きみは季節の中にいる

HaやCa

第1話

 桜が散り、新緑の季節になった。私が高校に通い始めてから、早くも二週間になるのだ。とりわけ何か大きなことをしたわけではないけど、少しずつ高校生になったんだなあという実感が込み上げてきた。それは特別なことではなくて、ありふれた日常のなかにあった。


 いつも気の利く後輩が私にいう。

「先輩、学校おわったら遊びにいきません?」

「んー、まあ特に予定もないしいいけど」

「やりました! ありがとうございます。ではまた放課後!」

 そういって、とととと走っていく後輩を見て私は思った。

(あの子いつも元気いいな。ハツラツしてるというか)

 始業時刻が迫っていたこともあり、それ以上考えることはしなかった。ただ、微笑ましい気持ちや、じんわりとする感覚が込み上げてきたことはわかった。


 放課後はあっという間にやってきた。一度家に帰って洋服を着てこようかと思ったけど、やめた。そこの角を曲がったところに後輩の姿が見えたから。人を待たせるのは私の本意ではない。そんなことを考えている内も、後輩はスマホを弄って退屈そうにしている。ときおり欠伸をしているあたり、疲れているのだろう。ちょっとした軽い気持ちだった。後輩の後ろにそっと近づいた私は、「わっ」と声を出して後輩を驚かせる。

「わわっ。誰ですか?! って、先輩。もう変なことしないでくださいよ」

「ごめん。ちょっと驚かせたかったの。ほんとごめんね」

 傷ついたようにしょんぼりした後輩を見て、私は謝罪をした。理由も説明したけど、後輩はやはり傷ついていた。

 どうすればこの子に元気を取り戻してもらえるか、いつにないくらいに頭を回転させる。悶々と頭を悩ませる私を見て、後輩はいぶかしそうに首をかしげていた。

「じゃあさ、謝罪の意味も込めて今日はおごるよ」

「何でもいいんですか?!」

「なんでもっていうわけにはいかないけど、出来る範囲ならおっけーかな」

 急に目を輝かせ始める後輩。すでに元気になっているようだけど、私はそう言った手前、引くに引けない状況になっていた。それでもいいと思えたのは、初めて後輩が笑ったからだ。いつも顔に張り付けている愛想笑いじゃなく、この子が心の底から嬉しいと思えるような笑顔を見た。

 後輩とふざけあう毎日がなんだか楽しくて、さっきは悪さをしてしまった。ごめんなさいは口にしないと伝わらない、やっと気が付いた。

「では先輩、僕は腕時計が買いたいです! この前言ってたやつです! あれ買ってください!」

「調子に乗るなっ」

「あたっ」

 後輩が純粋に言うから私もその気にさせられたけど、よくよく考えたらあの腕時計は数万もする高級品だった。今日はお金もそんなにないし、今は買ってあげられない。

 私が来年就職して給料をもらったら買ってあげよう。そのときまでこの気持ちは隠さないといけない。大切な人へのサプライズは、きっとそういうものであってほしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きみは季節の中にいる HaやCa @aiueoaiueo0098

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る