11 寂しがり屋の最強! ソロ活動の時には事前に告げるべし

 そんなこんなで、一通りの挨拶を終え、部屋割りが決まった。


 入り口付近の部屋──つまり、トイレ、風呂に繋がる洗面所前の部屋を玲が、そして、リビングの近くの部屋を璃由が使用する形となった。

 まあ、これは当然の部屋割りだろう。


 位置としては、玲の部屋はトイレや風呂の前だが、もう片方の部屋は、壁を挟んだ先が風呂なのだ。

 乙女としては、流石にそこはあまり聞かれたくないところであるだろうし、玲としても壁越しに女の子がシャワーを浴びる音など聞きたくなかった。


 ……理性が保たれかねない。



 ベランダはリビングに付いているから、洗濯物等を干すときも困らない。


 こうして、各自の部屋のドアには互いの名前を書いたプレートが取り付けられ、そして風呂、トイレに繋がる洗面所のドアにはホワイトボードが付けられた。

 これによって、例えば「風呂使用中」等と書いておくことで、ありがちなハレンチ遭遇イベントを無難に回避出来るのだ。


 まあ、尤もこの学生寮──もといマンションは、各階に部屋とは個別で共同トイレがあり、しかも特別棟には大浴場もある。

 風呂場は使うだろうが、まあトイレは基本そちらを使うだろう。璃由は。



「あ、そう言えば、玲くんって退学が決まったって噂になってたけど、大丈夫なの?」


 共同生活を送るに当たっての一通りの相談が終わったところで、璃由がそう訪ねてきた。

 それもそうだろう。だからこそ、こんな部屋に送り込まれたのだろうから。


「ああ、それなら大丈夫! リィエルー!」


「呼ばれて飛び出て何とやら! 私だ」


 椅子に座る玲の頭上に、『天魔具現リアライズ』して具現化したリィエルが姿を見せた。

 尤も、最初からずっと玲のやや後方頭上に中空に脚を組んで座っていたのだから、玲からすれば透き通っていたのがちゃんと見えるようになったくらいなのだが。


「ほら、オレにも『守護天魔ヴァルキュリア』がついたから、とりあえず退学の方は大丈夫だよ」


 そう言った玲だったが、璃由の顔を見て眉を潜めた。

 その表情が、やや強張っていたのだ。



 それもその筈だ。仮にリィエルの存在を知らないにしても、その姿形を見れば、誰もが凍りつく。


 サイドテールに纏められた、蒼い焔を纏った流麗な金髪。

 その髪を掻き分けて突き出る、側頭部やや上方に生えた立派な角。

 そして、その頭上に浮かぶ魔法陣の輪。


 豪奢な黒薔薇のドレスで着飾った小さな身体。その大きく開いた背中にある、紅蓮に染まった3対の翼。

 右手の甲から腕にかけて浮かび上がる、紅い6画の紋様。

 先端がスペード型の、細長い尻尾。


 紅い右目は魔眼。緑の左目は神眼。

 幼さを感じる顔立ちから立ち上る、妖艶な雰囲気。


『幻想魔導士』を志すものなら、いや、今やこの世界に住まう者なら、大概の人間はわかるだろう。

 それだけ、天界も魔界も、身近に感じられるまでになっているのだから。


 そう、その外見的特徴から、否応いやおうなくわかる。この現れた『守護天魔ヴァルキュリア』が、どれだけの存在であるか。



 頭上の輪と背中の柔らかそうな翼は、天使の象徴。背中の翼の数が、その天使の階級を示す。そして、その天使の輪が魔法陣である場合、それは天使より上──神であることを表す。

 神は、天界における最上級種族である。


 同様に、手の甲に浮かぶ紋様は魔族紋と呼ばれる。その画数が多い程、魔族としての階級が高いことを意味する。

 そして、同様に魔族とは魔界における最上級種族だ。


 つまり、たとえリィエル・エミリオールの名を知らずとも、その存在を知らぬとも、わかるのだ。

 彼女が、第一級神でありながら、同時に第一位階魔族である、ということが。



「私が玲の『守護天魔ヴァルキュリア』──リィエル・エミリオールだ。よろしく頼むぞ、璃由」


「え、とその……あ、…と」


 璃由は、正直悲鳴をあげそうだった。

 それもその筈だ。自分の喚び出した第二級天使ですら相当もの珍しいのに、あろうことか、ルームメイトのそれは、「もの珍しい」なんて言葉ではとても片付けられないものだったのだから。


 しかも、リィエル・エミリオール。リィエル・エミリオール!?

 あの、天界の王──神王ヴァイスと、魔界の王──女帝エデルミリアの愛娘の!?


