11 天魔シンクロマラソン大会! の概要!!

「……うぅむ…」


 校長室にて赤月 玲を巡る邪な会話がなされていたことなど露知らず、玲の現在地は、天魔第6高等学校から学生寮の反対方向へ徒歩10分。

 そこにある、天魔第6高等学校附属総合運動公園という無駄にだだっ広い公園である。


 ゲートによる入場規制が行われ、魔法関連の関係者以外の立ち入りは出来ず、ともすれば利用者は専ら第6高の者がほとんどである。


 入場ゲート付近には無駄に様々な売店が並んでおり、ちょっとした間食やお茶をするのにも困らないだろう。



 何故こんなところにいるのか──。

 それはリィエルにクレープを食べさせるためである。


 放課後、いったいどれだけお金が羽ばたいていくのかと青ざめていた玲だったが、リィエルに運ばれて来た先はこの公園であった。


 女体化については、やはりというか何というか……『魔力門ゲート』を閉じたら元に戻った。

 言うまでもないが、この謎の現象の発動条件は『魔力門ゲート』が開いていることなのだろう。



 さて、それはともかくこの公園、なんと第6高の生徒ならば無料である。

 入場料の話だけではない。売店も、である。


 そう、仮にリィエルがメニュー制覇をしようとも、無料である。



 それ自体は大変ありがたかったのだが、逆にこれで良いのだろうか、と思ってしまう。


 リィエルの望みは「クレープを買って・・・寄越せ」だった。だが、無料となれば代金は払わない訳で、どこまでいっても「貰ったものをあげる」というだけである。



 それを話したところ、

「む? 私は別にお金が掛かる店でも良いのだが、さてお前の財布には諭吉がいるのかな?」

 と言われてしまい、ぐうの音も出なかった。


 ベンチに座って頬にクリームを付けながら嬉しそうにクレープを食べているリィエルを見る限り、どちらかと言えばクレープを食べたいというのは建前で、実のところは誰かとこうして出歩きたかったのだろう。



 ──気遣いが出来て悪戯好きの合法ロリ。最高ではないか。



 とは言え、リィエルがこの公園に玲を連れてきたのは、何もクレープの為だけではないのだろう。

 何せこの公園は、今週末にある「1年生歓迎! 天魔シンクロマラソン大会」なるものの会場である。


 さらっと、本当にどうでもいいことのように、帰りのホームルームにて案内のプリントが配られた。


 1年3組の生徒達は、勿論目を剥いた。



 いや、あるのはわかっていたのだ。(玲を除く)

 4月にあるということも理解していた。(玲を除く)

 だが、それにしたって急すぎるだろう、と。(玲を含む)



 そして、何よりもこのマラソン大会の内容が、酷く殺人的であった。

 曰く、おおよそ以下のようなものである。



 ① 本大会は、新入生に対し『守護天魔ヴァルキュリア』とのシンクロ率──ひいては信頼関係の重要さを説くことを目的としている。


 ② 本大会において、上位5名には報酬が与えられる。また、順位に関わらず、優れた実力を示した者には特別報酬が発生する。


 ③ 大会は「天魔第6高等学校附属総合運動公園」にて行い、これのマラソンコースを計5周(合計20キロメートル)するものである。(付属の公園マップ参照)


 ④ 大会中は以下の効力を持つ特殊な拘束具を足に装着すること。

 ④-1 魔力運用、及び運動能力を抑制する。

 ④-2 『守護天魔ヴァルキュリア』とのシンクロ率に応じて抑制力が変動する。


 ⑤ 本大会中における魔力使用を全面的に許可する。並びに、他者への攻撃、妨害、協力も認められる。

(注)会場には「ダメージ変換結界」が展開されているため、死傷の危険性は無い。


 ⑥ 大会中における以下のような『守護天魔ヴァルキュリア』からの協力を禁ずる。

 ⑥-1 契約者を乗せる、持ち上げる等の物理的干渉。

 ⑥-2 契約者への魔法による援護。

 ⑥-3 他者への攻撃、妨害に繋がる一切の行為。


 ⑦ 原動力付きの乗り物の使用は認めない。



「……」


 改めて資料に目を落とした玲は、深いため息を吐いた。

 何じゃこりゃ、と。


「20キロって、ハーフマラソンじゃねぇか…。素人の高校1年生相手に容赦無さすぎるだろ…」


 フルマラソンではないだけ良心的だ、とでも言いたいのだろうか。

 ……いや、魔力が使えるのなら、それくらいは普通なのか?


