凡人少年と天災少女

高岡 望

第一章・天才との出会いは平凡だった。

第1話 その女、平凡につき

突然こんなことを言えば、俺が頭のおかしい中二病だと思うかもしれない。

だが、事実を偽るのは嫌いだし、これから物語を語っていく上でとても重要なことだから初めに言っておかなければならない。

前置きが長くなったが、何が言いたいかと言うと

「俺は天才だ。」

というただそれだけだ。

もう一度言おう、

「俺は天才だ。」

そこの君、「おまえ何言ってんの?」とか思ってるだろう。

だがこれは紛れもない事実!

そしてこれから語る物語はそんな天才であるこの俺が、俺より少し劣る天才少女と出会い、ラブコメライフを送っていく、そんなクソみたいな物語である。


俺、神無月 紅は俗に言う「リア充」とか「パリピ」とか言われている部類の人間だ。友達はたくさんいるし、女子からはモテる。

自分で言うと嘘っぽく聞こえるかもしれないが、事実として俺は今日も学校に来てから、下駄箱の中にひっそりと佇むラブレターを見つけている。

今はあまりこういう言い方はしないが、スクールカウストで言う「1軍」に所属している人気者。それがこの俺、神無月 紅だ。

何もかもが順風満帆な生活。

一週間前に行った期末テストは全教科90点以上。所属しているテニス部では部長として部員を引っ張っている。

これだけ俺の自慢話を聞けば、俺が「天才」と呼ばれる人種だということが分かってくれたか?

このまま行けば俺の学校生活は勝ち組のまま、スムーズに卒業して、そして偏差値の高い理系の大学(まだ決めていないが)に入学し、エリート道を突き進むはずだ。

そう、そのはずだった。

あの女に、香月 遥歌に出会わなければ。


香月 遥歌は一言で言うなら「平凡」な生徒だった。

親の仕事の事情で転校してきたらしいその女生徒は、成績も普通、運動神経も普通。友達も普通にいる。何もかもが普通。悪い意味でも良い意味でも目立たない生徒。

ただ一つ、容姿だけは普通以下といったところか。

特に不細工と言う訳ではなく、前髪が少し長く目があまりよく見えない。

が、だからといって

「なにあの子〜、不気味じゃない〜?」

みたいな噂が立つこともなく、平凡な私生活を送っているようだった。

少なくとも俺にはそう見えた。


そして、香月が転校してきて1ヶ月程経ったある日。

「おはよう〜紅〜。」

朝からとびっきりの爽やかスマイルで挨拶してきたこいつの名は櫻 桜花。

いわゆる幼馴染というやつだ。

「おう、おはよう桜花。」

「なんか眠そうだね〜紅〜。」

「あー、ちょっと徹夜で勉強しててさ。」

日頃から常に完璧を目指す俺は一度勉強に熱が入ると時間を忘れて集中してしまう癖がある。

「もう〜また〜?駄目だよ〜ちゃんと寝なきゃ〜」

相変わらずの間延びした口調で微笑みながら俺に話しかける桜花。

まじまじとその顔を見てみると改めて思う。本当に小さい頃と変わらない。もちろん見た目は大人っぽくはなった。だが、表情があの頃と全然変わらない。

(本当、まるで菩薩様みたいな笑顔だよな。)

そんなことを考えながら桜花の顔をじっと見つめていると、顔を赤くした桜花が少し上目遣いで小さく呟いた。

「もうっ、そんなにじろじろ見ないでよ〜。照れるじゃん…。」

うん、反則ですねこれは。

「わ、わりぃ…。」

顔面の体温が上がっていくのが分かる。

「あ、違うよっ!別に嫌とかじゃないんだよっ!だから謝らなくていいんだよっ!」

「わ、分かってる、大丈夫だ!」

完璧天才超人であるこの俺も、桜花の前では素に戻ってしまう。

(本当に可愛いよなこいつ。でもこれが恋とかっていう気持ちなのかと言うと…。)

俺は恋をしたことがない。…多分。と言うより、あまり女には興味が無い。

女なんて生き物は所詮、イケメン彼氏というブランドを手に入れる為だけに恋という言葉を乱雑に口にする。そんな愚かな生き物なのだ。

偏見かもしれないが、実際、何度も告白されている超絶イケメンである俺が感じたことだから、現実味はあると思う。

「ぼ〜っとしてどしたの〜?」

(でもこいつだけは、桜花だけは他の女とは違う気がするんだよな。だからといって恋なんて時間の無駄だからな。そんなことする暇があったら勉強するぜ。)

