12 神王様と魔王様に会いに行こう! 行き先は……あの世?

「ま、適当に走って、とりあえず完走すりゃあいいっしょ」


 そも、最強の『守護天魔ヴァルキュリア』を召喚していようが何だろうが、玲がポンコツであることには変わりはない。

 というか、特別『幻想魔導士』になりたい訳でもない。


 そんなわけで、当然だが玲のモチベーションは低かった。


 いや、というよりも目立ちたくなかった。

 何せ、このマラソン大会では、魔力の使用が公に認められている。どころか使用する前提のイベントである。

 つまり、『魔力門ゲート』の開放は必須。そうした時、玲にはとんでもない問題がある。



 ──女体化である。



 ただでさえ『下痢野郎』やらリィエルを召喚したやらで有名になってしまっているというのに、その上「『魔力門ゲート』を開くとあら不思議、女の子になっちゃいますっ☆」など、やっていられるか。


 いや、既にその情報は広まっているのだろうが、しかし直接見たのは1年生だけの筈。校内生徒の総数で考えれば3分の1だ。


 直接見ていなければ信じられないだろう。だから、これ以上そんな噂が広まって信憑性が増してしまうのは、やはり良しとはいかない。



 最悪、走らないというのもありである。

 リィエルの話では、半数はゴールまで辿り着けないというし、ならばいっそのこと『魔力門ゲート』を開かずにいるのもありではないか。

 そうすれば、女体化することもないのだし。



 何にしても、目立たず、ひっそりと、3年間の高校生活をエンジョイする方がいいに決まっている。

 そのためには、これ以上石を投じるようなことは避けたいところだった。



 しかし、そんな低い志をリィエルは許さなかった。


「バカかお前は。私を喚び出したのだ。優勝以外あり得ないだろうが! 最強の『幻想魔導士』になる、くらい言ってみせろ!」


「いや、んなこと言われてもなぁ…。別にオレ、『幻想魔導士』になりたい訳じゃねぇし……。ぶっちゃけ、めんどくさいじゃん?」


「ほっほぅ……良いのかそんなことを言って」


「あ?」


 視線をリィエルに戻すと、彼女は悪戯な笑みを浮かべていた。

 夕焼けの赤い光を受けたその表情は、何だか妙な妖しさを秘めている。どうやら、玲にやる気を出させるための某かが、リィエルにはあるらしい。


 だが、ここで退く訳にはいかない。


 リィエルには申し訳ないが、無難で平和な学生生活を送るためにも、やはりこのマラソン大会はテキトーにやり過ごすべきである。

 勿論、今後行われるトーナメントなるものも、である。



「へ、何を言われてもオレのやる気スイッチはONにはならないぜ!」


 そう言いながら、玲は取り出したティッシュでリィエルの口元を拭いてやる。

 ニヤリと音が聞こえそうなふうに笑っているのに、その口元にクリームが付いていては格好が付かない。


 しかし、その動作は次のリィエルの言葉で凍りつくこととなった。



「なーんだ、お前はかなでを護れなくても良いのか。そうかそうか」


「──どういうことだッッ!!」


 余裕をかましていた玲の表情が一変した。驚きの余り手を離れたティッシュが、一陣の風に運ばれてゆらゆらと飛んでいく。

 だが、最早ティッシュがどうとか、そんなことはどうでもよかった。



 ──こいつは今、何と言ったのか。奏を護れなくても良いのか、だと?



 度を越えたシスコンである玲にとって、を引き合いに出されては食いつかざるを得ない。

 そして、見事餌に勢いよく食らいついた憐れな獲物を見るように、リィエルの表情はより一層妖艶さを増していく。


「お前達の父親は『幻想魔導士』なのだろう? そしてお前は私を召喚した。ということは単純に考えて、妹の奏にも相応の素質があって然るべきだろう」


「む……それは確かに…」


 リィエルの言葉はもっともだった。

魔力門ゲート』を筆頭に、魔法を扱う力というものは遺伝の影響を濃く受ける。


 父親が『幻想魔導士』であり、そしてその息子である玲も、リィエルというかつてない程高レベルの『守護天魔ヴァルキュリア』を召喚した。

 ならば、その妹である奏に同様の素質があっても、何ら不思議はなかった。



「奏はお前のように『魔力門ゲート』を奪われた訳ではないだろうし、ならば魔力運用にも何ら支障はないだろう。そうなると、ほぼ間違いなく優秀な『幻想魔導士』になるだろうなぁ」


「──!!」


「さて、では奏がA級ライセンスを取得したとしよう。きっと『守護天魔ヴァルキュリア』も第一級神か第一位階魔族だろうし、或いはA級以上になるかもしれんな。A級以上……つまり、異界に出向くことになる実力者だな」


『幻想魔導士』の真の戦場は、穴の向こう──幻妖達の巣くう異界である。

 優秀な人材を遊ばせておく余裕などある訳がなく、ともすればA級以上のライセンスを持っていれば、必然的に穴の向こうに行くことになる。



「だが、お前は志低く学生生活を過ごしたためにD級のまま。異界どころか、穴の近くにいることすらできない。奏は穴の向こうで戦うエリート。お前は一般人。嗚呼、情けないお兄ちゃんは何もしてくれず、奏はひとり孤独に、危険な敵地へ潜り込むことに──」


「──さあリィエルやるぞ優勝するぞ今すぐ特訓開始だ他の全員ぶっ潰してでもオレがライセンスを取るぞ奏はオレが護る幻妖なんかオレが1匹残らず駆逐してやる行くぞゴルァアアアアァアアアッ!!」