 確かに、『魔力門ゲート』を開くだけでも、身体能力は大きく向上する。

 ならば魔力の使用を前提に考えれば、確かに頷けなくもない。



「つーかさ、一番ヤバイのは、他者への攻撃OKってとこだよなぁ…。どうなってんだこれ…」


「もぐもぐ……ごくん。…ふむ。それはな、つまりはこういうことだ」


「は?」


 唐突に、リィエルがクレープを食べる手を止め、いつの間にか左手に握っていた短剣を勢いよく玲の右手に突き刺した。


「うぎゃぁあぁあああぁああッ!! テテテテメェ何すんだ馬鹿野郎──ってあれ?」


 短剣が引き抜かれた右手には、傷痕どころか血すらも見当たらなかった。

 確かに一瞬凄まじく痛かったが、既に右手には全く痛みを感じない。


 代わりに、何とも言い難い疲労感が玲を襲ったが。


「これが、そのプリントに書かれている『ダメージ変換結界』の効能だ。もぐもぐ…。ざっくり言えば、肉体的損傷を精神的疲労へと置換する、という訳だ。……もぐもぐ。この公園もそうだが、学校の敷地内にもこの結界が張られている」


 食べるのを再開しながらもそう説明してくれるリィエル。

 食うか喋るかどちらかにしろよ、とツッコミを入れたいところだが、余りにも嬉しそうに食べているためにそんな気も削がれてしまった。


 ちなみに、リィエルは現在最後の一品──シーチキンサラダ味を食している。何故その味を残したのかは、不明。



「便利なもんだなぁ。ん……それ街中に展開すれば幻妖からの被害も減るんじゃね?」


「んぐんぐ…。そうはいかないのだ、これが。何せ人間に限らず、あらゆる生物に効果を発揮してしまうからな。…もぐもぐ。つまるところ、肝心の幻妖まで不死身になってしまう、という有り様だ」


「ああ……そりゃ本末転倒だわな…」


「それに、この結界は強力過ぎてな……。幻妖に魔力を悟られないようにする魔封じのアイテムまで無効化してしまうのだ」


「えっマジか……。それだと……厳しいな。魔力はあっても『守護天魔ヴァルキュリア』を喚べない人とか、そういう戦闘力の無い人にとっては寧ろありがた迷惑な訳か…」


「必ずしも魔力があれば『守護天魔ヴァルキュリア』を喚べる訳でもないし、魔力があるからといって全ての者が戦えるかと言えば、そうではないからな。ああ、これは全くどうでもいいことだが、生物全てに有効ということは、勿論ゴキブリなんかも不死身になる」


「……うげー……マジ勘弁っす…」


「まあその他にもな、維持は魔力の要求コストが比較的低いのだがON、OFFは高コストだったりもの凄い手間が掛かったりと、諸々の事情もある」


「はー、上手くいかねぇもんだなぁ……」


「まあ、しかしこういう実戦訓練のようなことには非常に効果的だな。何せ思いっきりやっても良いのだから」


 最後の一口を放り込みながら、リィエルはそう言った。

 だが、玲の表現は不満げだ。


「つってもさー、いきなり過ぎね? マラソン大会っつーからこう……普通のマラソンを考えてたのに…」


「そういうところなのだ、将来の『幻想魔導士』を育成する学校というのは。それに、やられ損という訳でもない。中には親類等から『天魔の十字架ヒュムネクロイツ』を借りて、魔法をかじった状態で入学してくる者もいる。そういう奴が使う魔法を間近で見れるのだ。自分の身をもって体験すれば、その効果の程も感じ取りやすいだろう?」


「まあ……言われりゃその通りではあるな……」


 確かにそれはそうだ。

 同じ魔法でも使いどころによってはより有効になったり、或いはその逆もあり得る。

 魔力運用の経験が無い者は、それらを見て学習出来るし、多少心得のある者もより有効な使い方を模索出来る。


 生きた的に、直接試すことができるのだから。



「あ、じゃあさ、この原動力付きの乗り物は禁止ってのは?」


「そのままだ。原付はダメで自転車はOK、といった感じか。要は自力で動け、ということだ。そういう意味では、スケボーやらキックボードは使っても問題無い。まあ、正直そんなものを使うくらいなら、魔力に物を言わせて走った方が余程速いがな」


