰を上げてグレンの手を引く。傍らに置いた剣の鞘を掴み、クローディアに従いながら、グレンは口を開いた。
「一つだけいいか?」
「ええ、どうぞ」
「なにが目的なんだ?」
扉に向かう途中で振り向いたルシアンが、ぴたりと動きを止める。口元が引きつるように笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間には感情の読めない無表情に戻っていた。
「世界を救うため、では理由として足りませんか?」
「……は?」
「救世の方であるクローディアに力添えをしたい。それだけですよ」
呆けたグレンをよそに、ルシアンはまた歩みを進める。クローディアに手を引かれてようやくグレンも歩き出し、
「うさんくさ……」
「ちょっと、グレン」
ぼやくように呟いた言葉はクローディアに窘められた。
結局グレンの不信感は消えないまま。まだ日が昇りきらない内に、一行は国境の町を後にした。
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