うそつき娘と人食いトロル
水澤 風音
うそつき娘と人食いトロル
うそばかりついている娘がいました。
彼女の一日といえば、朝いちばんに窓をあけはなっては、
「ああなんてすばらしい夜なのかしら!」
というところからはじまります。
それから、顔をあらって、朝食の席につくと、その日の予定を父親にむかってあれやこれや話すのです。
「今日はサムルの丘にあがって妖精の巣をぶちこわしてやるんだわ。丘のよこ穴に桶でくんできた水をながしこむの。そうすると妖精があわててとびでてくるから、その上から麻のふくろをかぶせてつかまえてやるの。ウィルなんかはそれでやつらをもう三十匹もつかまえているのよ」
父親は、こうした娘のうそについては何もいいません。ただ、
「そうかい……」とかえすだけです。
母親は数年前に病気でこの世をさっています。父親はそれから毎晩お酒を飲むようになり、朝まで帰らないこともありました。
娘のうそはとても上手で、ときおり本当のことをまじえて話すものですから、だれもがついだまされてしまいます。
彼女は、みんなのくやしがる様子を見るのが、おもしろくてたまらないのです。でも、いつもそんな調子でしたので、たいていいつもひとりぼっちでした。
ある日、娘が村はずれの森をあるいていると、むこうのほうで大きな影がうごいたのに気づきます。
「いったいなにかしら?」
そっとちかづいていくと、川のほとりにかがんで水を飲んでいるものがあります。
もっと近づいてみると、それはおそろしい人食いトロルだとわかりました。
娘は思わずさけびそうになりましたが、なんとかこらえると、
「たいへん! 村のみんなにしらせなくっちゃ!」
いそいで村へもどり、トロルをみたと話しましたが、だれも信じてくれません。
いつだったかも、谷でドラゴンが死んでいるという娘の言葉に、行ってみると、シラカバの枯れた大木が横たわっていただけだったのですから……。
「もしトロルの話がほんとうなら、おれはかえってうれしいくらいさ。怪物なんかよりも、おまえのうそのほうがよっぽど心配ごとなんだ」
父親もため息まじりにそういうばかりです。
娘は悲しくなってきました。
でも、勇気をふるい、もういちど森へいってみることにしたのです。
「トロルのおとしものでも見つければ、きっと父さんだって信じてくれるはずだわ」
娘は森のなかを歩きながら、あんまり一生けんめい顔を地面にむけていましたので、うしろから近づいてくるトロルに気づきませんでした。
気づいたときにはもう、トロルの大きな手にガッシリつかまえられていたのです。
「やあ、これはうまそうな昼めしだぞ」
トロルは舌なめずりをして大きな口をひらきます。
娘は自分の足下に、真っ赤な口と、ふぞろいでするどい牙がせまりくるのを見て、
「たすけて! ねえおねがいよ!」
さけびながらメチャクチャに足をばたつかせました。
するとスカートのポケットから何かころげ落ち、トロルの口へと入っていきます。
「ウムウム……ごくん。こいつはうまい」
それは娘がいつもおやつに食べている赤い木の実でした。
「おねがいトロルさん! その実のたくさんなっている場所をおしえるから、この手をはなしてくださらない?」
トロルは木の実があんまりおいしかったので、
「そうか、じゃあおまえを食べるのはそのあとにしよう」
といって娘をおろしました。
娘は、いちもくさんにかけ出してしまいたかったのですが、なにせトロルの体ときたら彼女の倍以上もあるのです。
走ったところできっとすぐに追いつかれてしまうでしょう。
娘はあきらめ、先に立って歩きはじめました。
マツとシラカバの続く暗い道をすすんでいくと、やがて大きな湖がみえてきます。
娘は指をつきだし、大きな声でいいました。
「ほらみて、あれよ!」
その湖のほとりに、実のたくさんなっている木があります。
しかしそれらは形は似ていましたが、赤い実ではなく青い実でした。
「どうやらこれはちがうようだぞ」
「あらごぞんじない? 赤より青のほうがずっとおいしいのよ」
娘のことばにトロルは「そういうこともあるだろう」と、ひとつ実をもぐと、口の中へほうりました。
「ウム、うまいうまい」
