サウンドハラスメントなんて気にするな!

ちびまるフォイ

(∩゚Д゚) アーアー キコエナーイ

「はぁ……はぁ……」




「はぁ……はぁ……ふぅ、はぁ……はぁ……」





「はぁ……はぁ……ずずっ、はぁっ……はぁ……」



女は意を決して振り返った。


「あの!! いい加減にしてもらえますか!!」


「なんですか?」


「さっきから耳元ではぁはぁって気持ち悪いんですよ!!」


「満員電車なんだからしょうがないだろう。

 それにこっちは鼻がつまっていて、口でしか息できないんだよ」


「エラでしなさいよ!!」

「そんな無茶な!」


満員電車でのひと悶着はだんだんとヒートアップし、警察沙汰にまで発展。


「これはれっきとしたサウンドハラスメントです!!

 不快な音をずっと立て続けるのは、サウハラです!!」


「そんな馬鹿な……。あくまでもこの男性はただ呼吸していただけでしょう?

 気にしなければいいじゃないですか」


「あなたは痴漢された相手に"触らせておけばいい"とでもいうつもりですか!

 これだから税金泥棒はっ!」


「な、なにぃ……!」


「あなた方の声は不愉快です! もうあなたがしゃべることはサウハラです!!」


女が次にやってきたのは、大きな複合研究所だった。

人間が受け取る五感の情報を研究している最先端の場所。


そこに一般の人がずんずんやってくるもんだから、

研究所はゴジラ襲来よりも大騒ぎの様相を呈していた。


「あ、あの、なにかご用件が……?」


「ここは耳の研究所なのよね?」


「ええ、耳科の研究所になります、いったいどうしたんですか」


「実は、この社会には不快になる音が多すぎて生活できません。

 毎日オールシーズン、サウンドハラスメントを受けています」


「というと?」


「車のクラクションに、おっさんのタンを吐く音、

 足をひきずる音に、ラーメンをすする音、騒がしい女の笑い声……。

 いつからこの国はこんなにハラスメント大国になったんですか!!」


「あなたが気にし出した時からだと思いますよ……」

「サウハラですか?」

「すみません……」


「とにかく、私は一刻も早くこの深い環境から抜け出したいんです。

 ここは世界でも一番の耳の研究所なんだから、なんとかしてください」


「わかりました」


耳の研究員は人類の英知を注ぎ込んで最高級の耳栓を作り上げた。


「この耳栓をつけてください。どんな音でもカットできますよ」


「やればできるじゃない!」


女は耳栓を受け取って嬉しそうに去っていった。

数日後、粉々にされた耳栓を持って戻ってきた。



「これ、ダメね」



「壊れちゃったんですか? そんな……ちゃんとチェックしたのに」


「いえ、使い物にならなかったから壊したの。

 この耳栓をつけているとどんな音もカットしてしまう。

 だから仕事もできなくなるし、話もできなくなるわ」


「まあ耳栓ですからね……」


「そんなときに限って、おっさんがおならしたりするのよ!!

 サウンドハラスメントは隙を見せたらすぐに差し込まれるの!

 なんとかしてよ!!」


「ムチャクチャな……」


応じなければ研究所を爆破するとか言い出したので、

しかたなく耳科研究員たちは寝る間も惜しんで再び研究に明け暮れた。


「できました!! 最新鋭のイヤホンです!!」


「なにが違うの?」


「これはつけていても外の音を聞くことができます。

 しかし、あなたが不快だと感じる音を人間の脳より先に検知し

 あなたにとっては快適な音に変換して出力されます」


「なるほどね。テレビとかで、放送できない言葉を隠すとき

 "ほにゃほにゃほにゃ"って聞こえるやつと同じね」


「……ちがいますけど……まあいいです……」


労働基準法をケツで拭きたくなるほどの激務に追われた研究員たちは

女がまた戻ってこないことを信じてゆっくりと休んだ。


「さすがにこれで文句の言われようがないだろ……」



が、数日後に女は肩で風を切りながら舞い戻ってきた。



「あのぅ……まだなにか……」


「このイヤホンもだめね」


「えええ!? これ以上どうしろっていうんですか!?

 不快な音はすべて変換したはずでしょう!?」


「ええ、そうね。不快な音は子猫の鳴き声とかに変換されていたわ。

 でも……」


「でも……?」


「話している内容がわからないから悪口言われてる気がするのよ。

 女が小声でしゃべってる声は変換されて口と音が合っていないし。

 すっごいバカにされていても、それに気付けないの」


「ええ……聞こえたらサウンドハラスメントなんですよね」

「そうね」


「でも聞こえないと馬鹿にされている気がする、と」

「そうね」



「いや、どうしろっていうんですか!?」


研究員はエアちゃぶ台返しを行った。


「察しが悪いわね。音は聞こえるようにしてほしいの。

 でも、不快にはならないようにしてほしいってだけ。簡単でしょ」


「いやいやいや!! 口で言うのは簡単ですけどね!

 食べても太らないようにしてくれって言ってるもんですよ!!」


「だーかーら、それを何とかするのがあなたでしょう?」


女の要求を断れば研究所が爆破されてしまう。

かといって、これ以上の手の施しようはない。


「お困りですか? 力を貸しましょうか」


「あなたは?」


「私は目科の研究員です。あなたの力になれると思いますよ」


「そんな馬鹿な……」


研究員とクレーm、女は目科の研究棟へと去っていった。

厄介払いできたとその時は思ったが、しばらくしてやっぱり怖くなった。


耳科の研究員は、目科の研究員のところへ向かった。


「あれから、あの女こっちに来てないんですが

 あなたの方にもまた文句つけに来てないですか?

 来たら迷惑なんですが、来なかったら来なかったで怖くなって」


「ああ、あの女性ですか。あれから1度も来てませんよ。

 それどころか、もうハラスメントに悩まずに済んだと

 感謝の手紙もいただいたほどです」


「はっ!? か、感謝の手紙!?」


手紙にはかつて悩んでいたハラスメント問題の一切が

きれいさっぱり解決できたと嬉しそうな筆致で書かれていた。


「耳科の最新鋭の知識をフル動員しても太刀打ちできなかったのに……。

 あなたはいったいどんな魔法を使ったんですか?

 どんな音も聞こえつつ不快にさせないイヤホンでも作ったんですか」


「いえいえ、うちは眼科。そんなものは作れませんよ。ただ――」


「ただ?」





「目に映るすべてをイケメンに見えるメガネを渡したんです。

 それからというもの、ハラスメントだと苦情は来なくなりましたね」

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