26 灰色の世界 男と人形
「──」
切り立った崖の上にある、1つの古城。
いや、その様相は、かつて城だったもの、と称する方が正しいだろう。
まるで爆撃でもあったかのように、天井は瓦解し、壁は半壊、石畳はあちこちに亀裂が走っている。
そんな野晒しの城の跡地のような場所、その中央に、忽然と1つだけ玉座が存在していた。
こんな破壊の跡の中で、その玉座だけが全くの無傷。
まるでそれは、この破壊の痕跡の上に君臨しているとでも言わんばかりに、堂々たるものであった。
よく見れば、その玉座の周りの石畳はひび割れてこそいるが、瓦礫は取り払われ、整然としていた。
そんな周囲をぐるっと瓦礫の山に囲まれた廃墟の玉座に、果たして1つの影が腰掛けていた。
流麗な銀糸のような透き通った長髪に、雪のように白い肌。
それら2つの白銀を際立たせるような喪服を来たその人物は、ゆっくりとその切れ長の目を開いた。
闇を湛えたブラックオニキスのような瞳。その黒い目は、ただぼうっと、灰色の空を眺める。
年の頃は、およそ20代後半くらいに見える、落ち着いた雰囲気の男性だ。
いや、その容貌はいっそ、背筋が凍り付くような、という表現が似つかわしい程に美しいものだった。
「…ふう」
しばらく呆然と空を眺めた後で、男は深く息を吐いた。
そこは、全てが白と黒とに支配された世界。
空に浮かぶ雲も、照りつけるような太陽も。
大地に鬱蒼と茂る森林も、広大な大海原さえも。
何もかもが、まるで他の色を失ったかのような、そんな不毛な世界。
だからこそ、瓦礫の山々に彩られた紅が、余計に目を引いた。
それは、無謀にもこの世界に足を踏み入れた、愚者の痕跡。
だが、それ故に、その紅は残酷でありながらも尊く、美しいものである。
少なくとも、男はそう、思っている。
「やれやれ…。とんでもないね、あれは」
「まさか、貴方が殺されてしまうとは思いませんでしたわ」
玉座の背後に、それはいつの間にか立っていた。
青く美しいドレスで着飾った、黒い髪の少女。
ルビーのような鮮やかな瞳。作り物めいた、精巧な顔立ち。
いや、よく見れば少女の肘は、繋ぎ目の辺りに球体が見えていた。
人形──。少女の姿をした、等身大の球体関節人形だ。
カタカタと関節を鳴らし、人形はさも楽しそうに、身ぶり手振りを加えながらに言葉を発する。
「さしもの貴方とは言え、天魔の姫君のお相手は、少々荷が重かったということですかしら。うふふふ」
「何を馬鹿な。
「あらあら。そもそも、貴方が天魔の姫君を召喚した者を直接確認したい、等と仰ったのがことの始まりではありませんこと?」
「それを言われると返す言葉が無いね」
クスクスと小馬鹿にしたように肩を震わせながら、人形がゆっくりと、男の前に回り込む。
そんな人形に一瞥をくれながら、男は真剣な表情で呟く。
「だが、捨て置くことが出来なかったのも事実だろう? まさかあれほどの『
「ごもっともですわね。それで、いかがでしたの? 直接お会いしてみて」
「赤月という姓を聞いて思っていたが、間違いないね。やはり彼は、あの赤月
その名が──「赤月 小夜」の名前が出たとき、人形の表情は唐突に不快そうなものへと変貌する。
「……。それなら尚更、殺して差し上げるべきではありませんでしたの?」
「そのつもりだったのだがね…。惜しむらくは、彼のことが判明したのが『
「では、少なからず彼の妹さんの方は殺すべきだったのではありませんこと? それを、わざわざ追いかけ回すなんて」
「なに、簡単な話だよ。どうやら
「女の子を追い回すだなんて、あまりいい趣味とは申し上げられませんわね」
「ふむ、然り。だが、どうせならその力が膨れ上がってから刈り取る方が都合がいいだろう? 妹さんの方は、今はまだ殺す時ではないよ。まあ、殺す殺さないを言及するならば、それ以前の問題があったと思うのだがね」
「あら、いったい何ですかしら?」
わざとらしい人形の様子に、男は嘆息しながら首を横に振った。
「あの鎧だよ。何だね、あれは。都合をつけて欲しいと言った手前大きくは出られないが、まるで魔力が使えないではないか。あれでその殆どが見習いとは言え、多数の『幻想魔導士』のいる施設を強襲しろとでも?」
「だから最初に申し上げましたでしょう? 『否在現象』を抑えるために、あの身体は殆ど魔力が扱えないと」
今度は呆れたとばかりに肩を透かす人形。
人形とは思えない程に、寧ろ人以上に感情の機微が顕著だった。