トロルはよろこんでつぎつぎと実を食べていきます。娘はその様子をじっとながめていました。
「いたい、いたい!」
とつぜんトロルが腹をかかえてくるしみだします。
じつのところ青い実は、赤い実とちがって毒をもっていたのでした。
トロルは「ウン!」と一声あげると、その場にたおれて動かなくなりました。
娘はいそいで村へもどり、このことを話します。
そして、腕についたトロルの指あとをみせると、今度は少し信じてもらえました。
娘の案内により、大人たちは死んだトロルを確認しにいきます。しかしトロルの姿は影も形もありませんでした。
村人たちは、まただまされたと怒りだしました。
「まったく、どうしようもないショウワル娘だ!」
「きっとまだ生きてたんだわ! おねがい信じてちょうだい!」
しかしいくらいってもだれも信じてくれません。
父親もすっかり落ちこんでしまい、何もいわず娘をのこしていってしまいました。
きっとトロルはしかえしにやってくるにちがいない……娘はそう考えてとてもおそろしくなりましたが、しかし家でまっていても父親は帰ってきません。
そこで、日ぐれ前にたくさんの枯れ枝をあつめてくると、庭中にばらまきました。
それから枝と一緒にとってきたキノコを鍋へ入れ、火をかけると、その前で彼女は縫いものをはじめました。
やがて夜がきて、娘は二階の寝室へはいりながらも、眠らないようがんばっていたのですが、つかれていたのでついウトウトしてしまいます。
とうとうこらえきれず目をとじたそのとき、
ギリッ!
という枯れ枝をふむ音に、娘はハッと目をさましました。
ギリッ!
ギリッ!
音はだんだん近づいてきます。
ギリリッ!
そして部屋のすぐそばで音がしたかと思うと、それきり静かになりました。
娘はベッドの上で、そっと顔を窓の方へ向けます。
夜の暗闇のなか、月あかりに光る大きな目玉が、ふたつギロリとこちらをにらみつけていました。
「このとんでもないうそつきめ!」
トロルは窓を強引にあけると、娘にむかって長いうでをのばしてきました。
娘はかべにすばやく体をよせ、のがれながらいいます。
「ごめんなさいトロルさん! でもどうか、かわいい妹だけは食べないでやって!」
窓のそばのゆりかごには、ちいさく丸々と太った女の子がねています。
「そうか、ではこいつから食ってやろう」
トロルはざんにんに笑うと、ゆりかごをひっつかみ、ひと口でバリバリとかみくだいてしまいました。
「ゴクリ、さあ次はおまえの番だ!」
ふたたびのびてきた太いうでが、たちまち小さな足をつかまえます。
「きゃあ!」
娘の体がズルズルと窓へとひきずられていきます。
しかし、その動きがぴたりととまりました。
トロルは娘をはなすと、ヨロヨロとあとずさり、ウーンとうなって地面にたおれてしまいます。
娘はしばらくじっとしていましたが、やがて部屋をでて、階段をかけおりると、そっと外の様子をたしかめます。ドアの隙間から耳をすましても、何も聞こえてきません。
トロルはさきほど娘が縫ってつくった人形をのみこみ、今度こそほんとうに死んでしまったのです。なにせ人形には毒キノコの毒が、たっぷりしみこませてあったのですから。
娘は安心すると、すっかり力がぬけ、その場にすわりこんでしまいました。
夜があけると父親が帰ってきました。
お酒を大分飲んでいましたが、自分の家の庭に大きなトロルがころがっているのをみて、いっぺんに酔いをさましてしまいます。
大声で娘をよびながら家にとびこむと、ベッドにねむっている小さな体をだきしめます。
「おかえりなさい!」
目をさました娘は、さくばんのできごとを得意げに話しました。
それを父親は、目になみだをうかべながらじっと聞いていました。
その日から父親は、仕事がおわるとすぐ家へ帰ってくるようになりました。娘の話を、たとえどんな話でも聞いてあげることにしたのです。
またこれ以来、娘もあまりうそはいわなくなったのでした。
うそつき娘と人食いトロル 水澤 風音 @sphericalsea
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