第二章 戦争の徒
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「──グレン!」
崩壊の収まらない瓦礫の山へ向けて、クローディアは叫んだ。
舞いあがった埃を吸い込んで咳きこみ、二度呼びかけることは叶わなかった。割れて尖った木材が転げ落ちてきて、クローディアは追い払われるように後ずさる。
屋根や天井を構成していた木材に加え、その上に積み重なっていた埃まで落ちてきている。視界は悪く、腕で口元を覆わなければ呼吸すらためらわれる。瓦礫の山を単身で無理矢理乗り越えるのはあまりにも無謀だった。
どうするべきか、とクローディアが迷っているうちに。
室内に押し込められていた人々は、いつの間にか周囲からいなくなっていた。振り返れば、クローディアたちが入った扉とは別の出入り口がある。
クローディアは無意識にフードの端を握っていた。常に行動を共にしていたグレンがそばにいない。じわじわと湧きあがる不安感が、固まろうとしていた決意を揺るがしていた。
「…………っ」
息を詰め、恐る恐る出入り口に近付くと、外からは兵士のものらしい声が聞こえてくる。住民の保護と誘導を行っているような内容で、少なくとも味方だと判断したクローディアはひとまず胸を撫でおろした。
しかし、これだけ近くで誘導が行われているとすれば不都合もあった。クローディアがグレンの元へ向かうには、住民だけではなく兵士の目もかいくぐらなければならなくなる。
屋根が崩れ、建物が二分される異常事態で、グレンの安全など保証されるはずもない。
意を決して扉の陰から建物の外へ出たクローディアは、目の前に茶色の軍服が見えて反射的に足を止めた。
──アルミュールの軍人ではない。
緊張に身を固めるクローディアへ、軍服の男が声をかける。
「おや……大丈夫ですか?」
不意をつかれたのは相手も同じはずなのに、やけに落ち着き払った口調だった。
とっさに顔を伏せたクローディアは、軍人に促されるまま左へ歩を進める。入れ替わるように、数人の兵士が半壊した建物へ入っていった。
グレンの元へ向かう機会を失い、クローディアはケープの胸元へ手をやった。思い出すのは先刻、証言を疑われ門前払いされた兵士詰所の出来事だ。
そわそわと落ち着かない様子を見せれば、あらぬ疑いをかけられてしまうかもしれない──。
と、案じたのも束の間。クローディアがフードで顔を隠しているにも関わらず、軍人は変わらず丁寧な言葉選びだった。
「中心街まで部下が警護します。あなたもそちらへ」
「っ……あの」
思考よりも先に声が出た。このままでは、グレンの元へ行けなくなってしまう──と、冷静に意識したのは、その後のことだ。
何事もなければ、それでいい。
しかし、もしグレンが街中で暴走してしまったら。そこに、クローディアがいなかったら。
おそらく、二度と会う機会はないだろう。
重ねた両手をぐっと握りしめ、クローディアは意を決して言葉を継いだ。
「私、はぐれた家族のところに──」
「いけません」
声量は抑えられているのに、有無を言わせぬ声だった。
さらに遮りざま、軍人はクローディアの右手首を掴んでいた。意識の端をかすめるような動きで、腕を引いて避ける意識すら湧かない。
「建物の反対側でしたら、これから我々が向かいます。ご自身の安全を優先してください」
「でも……!」
坦々とした口調に、クローディアは思わず顔ごと視線を上げた。自由な片手でフードを掴んでも、もう遅い。
軍人が眼鏡をかけていたことを、クローディアはそのときになってようやく知った。その奥で見開かれた目からは、驚愕の色が隠せていない。
目が合った。
マナの果実と同じ色を持つ、神にのみ許された色の瞳が、隠しようもなく人の目に留まってしまった。
「────!」
「あなたは……まさか」
冷静だった軍人が、呼吸を詰まらせるように言葉を切る。
気付かれた。
血の気が引く音さえ聞こえてきそうだった。
クローディアの肩が震える。つられて動いた腕を伝って、軍人の手から力が抜けていることへ意識が向く。目の前から息をのむ音が聞こえるのも無視して、クローディアは手を振り払った。
思考を挟む暇はない。とにかく人の少ない方へ走る。
そのまま、進路をふさいで止めようとする兵士たちをかいくぐり、一人通るのがやっとな細い路地に飛び込んだ。
とにかくグレンのそばへ。それだけを考えて、クローディアは路地を駆けた。
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