男は、そのあからさまに挑発的な態度に、しかし苛立った様子もなく苦笑を浮かべる。
「あそこまでとは思っていなかったよ。まあ、こうでもしなければ、私が人間界に出向くことなど出来ないのだがね」
「それで、如何でしたかしら、『
「……駄目だね、あれは。扱いがピーキー過ぎる。それに、鎧の方が何ともなくとも、再生能力や魔力吸収を司る剣の方が無防備過ぎるよ。おまけに、剣は手元になければならないしね。君が使う分にはいいだろうが、そうでないのならば、恐らく私くらいしか満足に動かすことすら出来ないだろうね」
「左様でございますか。強い幻妖が手軽に人間界へと渡れるようになるのは、まだまだ先の話のようでございますわね」
落ち込んだような声色。しかし、その表情には不気味な程の笑みが貼り付いていた。
何せ、男の言葉が語っていたのだから。
少なくともここに2体、『
「より多くの人間を葬るために、力を付ける。その結果、肝心の人間界に渡れなくなるというのも、何とも皮肉な話だね…」
「全くですわね。まあ、それは気長に構えるしかないのでしょうね。少なくとも、異界に乗り込んできた人間の魂を奪うことは出来ている訳ですし。天界も魔界も、そして人間界も、ここを叩かない訳にはいかないのですから」
そう言って、人形は辺りに積もった瓦礫の山に目を向けた。
「ところで、随分と増えましたわね。わたくし、そんなに作りましたかしら。首」
「ああ、先週で99個目だよ。彼か、彼の妹でちょうど100になる予定だったのだが。……ふむ、やはり君の作る顔は素晴らしいね。死んだ人間の表情そのままに出来上がるのだから」
瓦礫の山に点在する紅。風に靡くそれは、どれも苦悶や絶望の色を浮かべている。
そう、そこにあるのは、人形に作り替えられた人間の顔だ。
鮮やかな赤い髪をした、女性の。
「貴方のご趣味も、中々逸脱しておりますわね。何故そこまで赤い髪を求めるんですの?」
「映えるからさ。この白と黒しかない世界に、赤い髪はよく映える。最初は、攻め込んできた愚か者の鮮血で彩ろうと思っていたのだがね……。血はすぐに乾いて鮮やかさを失うだろう? それに、馬鹿の数だけすぐに流れる。手頃過ぎてつまらないだろう?」
男は、そう言って立ち上がり、手近なところにあった生首の元へ歩み寄り、その長い髪を手櫛で撫でつける。
「その点、赤い髪は違う。赤い髪をした女性と限定すると、そうそう
男が触れるそれは、この場に参列する紅蓮の墓標の中でも、一際気に入っているものだ。
こんな灰色の世界に於いても、燦然と輝き、強い意志を感じさせる。
多くの顔が苦痛や恐怖を湛える中で、それだけは気丈に、まっすぐな表情を保っている。
そう、死してなお抗おうという、強く尊い心の現れだった。
「貴方は本当に酔狂なお方ですわね。まあ、わたくしが申し上げるのもなんでしょうけれども」
「全くだよ。君には言われたくないね」
男と人形は、どちらからともなく笑い出す。
そうして、ひとしきり笑ったところで、男は言った。
「遠からず、必ず彼はここに来るだろうね。何せ、人間がようやく彼女のような『
「鎧の目を通してわたくしも拝見しておりましたけれども、彼は男なんですの、女なんですの?」
「さてね。戸籍上は男には違いがないだろうが、あれは歴とした女性の身体だったよ。生物的には、女性のようなものと考えていいのではないかね?」
「はぁ……。幻妖以上に、面妖なお方ですこと」
「何れにせよ、彼の魂は我々の目的のためには必要不可欠なものだろうよ」
「そうですわね…。全ては、我等が王を、元の世界へ還すために」
「ああ…。彼の者には是非とも、この世界からいなくなって貰わなければならないからね。ああ、魂は構わないが、あの髪は必ず私がいただくよ。それは譲れない」
「ご安心なさいませ。誰も欲しがりませんわよ。その代わり、身体はわたくしが頂戴してもよろしくって?」
「問題は無いよ。知っての通り、私が欲しいのは首から上だけだ。君と反対にね。──ああ、そうそう」
思い出したように、男はそう言って人形に視線を戻した。
「これは私が鎧を操っていたからこそ感じ取れたのだろうが、どうやら、あの場に居合わせた者で、彼とはまた別に、面白い能力を秘めていそうな者がいたよ」
「面白い能力…ですの?」
「──ああ。恐らくは、鍵となるだろう能力をね」
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