「……チョロいな」


 ベンチから勢いよく立ち上がって夕焼けの空を見上げながら声をあげる玲の背中を見ながら、リィエルは口の端を吊り上げてそう呟いた。



 ──そもそも、奏が『幻想魔導士』の道を選ぶかわからないだろうに。どころか、仮に異界に行くとしても、1人で行くことなどないのに。本当に単純な少年である。



 実に扱いやす──ゲフンゲフン。



「ま、やる気になって貰ったところ申し訳ないが、今日は別にやることがあるのだ」


「おい、奏の安寧以上に大事なことがあるとでも言うのかある訳無いだろうよく考えろ簡単な話だだってそうだろうあんなに可愛い妹を差し置いて一体全体他に何をやれって言うんだそもそも家を離れて寮に入らなきゃならねぇって時点でオレとしても大層不服だってのに──」



 ──前言撤回である。実に面倒くさい奴だ。


 ともあれ、最早リィエルは玲の扱いを心得ている。いちいちこんなことで手を焼いたりなどはしない。

 未だ暴走を続ける玲を小突きながら、リィエルは口を開いた。


「聞け。奏を護るにはお前が強くなる必要があるだろう? だが、お前の身体には謎が多い。それについて知ることは、必然的にお前の強化に繋がっていく。寧ろ、早いうちに知っていなければ後々余計に手を焼くかもしれん。そうなったら、本末転倒だろう?」


「む、確かに……」


 思いの外、説得力のある回答が返ってきて、玲は眉を潜めた。

 言われるまでもないが、やれ『魔力門ゲート』と記憶が奪われただの、『魔力路』があり得ない繋がり方をしているだの、女体化だの。


 ここ2日間で、玲の身体に潜む謎は、それこそどこから手を付ければいいのかわからない状態だった。


 それらの詳細を知ることは、解決の糸口を探す上でも有用だし、強くなるためにも通るべき道ではある。



「昨日、クランと話していたことを覚えているか? 私が父上と母上に会いに行く、と言っていたことを」


「ああ、そういや言ってたな……。んじゃ、お前はこれから天界やら魔界やらに行くってことか」


 なるほど。それなら一緒に練習とか、そうもいかないだろう。

 きっとリィエルのことだから、天界、魔界に行ったときにでも、諸々と手を打ってくれるだろうし。


 となれば、今日は1人で特訓することになる。

 何からやればいいのかはよくわからないが、現状どの程度独力でやれるのかを知るにはいい機会かもしれない。



「行き先は霊界だ。父上の眼は私以上だから、何かわかるかもしれん。実際に見てもらう必要がある訳だから、従って、行くのはではない」


「霊界なんてあるのか……。いや、それより…は? 何て?」


私が・・、ではなく私達が・・・行くのだ」


「……。……うん?」


 いまいち、言っていることが理解出来ない玲。私達・・? それはつまり──。


「え……うーんと、オレも行くってこと?」


「うむ」


「……霊界って、どんなとこよ?」


「死せる者が裁定を受ける世界だ。所謂あの世だな」


「……死後の世界ってこと……でいいんだよな?」


「そうなるな」


「……ちょいちょいちょい…。どうやって行くのさ?」


 霊界──。天界や魔界には聞き覚えがあるが、霊界はさっぱりだった。

 いや、恐らくは抜け落ちた記憶の中に含まれていたのだろうが、ともかく今の玲にはまるでわからない単語である。


 とは言え、今の説明で十分過ぎた。死後の世界。あの世。そこに行くということは、つまり──。



「霊界、死後の世界、というくらいだ……想像はつくだろう?」


 そうしてリィエルは、突然感情を忘れてきたかのような無表情を作り上げると、小首を傾げながらこう言った。



「──いっぺん、死んでみる?」


「えっ」


 その言葉の真意を確かめたくて、玲はリィエルの顔を凝視した。すると、リィエルの右目が明確な紅い光を灯したことを認識した。



 ──待て。右目が光っているということはつまり……。



 そしてそれを自覚した時には、玲は身体の自由を奪われていた。

 紅い右目は魔族の瞳。リィエルの持つ魔眼のひとつ──その眼を見た者の動きを奪う『縛鎖の眼』が発動されたのだ。



 ──何故に!?



「──ふはは! これ、一度言ってみたかったのだ! しかし今のは良くないな。次にやる時はもっとこう……ちゃんと空気を作ってからにしよう!」


「ばっ……! 半神半魔のお前がマジで雰囲気作りに来たら洒落にならねぇよ! てか何で動き止められてんのオレ!」


「ん、特に意味は無い」


「意味がねぇのに魔眼使うなぁああッ!!」


 拘束から逃れようと顔を赤く染める玲に、リィエルが笑みを浮かべたまま歩み寄ってくる。


 そして、リィエルが指を鳴らすと、彼女達の足元に青白い魔法陣が現れた。それは徐々に光を強めていき、次第に玲達を呑み込み始める。



「さあ、ではそろそろ行くとしようか。死後の世界に」


「え? え? ネタじゃないの? マジで死ぬの!?」


「お前なぁ……ネタに決まっているだろう、アホか。死にはしないから安心しろ」


「紛らわしいこと言ったのお前の方じゃん!! 理不尽過ぎる!! てか動けるようにしろよ!!」


「あー、移動中にじたばたされると危ないな……。よし、ちょうどいいし着くまでそのまま我慢しろ。そら、口を閉じておけ。転移するぞ」


「拒否権無し!? 話聞けよ──うごっ…!」


 突如、胃が飛び出しそうな強烈な衝撃を受けて、玲は目を回した。もっとも、そうでなくとも光のせいで何が起こっているのかは定かではなかったが。

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