第8話 奥隠居

 望月家は、村の外れにぽつんと佇んでいた。平屋の一戸建てで、庭には色とりどりの花が咲いている。


「祖母の趣味なんです」

 庭を眺めていた正樹に、凛太郎は言った。


「お婆様は、お幾つなのかな?」

「今年で68歳になります」

 それにしては大分手入れが行き届いている。公美子が手伝っているのだろうか。正樹はそんな事を考えた。


 そんなことはつゆ知らず、凛太郎は玄関に手をかける。ガラリと音を立てて開けると、ただいまと凛太郎が言った。


「はーい」

 奥の方で公美子が返事をする。凛太郎は早々に靴を脱いで上がってしまったが、正樹はその場で身繕いをした。鞄を体の正面に持ち、公美子が来るのを待つ。


「思ったより早かったわね」

 廊下の角を曲がりながら、公美子が言う。そこで正樹の存在を確認して、一瞬動きが止まった。正樹は軽く会釈をする。


「初めまして、角田正樹と申します」

「凛太郎の母の公美子です」

 公美子も軽く会釈をしながら、正樹に近づいた。


「この度は私の我儘をきいてくださり本当にありがとうございます」

「いーえ、こちらこそ。いつも凛太郎がお世話になってます。さぁ、どうぞ上がって」

 公美子はそう言って手で示す。正樹はもう一度頭を下げると、三和土から上がった。


 公美子は、溌剌とした中年女性だった。マラソンが趣味ということもあり、中々活動的に日々を過ごしている。顎の下まで伸びた黒髪は、ゆるくウェーブがかかっていた。


「凛太郎の部屋で寝てもらおうと思ってるんだけど、いいわよね?」

 確認するように公美子が言った。元よりそのつもりだったので、凛太郎は頷く。


「ごめんなさいね。人が泊まりに来るなんて滅多にないもんだから」

「いえ、どうぞお構いなく」


 この家は、居間や台所を除けば五部屋しかなかった。

 健三の書斎、夫婦の寝室、祖母の部屋、凛太郎の部屋、そして祭りの道具をしまっておく部屋。

 その代わりに一つ一つの部屋が広く、台の男が二人寝てもまだ余裕があるくらいだった。


「ご飯できたら呼ぶから」

 公美子は凛太郎に案内を頼むと、自分は台所に戻っていく。

「正樹先輩、こっちです」

 凛太郎は廊下の方を指さして言った。


 玄関を出ると、目の前にはトイレと脱衣所があった。右に伸びた廊下は居間に続いており、左に続く廊下はそれぞれの部屋に続いている。凛太郎の部屋は、一番奥の、向かって左側の部屋だった。


「あの、一番奥の扉は何だい?」

 正樹は廊下の突き当り、古ぼけた木で出来た閂のある扉を指で示した。凛太郎は指の先を目で追うと、特に何ともないような声で言う。


「あぁ、あれは奥隠居ですよ」

「おくいんきょ?」

 聞き慣れない言葉に、正樹は聞き返した。


「言ってしまえば座敷牢です。もちろん、今は使われてませんけど」

「そうなんだね」

 冗談っぽく言う凛太郎をよそに、興味深そうに正樹はその扉を見つめる。


「中はどんな感じなんだい?」

「あぁ……、入ったことないんですよね。外からしか見たことないんです」


 子供のころから入ってはいけないとよく言われており、また鍵がかかっていたので開けることもできなかった。なので凛太郎が見るのはいつも、自分の部屋から見える渡り廊下と、小さな蔵のような建物だけ。


「今、見えるかな?」

 里奈党は自室の襖を開けると、縁側に続く窓のカーテンを開けた。外はまだ明るく、はっきりと見える。正樹を手招きし、その方向を指さした。


 屋根の着いた渡り廊下は、立地の問題なのかグネグネと曲がっている。人一人が余裕で通れる幅のそれは、焦げ茶色をした木造だった。元々そういう色だったのか、それとも雨風で変色したのかはわからない。その先には白い建物が続いていた。


 六角形の屋根には瓦が乗り、壁は漆喰で作られている。その正面には、鉄格子の窓が嵌め殺してあった。下には食事用の扉が付いているのだろうかと推測する。

 遠くて広さは分かりづらいが、それほど広くもないだろう。高さは、渡り廊下にいる状態で成人男性より頭一つ分上といったところか。


「開けて中を見せてもらうと言うことはできるのかな?」

「さぁ? 鍵を持っているのは父なので」

 凛太郎自身も、鍵がどこにあるのか知っているわけではない。しかし大体の見当はついた。


 祭りの道具をしまっている部屋である。


 普段は道具部屋などと呼ばれてはいるが、実際は物置同然であった。その大半は曽祖父の遺品であったりもする。


 奥隠居の鍵は、もう何年も使われていない。少なくとも、凛太郎の知る限りでは。あるとすれば部屋のどこかだろう。


「昔の座敷牢を物置として使用している家も多いらしいけど、凛太郎君の家は違うんだね」

「雨ざらしで、手入れもされて無くて。いつ床が抜けてもおかしくないので封鎖しているそうです」


 凛太郎はそう言うと、机の上に荷物を置いた。正樹も名残惜しそうに窓から離れる。カーテンを閉めると、振り返って凛太郎の部屋を見渡した。


 凛太郎の部屋は、十畳ほどの畳の部屋だった。襖のすぐ横にはコート掛けが立っており、その横にクローゼット、箪笥と続く。

 反対側には勉強机が置いてあり、その上はよく片付いている。大きな葉本棚には、少年漫画がずらりと並んでいた。その横には小型のテレビが置かれており、目の前にはゲーム機が置かれている。コントローラーが置きっぱなしであったり、ゲーム雑誌がが積まれていたりと、机とは逆に散乱していた。


「適当にバック置いちゃってください」

 そう言うと押し入れから座布団を二組出し、床に投げるように置く。正樹は少し迷ったようにキョロキョロすると、机の傍に立てかけるように置いた。

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