「なんでもないよ。それより、そろそろ授業始まるから教室戻った方がいいぞ?」

桜花のクラスは俺のクラスの隣、2年A組だ。にも関わらず、毎朝、俺が所属するB組までわざわざ挨拶しに来る。

「あ、本当だね。じゃあまたね〜紅〜。」

「あぁ、またな。」

小走りで去っていく桜花の後ろ姿を見つめながら俺は、今日もいつもと変わらない順風満帆なスクールライフの始まりを確信していた。そう、この時はまだ。



4時間目が終わり、昼食の時間になったので俺はとりあえず何人かの友達と談笑しながら購買へと向かう。

その途中、同じく何人かの友達と談笑する香月とすれ違った。

相変わらず前髪で目がよく見えず、よく転ばないなーとふと考えていると、突然、香月が振り向いてきた。

そしてとてとてと俺の方に寄ってきた。

(な、なんだ?!殆ど会話なんてしたことないし、俺に用なんて…。まさか、また告白なのか?悪いけど、また振るしかないな、殆ど話したこともないし…それに俺には…)

「あ、あの、チャック、あ、開いてます!」

「………は?」

俺は何を言われてるのかを理解するのに数十秒を要した。

香月の視線が俺のズボンのチャックに向けられていることに気付き、焦りつつ視線を下に向け、自らのズボンのチャックを見る。

…が、しかしチャックはちゃんと閉まってあった。

「い、いや、ちゃんと閉まってあるぞ?」

俺は困惑しながらも、前髪のせいでちゃんと見えない香月の目を見ながら答える。

すると、香月は突然俺の耳元に口を近づけ

「あぁ、閉まってないのは貴方の妄想が詰まった袋のチャックの方ですよ。」

「!?」

俺は今度こそ何を言われてるのかを理解できずに固まってしまった。

そして、そのまま香月は不思議がる友達に取り繕いつつ俺の前から去っていった。

(な、なんなんだよあいつ…。意味分かんねぇ…。)

これが本日1回目の事件。

そして、本日2回目の事件は、放課後に起こった。


放課後、香月に言われたことが気になりつつも誰もいなくなった教室で、今日の授業の復習に勤しむ俺は休憩と気分転換を兼ねて、愛読しているライトノベルを鞄から取り出した。

題名は「黄昏れ狂月の迷宮探索」。

作者は累計発行部数800万部もの売上を誇る今話題のライトノベル作家、香響院 春姫。

俺はこの人の作品が大好きだ。

特に緻密に再現されたバトルシーンは毎回鳥肌が立ってしまうくらいに燃える。

また、ライトノベルにありがちなギャグ多めのハーレム物ではなく、シリアス要素もかなり多い。

だからといって、ライトノベルっぽさは失われていない。

それはやはりヒロイン達の絶対的な萌えがあるからだろう。

文字で表されているだけなのに、ダイレクトで頭の中に入ってくるヒロイン達の声、表情、言葉。

その一つ一つの行動、言葉、表情がとにかく萌える。

萌えと燃えを融合させた最強のライトノベル。

それがこの「黄昏れ狂月の迷宮探索」だ。

俺はこの作品を愛していると言っても過言ではない!!

と、読みながらも心の中で熱く語っていると、香月の机の引き出したから何やら手紙の封筒のようなものが見えた。

(何だろうあの封筒。ラブレターみたいな感じだな。あんな変なやつでも貰うんだな、ラブレター。)

俺はそれを完全にラブレターだと断定し、周りに誰もいないのを確認して、それをゆっくりと手に取った。

普段ならこんなことはしないが、教室に誰も人がいないという状況と香月に言われたあの言葉が妙に頭から離れなかったこともあり、俺はその封筒を開封した。

すると、そこには驚くべきことが書いてあった。


「本当に貴方の作品が大好きです。気分が落ち込んだとき、黄昏れの迷宮探索のヒロインの可愛さに癒やされています。また、緻密な戦闘シーンに毎回心躍っています。次作も楽しみにしています!

香響院 春姫さんへ。

神無月 紅より。」


「おい、嘘だろ……。」


なんで見たときに気付かなかったのだろうか。

この封筒は、俺が香響院先生へ送ったファンレターを入れていた封筒だった。完璧にこだわる故に普通の封筒ではなく、割と高めなやつを買っていた為、珍しい柄をしていて、高級感が出ている。

なのに、何故気付かなかったのだろうか。

……いや、問題はそこではない。

一番の問題は

「何故、香月がこれを持っているか」

ということだ。

どういうことだ?俺はこれを香響院先生に送った。

なのに、何故、香月が持っている?

ん?待てよ…。

香月と香響院。

遥歌と春姫。

……似ている?

え、いやいや、まさかそんなことはないだろう。


(あの香月が……香響院先生!?)


俺は頭に浮かんだその疑問符を何度も否定しては、また浮かべるを繰り返した。

あの天才ライトノベル作家、香響院先生が現役のJK?しかも偶然俺のクラスに?

そんなライトノベルみたいなことが現実に起こるわけがない。

これは何かの間違いに決まっている。

うん、きっとそうだ、これは何かの間違いで……


「何してるの?神無月君。」


ふいに聞こえたその声。

聞き覚えのあるこの声。

昼休みに、聞いたこの声。

謎の言葉を俺に告げたこの声。


「こう…づき…。」


振り返った先には鋭い視線で俺を睨む香月 遥歌、その人が立っていた。

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