02-02

 向かいに座るルシアンも軽く息をのんでいて、グレンは思わずクローディアの方へ向き直る。


「は、え……? クローディア……?」


「ごめんね、グレン。勝手にこんなこと言って。でも……私、もう始めなきゃ駄目だって気付いたの」


 ちらりとグレンへ向けられたクローディアの瞳には、強い決意が込められている。


「今までだってフリーデンはいくつも町を襲ってきたって、頭では分かってた。でも、リヤンとアルミュールで肌で感じてしまったから、もう見ないふりなんてできないでしょ? ……それに、グレンが隣にいてくれる」


「…………」


 グレンがなにも言えずにいると、クローディアは視線を外して正面へ向きなおった。


 応えようとして言葉に詰まった自分が腹立たしい。正直に言って、グレンは今すぐエル・プリエールへ戻りたい──いや、正面に座る男の前から一刻も早く逃れたい。


 それなのにクローディアは、


「私の役目を成すために、力を貸してくれませんか」


 ルシアンを信じて、そんなことを言ってのける。


 クローディアの提案を、そもそもグレンが受け入れられない。だが、もはやグレンが口を出すタイミングではなく、そっとルシアンの様子をうかがう。


 その表情は、思っていたよりもずっと穏やかだった。


「あなたにそう言っていただけて──光栄です。クローディア」


「それじゃあ……」


「ええ、もちろん。あなたが協力してくれるのであれば、先に女王へお伝えしなければなりませんので……この手紙を用意していたのです。もし首都へご同行いただけるなら、早馬で手紙を送ります」


 言って、ルシアンはソファの間に置かれた低いテーブルへ、赤い蝋の捺された封筒を置いた。そして、沈黙を挟んでグレンへ視線を向ける。


 同時、それまでなりをひそめていた不安感が、唐突にグレンを襲う。


「お連れの方が了承してくださったら、の話ですが」


 ぐ、と喉に力が入って、グレンは軽く顎を引いた。


 隣に座るクローディアが、不安げにグレンの方を見ている。


「俺は……やっぱ信用できない」


「グレン」


「エル・プリエールに戻っちゃダメなのか? 向こうに同じように言っても協力はしてくれるだろ?」


「それは……」


 クローディアの声に力はない。


 アルミュールでの兵士たちの態度は、グレンも気にかかっている。それでも、クローディアが神の娘として彼らの前に立てば、対応に変化があるのかもしれない。


 不確定であっても、グレンはそれに賭けたかった。


 ……のだが。


「アルミュールへ戻るつもりでしたら、我々が送ることはできませんよ」


 と、ルシアンが口を挟む。


「クローディアがルジストルでなくエル・プリエールを頼るとなれば、教皇はそれを口実にこの国を属国とすることができますから」


「そんなこと──」


「どうでもいい、ですか?」


 ルシアンは相変わらずグレンへ目を向けたままだった。


 声音にも変化がないのに、視線だけ温度が下がったようにも感じる。冷ややかで、少しの動作も見逃してはくれなさそうな、鋭い目だ。


「っ、そりゃそうだろ。俺たちには」


「関係、あるよ。グレン」


 再び、グレンは言葉の途中で遮られた。


 今度はクローディアだ。グレンの手首を掴む手が、一瞬だけ力を強める。


「そんなことになったら、戦争が広がっちゃう」


「クローディアがうまく説得すれば、なんとかなるかもしれないだろ?」


「私の言うことを信じてくれれば……ね」


 そう言われてしまえば、グレンは反論の言葉をなくしてしまう。そもそも、アルミュールの兵士がクローディアへの対応を改めるかどうかの時点から、すでに賭けなのだから。


 グレンが黙っていると、ルシアンが軽く息を吐いた。


「なにか気にさわりましたか? お二人に都合の悪いことをした覚えはないのですが」


「別に、そんなんで疑ってるわけじゃねぇ」


「ではなぜ?」


「勘だよ」


 断言するグレンに対し、ルシアンのまとう空気がわずかに変化した。表情には動きがないので分かりにくいが、返答に時間がかかったのは困惑のせいだろうか。見定めるような視線はそのまま、緊迫した雰囲気が緩んだようにグレンは感じとる。


「……なるほど、勘ですか」


 それだけ言って、ルシアンはもう一度──今度はため息のように──息を吐き出した。


 同時に視線がそれて、グレンはその隙にクローディアの様子をうかがう。ちょうどクローディアもグレンの方を見ていて、眉尻の下がった不安げな表情を向けられる。


 その不安は、じわりとグレンの方にも伝わってきた。追い打ちをかけるように、ルシアンが言葉を続ける。

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