第18話 暗闇の中
遡ること数時間前。凛太郎は二人を見送ると、春江が自分の部屋にいるのを確かめた。耳を澄ませると、どうやらラジオを聴いている様子。それなら当分出てはこないだろう。
この家に春江しかいないことを確認すると、凛太郎はある部屋へと向かった。
それは、祭りの道具をしまっておく部屋だった。と言っても、祭りに関係ないものまで置かれているので、もはや物置といったほうがいいかもしれない。
音を立てないようにゆっくりと木戸を開けると、窓のない真っ暗な部屋が現れる。視線をグルリと一周させると、大体の見当をつけて近くの箱に手を伸ばした。
凛太郎は、奥座敷への鍵を探していた。
昨晩の夢は妙にリアルだった。ということは、たしかに凛太郎はあそこに行ったことがあるのだ。であれば、あの目玉は何なのか。
自分の家族が誰かを監禁してるなんて考えたくはない。しかし、可能性があるのに放っておくわけにはいかない。
というのは建前で、凛太郎自身、あれが何なのか確かめたかった。形や大きさからいって、動物の類ではないだろう。人間の子供の目。しかしその目は、野生動物のような獰猛そうな目をしていた。
人のようで、人でない。その正体を明かしてみたいと、凛太郎の好奇心がそそのかしていた。
蔵の中のものは、大きく分けて三種類。祭りの衣装類と、ストーブや扇風機などの季節もの。そしてそれ以外の、日常生活に必要はないけど捨てられないもの。
凛太郎はこの三つ目を中心に探す事にした。手当たり次第に箱を開け、中を検める。
奥座敷の扉はわからないが、渡り廊下の錠前は相当古かった。鍵も同じくらい年季が入っているだろう。
「ゴホッ、ゴホッ」
時たま埃が肺に入り、思わず咳き込む。本当にこんな物必要なのだろうか疑う代物が、所狭しと並んでいた。きっと年末の大掃除でもここは触らないのだろう。
「虫干しとか、したほうがいいんじゃないの?」
恨むように、今はいない公美子に文句を言う。しかし手伝えと言われたらきっと凛太郎は逃げるのだろう。まじめにやれば、三日は費やすと必要だと踏んだ。
「それにしても、どこにあるんだろう? これだけ多くちゃな……」
あらかた調べ終わったが、お目当てのものは見つからない。残るは、山伏の姿を模した衣装が入った箱だけだった。しかし、こんなところに入っているとは到底思えない。
「見るだけ見てみてみようか」
ここで無いのなら、仕方がない。それならそれで諦めもつく。そう思いながら凛太郎は大きな箱を開けた。
衣装が入っている箱は、四隅に金具の着いた木の箱だった。大きさは両手で抱えるくらいはあって、それに見合う中々の重さだ。凛太郎は取っ手を握り、力を込めて蓋を持ち上げる。
「……、ふう」
蓋をずらして静かに床に置くと、中からは折り畳まれた錫杖や下駄などが目に入った。それらを丁寧にずらしながら、鍵がないかを探す。それと同時に、その衣装をじっくりと観察していた。
昔から家にあり、健三が来ているのを見たことはあった。しかしこんなまじかで見たことはなかったし、あったとしても暗い夜道ではっきりと見た事はなかった。例えば柄であるとか、錫杖の模様であるとか、下駄の高さであるとか。
「これを、俺も着るんだ……」
きっとまだまだ先の話だろう。しかし漠然としたそんな思いが、一気に現実味を帯びてくる。自分も健三と同じように、あの錫杖をつきながらみんなの先頭として牙乞山を登るんだと。
凛太郎は手を突っ込み、着物の最後の一枚を捲った。すると箱の木目が姿を現す。それと同時に、ゴロンと何かが転がる音がした。
「ん?」
手さぐりで手を突っ込むと、何かが指先に当たる。それはざらりとした感触で、細長いようなものだった。確かに掴むと、それを引きずり出す。
「あ……」
握られたそれを見ると、古びた鍵だった。丸い取っ手のついた鍵で、装飾も何もないシンプルな鍵の束だった。
「これ……、かな……?」
というより、これしか考えられない。しかし、何でこんな所にあるのだろうか。
「きっと、母さんが間違えて入れちゃったんだろう」
そう結論付けて、凛太郎はそれを胸ポケットにしまった。蓋を戻すと、物置を立ち去る。
廊下に誰もいないことを確認すると、忍び足で廊下の奥に進む。渡り廊下に繋がる扉の前に立つと、重そうな錠前を手に取ってみた。実際それはズシリと手に圧力をかけてくる。それと同時に金属の触れ合うガチャリという音が廊下に響いた。
凛太郎は胸ポケットから先程の鍵束を取り出すと、片方を恐る恐る鍵穴に差し込んでみる。大した抵抗もなくすっぽりと入ると、力を込めて取っ手を右に回してみた。するとカチャリと小気味のいい音がして、錠前が開く音がする。
「……」
扉から錠前を引き抜くと、ゴトリと床に置く。軽く押すと、キィという音を立てて扉が開いた。既視感を覚えるのは、きっと夢で見たからではない。少し目線が違うが、この景色は確かに見たことのあるような気がした。
「やっぱり、来たことあるんだ。子供の頃、ここに……」
夢の中では、自分はまだ子供だった。きっと、小学校に上がるか上がらないかくらい。その時もきっと、こんな風にセミの煩い夏だった。
でも、なぜあの時は扉が開いていたのだろう。そして誰があの奥座敷へと行ったのだろう。夢の中での予想は男の足音だった。ということは、きっと健三だろう。なにか急いでいる事情でもあったのか、それともただ単に閉めるのを忘れたのか。
どちらにしても、そのおかげで今の凛太郎が疑問に持つことができた。これは偶然か、神様の悪戯か。
「今回は、ちゃんと記憶しておかなくちゃ」
何があったのか、いや、何があるのか。立ち入り禁止の理由は、老朽化で危ないだけなのか。それとも、見られてはまずいものでもあるのか。
もし何かを見つけた時、健三にこのことを話せるかと言われれば自信はない。しかし、それを自分が取りやめにすることはできる。無意識にやっていたものならば尚更だ。
「ふっ……」
そこまで考えて、少し大げさすぎやしないかと自身に突っ込みを入れる。これは昔と同じ探険だ。気楽に行こう、そう考えを切り替えて勢いよく扉を押し開けた。
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