第二十章 桃園(とうえん)の誓い
秋生が呪文を唱えた。すると、凍りついたように動かなかったモンスターがゆっくりと動き始めた。
今だ! 僕は思い切りジャンプするとモンスターの眼に『無敵の剣』の刃(やいば)を突き刺した。モンスターが、けたたましい咆哮を上げた。その瞬間、咥えていたナッティーがポロリと零れ落ちた。――急いで秋生がナッティーを受け止めた。
片目を潰されたモンスターは怒り狂って、赤い炎の玉を吐き散らし、その合間を掻い潜って攻撃を加えた。暴走するモンスターの背後に回り込んで、その上に僕は飛び乗った。背中にある剣のような骨質の板をかき分けて、モンスターの後ろ首に『無敵の剣』を深く突き刺した。
モンスターは絶叫し嘶いて、そのまま巨体をつんのめるようにして地面に倒れ込んだ。急所だったので敢え無い最期だった――この一撃が効いたようだ。
「ヤッター、ヤッター!」
モンスターをやっつけて飛び跳ねて喜んでいたが……見ると、ナッティーが目を覚まさない。秋生が回復技をかけて、なんとか蘇生させようと躍起になっている。
子どもみたいに大はしゃぎしていた、自分が恥ずかしくなって、慌てて、ふたりのいる場所にいく――。
「ナッティーは大丈夫?」
「いや、まだ目を覚まさないんだ。かなりのダメージを受けていたから……」
「ナッティーしっかりしろ!」
僕は心配になって、祈るような気持ちで大きな声で呼びかけた。その声に反応するように「う~ん……」とナッティーが呻いた。
「おーい、ナッティー! ナッティー!」
「……もう、ツバサくんの声がうるさいよぉー」
顔をしかめ、悪態をつきながらナッティーがようやく目を覚ました。ところが、目を開けた瞬間!
「この偽者め! 許さない!」
秋生のアバターを見るなり、いきなりナッティーが飛び起きて身構えた。そして秋生に向けてバズーカ砲を撃とうとしたので、僕は慌てて、二人の間に入って止めた。
「ナッティー、待って! 待って! こいつは本物の秋生なんだ!」
「えっ!?」
「村井秋生だよ。僕らの元に還ってきたんだ」
「本当に秋生くんなの? そういえば真っ黒なオーラを放っていない……」
秋生がナッティーに話しかけた。
「ナッティー、ごめんよ。心配かけて……、秋生は死んだけど、違うカタチで蘇えったんだ」
「嘘?」
「嘘じゃないよ。ナッティー、僕だよ。秋生」
「ああ、青いオーラを放っている。間違いない、本物の秋生くんだわ」
彼女の瞳から大粒の涙がはらはらと零れた。
「ナッティー」
「秋生くん……」
その後、ナッティーは秋生の胸に縋って泣いていた。――このふたりは結構イイ関係だったのだと。……ここにきて鈍い僕が初めて気がついたのだ。
泣いているナッティーの背中を撫でながら、こうなった顛末を秋生が説明していた「うん、うん……」とナッティーが素直に頷いて応えていた。なんだかイイ感じじゃないか――ちょっと、羨ましくもある。彼女いない歴十七年の僕だった。
ちょっと待て! こんなラブストーリーな展開は可笑しいぞ。
僕らは、もっと巨大な敵に立ち向かわなければならないのだから……。
「三人が揃った! これで見えない敵を我らの力で打ち負かすことができる」
三国志風に僕は大層な物言いをした。
「そうだなあ、ナッティーもレベル上げしたら、三人のパワーは凄いものになるだろう」
「今度こそ、あの魔術師の男に負けないわ!」
「三人の力を合わせて戦う。まさにアレだ!」
「ん?」
「――我ら三人は名前や生年は違っても死ぬ時は一緒だ」
いつか使いたかった、取って置きの三国志の名言『桃園の誓い』(とうえんのちかい)を朗々と述べた僕、……だが、
「だから、もう死んでるってば!」
ふたり揃って言い返された。こいつら幽霊だった――。
チクショウー!
※ 『桃園の誓い』意味は、大成を成し遂げるために固く誓い合うこと。
三国志の名言で、劉備を長兄、次兄を関羽、末弟を張飛となり、
義兄弟の契りを桃園で結んだ。三人は生涯この契りを忘れなかった。
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