 驚かない訳がなかった。寧ろ、腰が抜けてしまって立ち上がることさえ出来ない。



 というか何より、『天魔具現リアライズ』していない自身の『守護天魔ヴァルキュリア』は、既に片膝をついて待機している始末だった。


「おー、教頭先生もそうだったけど、やっぱ璃由も驚くのな。お前ってすげぇ奴なんだなぁ」


「そりゃあな! ちなみにだが、天界と魔界の意志は、正直私の意見でコロッと変わったりするぞ」


「え、マジ!?」


「何分過保護な両親だからな……。親バカここに極まれり。私のご機嫌とりのためになら、父上も母上も何でもするからなぁ……」


「親バカにしても行きすぎだろ……。仮にも天界、魔界の王がそれでいいのかよ…」


「言うな……。当の私が一番呆れているのだ…」


 そんなふうに何気なく会話をする玲とリィエルを、若干青ざめた表情で見つめる璃由。

 そりゃあそうだろう。天界、魔界の王の愛娘に、平然とタメ口、呼び捨て。


 恐れ多いにも程がある光景だった。



 そして、それとはまた別の意味で青ざめた者がいた。


「リィエル様!」


 悲鳴のような声をあげて現れたのは、璃由の『守護天魔ヴァルキュリア』である。

 白いローブに2対の翼。長い金糸のような髪に天使の輪。第二級天使。


守護天魔ヴァルキュリア』は通常、依代の指示によって具現化するのだが、天使や神、或いは魔族に関しては、『守護天魔ヴァルキュリア』側から自発的に具現化することが可能である。


「いけませんリィエル様! あなた様が人間界にお出でになるなど、あのお二方が黙っている筈がありません!」


「おお、璃由の『守護天魔ヴァルキュリア』はクランか。いい『守護天魔ヴァルキュリア』を引き当てたな! クランは氷の神に遣える天使の1翼。優秀な奴だぞ」


「私の紹介などどうでもよいのです! ああ……今ごろ天界と魔界は大変なことに……」


「うぐ……それはまあ……。あれだ! 明日の夜にでも会いに行くから良いであろう!」


「本当は今すぐにでも、と申し上げたいところなのですが……そうですね。時間も時間ですし……。承知致しました」


「うむ。……と、ああ、そうだった。挨拶の途中だったな。璃由よ、私のことは気軽にリィエルちゃんと呼ぶといい」


「え…!?」


「はい!?」


 まあそう言うんだろうなぁ、と思っていた玲を他所に、残る2人は驚きの声をあげた。


「そそそそ、そんな…! 恐れ多くてとても!」


「リィエル様! あなた様は天界、魔界の王達のご息女にあらせられるお方なのですよ!? もっと威厳を──」


「だぁ~!! 私がいいと言ったらいいのだ! 璃由は我が主の友となったのだ。ならば、私にとっても友のようなものであろう! 私はそういう気さくな友達が欲しいんだ!」


「だ、だからと言って……」


「お前もお前だ! いつも言っているだろうに! もっと気軽に接しろと! なのに天界の連中も魔界の連中も、恭しくするばかりでフレンドリーな奴など殆どおらんではないか! 確かにわからなくないが、でもだって、私だって……友達が欲しいったら欲しいんだぁあ!!」


 半泣きだった。

 半泣きで、怒濤の勢いで捲し立てるリィエル。



 それを側で聞いていた玲は、何となく想像する。

 とてもとても身分の高い、どちらもが世界規模で地位の高い両親。その間に産まれた子供。


 神の中の神──神王ヴァイス。魔族の中の魔族──女帝エデルミリア。

 並び立つ者のいない、各世界の事実上のトップ。その娘ともなれば、同じ身分の者など、あろう筈がない。


 第一級神同士の子供とか、第一位階魔族同士の子供とか、或いはその両者の子供とか。

 それでも位分けをするなら、2つ3つ下になってしまう。


 おまけに重度の親バカで過保護な両親の元で暮らしていたのなら、そんな気軽に接することが出来る者など、殆どいなかったことだろう。


 勿論、皆よくはしてくれるだろう。だが、本当の意味で友達のような存在は、つまるところいなかったのだ。



 そう考えると、あのハゲ鷹の『守護天魔ヴァルキュリア』である、第三位階魔族のドーラという男は、敬いながらも中々にフレンドリーな類いではあった。

 が、しかしあれは、何というか……極道の自身が遣える親父のお子さんに対するもの、な感じだなぁ、などと思う玲。



 要するに、リィエルは寂しかったのだ。



「あのさ、璃由。オレからも頼むよ」


「玲くん…?」


「そりゃ、リィエルはすげぇ立場だけどさ、だからこそ、友達……作れねぇじゃん? オレの『守護天魔ヴァルキュリア』として、リィエルは人間界にやって来た。リィエルのお陰で、オレは退学にならずに済んだんだ。こうして璃由とも、友達になれた。だからこいつのお願いくらい、叶えてやりたいんだ」