「ああ……まあそうだよな」


 訊くまでもなかった。それでもちゃんと説明してくれる辺り、本当にこの外見ロリっ娘は面倒見がいいものである。



「はあー……けども急過ぎんだろやっぱさぁ……明々後日だぜ?」


 何にしても、やはりここに帰結する。

 何故、入学してこんなに早くやる必要があるのか。


 そう考えていた玲だったが、しかしリィエルは全く違う考えを持っていた。


「時間が無いからこそ、意味があるのだ」


「はぇ? どういうことさ?」


「この大会はな、毎年半数以上の生徒が走りきれずに終わっているそうだ」


「はぁ!? な、何だよそれ……」


「拘束具の効果により、このマラソンコースを走りきれるかどうかは、『守護天魔ヴァルキュリア』との信頼関係に大きく左右される。足が速かろうがスタミナがあろうが、そんなことはどうでもいいのだ。それよりもまず、召喚から僅か数日でどこまで信頼し合えるか。心を通わせられるか。それが無ければ、泣こうが喚こうがどうしようもない」


 リィエルはそう言って、玲を見上げる。

 真っ直ぐな、宝石のように煌めく深紅と新緑の瞳が玲を射抜いた。


「我々『守護天魔ヴァルキュリア』は、この大会においては基本的に何も出来ない。知恵を与えることは出来ても、まあその程度だろう。信頼が足りなければ、拘束具の抑制力に打ち負ける。結果、動けない。『守護天魔ヴァルキュリア』との信頼関係は、『幻想魔導士』にとっては必須だ。この大会は、それを如何に早く確立出来るかを見るものでもあるのだ」


 そう聞くと、何だか酷く意味のある大会にすら思えてくる。

天魔武幻アーティファクト』を使うにも、この信頼関係──シンクロ率が関わってくるそうだし、それを養い、信頼の重要性を認識させるには、確かにいいイベントかもしれない。



「そして、優れた能力を示した者には、C級ライセンスが与えられる場合がある」


「ライセンス…?」


「特別報酬が発生すると書いてあるだろう? まあ、ちゃんと説明するから安心しろ」


 やはり何も知らない玲のために、最早嫌な顔すらせずに教えてくれるリィエルさんマジ天使。



「まず、一口に『幻想魔導士』と言っても、実力に応じてランク付けが為されているのだ」


『幻想魔導士』にはランクがあり、『天魔の十字架ヒュムネクロイツ』を配布された時点で最低ランク──Dランクに該当する。

 そして、そこからひとつ上がったC~SSS級が、俗に言われる『幻想魔導士』である。


「幻妖との戦闘で、我々が真に目指す場所は穴の先──幻妖の巣窟である異界だ。A級以上のライセンスをもって、初めて異界に行くことが許されるのだ。それ未満の者は、各地に派遣されたり、穴の付近で幻妖の討伐に当たることとなる。そも、あの高校を卒業したからと言って『幻想魔導士』になれるかは別問題だからな。そうなると、ライセンスが貰えるというのはありがたいことだろう?」


「はー、なるほど。見習いが外れるってことは、下衆な言い方をすりゃ就職先が決まったようなもんか…」


『幻想魔導士』は、つまりは魔法を使った戦闘が行えるという動かぬ証である。

 有事の際を考えれば、戦力がある人材は喉から手が出るほど欲しいものだ。


 つまり、『幻想魔導士』と見なされるC級ライセンスを取得していれば、それだけで将来が優位になる、とも言える。



「まあそういうことだ。そして、そのためには如何に魔法を扱えるかを示す必要がある。そうなると、自身の移動は勿論のこと、他者への妨害もアピールポイントになる訳だ。従って、ライセンスを狙う者にとっては『守護天魔ヴァルキュリア』との信頼の構築だけでなく、勝つための作戦や手段を講じる期間ということだな。この数日でどこまで出来るか……。わかっただろう? マラソン大会等と可愛く言ってはいるが、そういうイベントなのだ」


「なんか、思ってた以上に物々しいところなんだな……天魔省管轄の学校って」


「どこぞのラノベのように、入学早々魔法を使ったトーナメント──などという展開でないだけ良心的だと思うがな」


「お前いったいどれだけの作品敵に回す気なんだよ……。……そういやあるんだっけかトーナメント…天魔第6うちにも」


 学内トーナメントの話も、確かに説明があった。本当にさらっと、どうでもいいふうに。まだしばらく先の話ではあるが。


 改めて、何とはなしにやって来てしまったことに若干の後悔を覚える。が、そんなものは後の祭りだ。



「ま、適当に走って、とりあえず完走すりゃあいいっしょ」

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