「玲くん…」


 それにさ、と言って、玲は立ち上がってリィエルの頭にポンと手を置く。


「ていうか、考えてみ? こいつは天界でも魔界でも、すっげぇ有名で、身分も高くて、誰もが媚びへつらう奴なんだぜ? 人間界の奴だってそうだけど、リィエルが『かしづけ!』って言やぁ誰もがかしづくし、『ひれ伏せ!』って言やぁ誰もが頭を下げる。そんな大物と友達になれるチャンスなんか、そうそう無いと思わね? こいつと友達になってりゃ、周りにデカい顔し放題! すげぇじゃん!」


「……」


 とんでもない暴論。とんでもない暴挙。けれど、それはとても温かい気遣いだった。


 言い方こそ酷いものだが、玲は純粋に、この最強だけれど寂しがり屋な『守護天魔ヴァルキュリア』に、感謝を伝えようとしているのだった。



 それがわかったから──。


(やっぱり玲くんは、優しいね……。あの時から変わらない…)


 いつかの思い出──きっと玲は忘れているだろう。けれど、自分は覚えている。

 その優しさに、自分もかつて救われたのだから。



 だから、璃由は笑顔で、こう言った。


「わかった。よろしくね、リィエルちゃん!」


「…あ。ああ…。ああ! 勿論だ! よろしくな、璃由!」


 涙を流しながら微笑んだ最強の『守護天魔ヴァルキュリア』は、何だかとても幼く、そしてとても可愛らしく見えた。



 さて、そんなこんなで落ち着いて時計を見れば、もう23時を回る頃合いだった。

 明日からは早速授業が始まる。そろそろ明日に備えなくては、いきなり寝坊してしまうだろう。


 さっさと風呂に入って寝仕度を整えたいところだ。

 すると璃由は、

「私は今日は大浴場の方へ行ってみるから、玲くんここのお風呂使って大丈夫だよ」

 と、ありがたいお言葉が。


 女装していないとおちおち部屋から出られない玲からすれば、この上なく助かる言葉だった。



 そうして、お風呂セットを手提げに入れて部屋を出た璃由を見送って、ふと気づく。


 そう言えば聞きそびれていたが、何故璃由はこの部屋に宛がわれたのか。

 この学生寮──もとい、マンションの管理人たる松風の話では、このマンションの部屋割りは、校長の意見に左右される。


 つまり、璃由もまた某か校長と一悶着あった、ということだろうか。


「……まあ、そのうち訊いてみるか」


 今は気にしても仕方がない。それより、今は今日という日を無事に乗り切った自分を労ってやらねば。



 そんな訳で、さて風呂に入りますか、というタイミング。

 これまた、はたと気づく。


「……あの、リィエルさん? ひとーつ訊きたいことが…」


「何だ! 背中でも流すか! 任せておけ!」


 上機嫌のリィエル。玲のお陰で璃由と友達になれて、舞い上がっていた。


「そりゃすげぇ嬉しい提案だけど……あの、それはめっさ恥ずかしいっす…」


初心うぶな奴だなぁ。安心しろ、冗談だ。お前が風呂やトイレに入っている時は、お前の部屋で遊んでいる」


 玲の荷物には、遊び道具がいっぱいだ。

 とりあえずまずはボストンバッグ程度に収めたが、そのうち漫画とかも持ち込む予定だ。


「早速あれをやりたいしな」


「あれ?」


「教育に悪いーとかで、あれは買ってきて貰えんかったのだ。『死にてぇ奴だけ、掛かってこい!』なゲーム」


「あー…。はいはい。初代から6、あと0も一通り揃ってるから、好きにやってていいぜ。あ、出揃った今だからこそだけど、やるなら0からがオススメだぜ」


「了解だ! 恩に着るぞー!」


 音符マークが浮かび上がるほどウキウキとリビングを後にしたリィエル。

 が、ふと戻ってくる。


「言い忘れていた!」


「ん? 何を?」


「……ソロ活動の時は、先に言ってくれればどこかへ行っておくぞ?」


「……」


 それだけ言い残して、バタンとドアが閉まる。



 その気遣いは確かにありがたい。ありがたいが……。


「そうだよな、『守護天魔ヴァルキュリア』って始終側にいるんだもんな……」



 そりゃあ「今からソロ活動しまーす」と言われれば出ていくだろう。

 そして宣言したならば、それはソロ活動をした、という事実を残すことになる。


「え、うん。そうだよな。……え、えっと……」


 つまりは、

「すっきりしたかー?」

 とか、後々訊かれる可能性大だということだ。



「……『守護天魔ヴァルキュリア』との共同生活って、意外なとこに落とし穴があるな…」


 いたたまれない気持ちになった少年の呟きが、リビングに木霊した。

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